第22話 雨の夜の危機
流石にもう外は暗い。雨の影響もあって普通ならだいぶ視界が悪いとこだが、暗殺者として育てられた俺には問題にならないレベルだった。
「ちょ、なんでこの雨なのにそんなにズンズン前に進めるのさ!」
そんな俺の後ろから必死に喰らいついてくるのはセラだった。俺としては普通に歩いているつもりなんだがな。
ま、それでもこの雨の中、俺の後ろからついてこれるあたり、セラも大分動けるようになってきたか。
「なぁ? リョウガは一体どこに向かってるんだ?」
「ついてくればわかる。もうすぐつくしな。一応は気をつけておけよ」
「気をつけるって、あれこの音?」
セラも気づいたようだな。まぁこれだけ水の音が激しくなれば当然か。
「やっぱりだな。水位がだいぶ上昇している。もう限界に近いぞ」
俺が来たのは川だった。音が気になったがやっぱりこうなってたか。
「お、おいおいそれってどういうことだよ!」
「ウキィ!?」
俺の話を聞きセラの顔が引きつりモナが騒ぎ出す。
「このままいけばもうすぐ雨で川が氾濫するってことだ」
「だ、だったらもうここも危ないんじゃ……」
「ウキィ! ウキ!」
セラの言う通り、ここが氾濫したらルート的に盗賊たちが塒にしている洞窟まで洪水が押し寄せるのは必死だろう。
そうなったら洞窟内では逃げ場がない。全滅も十分ありえることだ。
「ど、どうしようリョウガ」
「……」
セラが縋るように聞いてきた。正直言えば俺一人ならばどうとでもなる。セラにしても今の身体能力なら逃げることは可能だろう。
だが――ふぅ。一応はこの世界について教わった恩もあるしな。俺は暗殺一家で育ったが、だからといって世話になった相手にまで非情でいられるわけではない。
「セラ。さっき俺に仕掛けた罠があったな。あれは何だ?」
俺の足を捉えた罠のことだ。それについて聞いた。
「え? ジェルガムの事?」
あれはジェルガムというのか。語感と効果で見れば俺が思っている通りの代物なのかもな。
「それだ。どこで手に入れた?」
「ジェルガムントという木がこのあたりに生えていて、そこから採取した樹液がそう呼ばれているんだよ。粘着質で建築でも使われているみたいだよ」
樹液か。それなら間に合うかもな。そこで俺はセラにそのジェルガムントの特徴を聞いた。
「――わかった。それならセラ、お前は今から戻って盗賊たちにこのことを伝えろ。逃げる準備もしておけとな。後ついでに毛皮も大量に用意させておいてくれ」
「え? でも逃げると言ってもどうやって?」
「それは俺がなんとかしてやる。とにかくすぐに出れる準備はさせておけ」
それだけセラに命じ、俺は準備に入った。セラが言っていた樹木は意外と早く見つかった。色が白っぽく樹木には弾力があるという話だったが、おかげで至極わかりやすかった。
木からはジェル状の液が流れていたが、この粘性は悪くない。俺の見立て通りこれなら使えそうだ。
俺は必要な分を確保し盗賊のアジトに戻った。
「リョウガ! 川が氾濫しそうなんだって?」
「しそうじゃない。もうする。持って後二時間ってところだろう」
俺がそう答えるとゴーガンたちの顔にも緊張がはしる。
「それで、リョウガが担いているそれは、えっとジェルガムントかい?」
ミトラが聞いてきた。といっても目にした時点でこれがジェルガムントなのはわかっているだろう。聞きたいのはこれの用途なんだと俺は推測した。
「そうだ。これの樹液を利用してボートを作る」
「「「「「「「「ボート!?」」」」」」」」
盗賊たちの声が揃った。こいつらからしたらそんなに意外なことなのか。
「おいおいこんなのでボートなんて作れるのかよ?」
「時間もないし本格的な物は厳しいがこの場を乗り切れる程度ならな。毛皮の準備は出来てるか?」
「一応用意しておいたけどこれでいいのか?」
盗賊たちが用意した毛皮を早速俺は加工した。そしてジェルガムントの樹液を採取し加工した皮と組み合わせた。
「そのリョウガ。俺はあんたの腕前は信じてるが、工作は苦手なんじゃねぇか? こんなぺったんこしたのが役に立つとは思えないんだが」
「まぁ見てればわかる」
俺はそういった後、手作りしたボートの口に息を吹き込んだ。肺活量には自信がある。一息でボートに空気が満たされパンパンになった。
これは仕組み的には現代日本で売られていたゴムボートと一緒だ。簡易性とはいえこの場を切り抜けるには十分役立つ。
「お! おお形が変わったぞ!」
「空気を入れるとこうなる。お前らも協力してどんどん作っていけ。俺のようにはいかないだろうから交代でやっていくといいだろう」
俺の指示の元、皆も空気入れをやりだすが、あまり上手くない。
まぁこんな使い方はしたことないだろうしな。とはいえ俺は手慣れているので作業自体はどんどん進んでいくのだが、ただゴーガンとミトラの二人は夫婦だけあって息もピッタリだった。俺ほどとはいわないが空気を入れるのが中々早い。
さて、こうして全員が乗る分のボートが無事完成した。全員でそれを川まで運んでいく。
「このボートで川下りするぞ」
「「「「「「マジかよ!」」」」」」
盗賊の何人かの声が揃った。川の流れは急だ。即席で作ったボートが保つのか不安なのだろう。
「別に乗りたくないなら構わないぞ。ここに残っていればいい。もっとも十五分もすれば洪水で流されるだけだろうがな。泳ぎに自信があるならそれでもいいんじゃないか?」
「そ、それは嫌だぜ!」
「……やるしかないか」
「リョウガがこういうんだからな……」
どうやら全員覚悟が決まったようだ。まぁそうなるだろう。先迫る危険を考えればつべこべ言っている場合ではない。
「よしテメェら! リョウガを信じてボートに乗り込むぞ! どうせ何もしなかったら川の底に沈んでくたばるだけなんだからな!」
ゴーガンが仲間たちにそういって発破をかけた。こうして俺たちは全員がボートに飛び乗った。やはり川の流れはだいぶ速くなっている。
「ひぃいい! りょ、リョウガ本当に大丈夫なんだよね!」
「ウキキィイィイ!」
叫びながらセラが俺にしがみついた。猿のモナはセラの首に抱きついている。まぁ確かに流れは速いがわりと安定している方だろう。
川はこのまま進むと崖の間を通り抜けて行くことになる。
「お、おいリョウガ! 水が一気に押し寄せてきたぞ!」
「氾濫だ! 川の流れも速くなったしやべぇぞ!」
「リョウガこれ大丈夫なのかい? このままじゃ水に呑まれるんじゃないかい?」
「大丈夫だ問題ない」
盗賊たちは心配そうにしているしセラのしがみつく力が強くなってるが、まぁ大丈夫だろう。
想定内だ。丁度全員のボートが崖の間に入った。そこで俺は腕の力を解放した。
「お、おいリョウガどうなってんだその腕?」
「特訓したらこうなっただけだ気にするな」
「へ? 腕? て! 何それぇええぇ!」
セラが変化した俺の腕に気が付き悲鳴を上げた。膨張した俺の腕は元の世界では鬼と間違われた程だ。初めて見れば驚くのも仕方ないか。
「そ、それ平気なの?」
「俺の個性みたいな物だ。問題ない。それより少し離れていてくれ」
しがみつくセラに一旦離れてもらい、俺は崖に向けて解放した拳を放つ。轟音が鳴り響きすべてのボートが通り過ぎるのを見計らったように崖崩れが置き川を堰き止めた。
「う、うぉお! た、助かったのか俺たち!」
「す、すげぇえ! リョウガあんたやっぱりすごい奴だったんだな!」
歓喜の声があがる。雨はまだ降り続けているがこれで一先ずは安心だろう。俺たちはそのままボートで下流まで移動しそこで降りた――




