第183話 震える心
闇夜に舞う三つの首。スカーレッドは呆然と空を仰いだ。咄嗟に自らの首筋へ手を当てる──まだ付いている。
「これって……一体?」
「やれやれ、派手にやっちまったな。さて、どう始末をつけるか」
涼やかな金属音が耳朶を打つ。はっとして隣へ視線を向ければ、いつ現れたのか二人の男が立っていた。
「あんた! いつの間に!」
「ヨッ、この間ぶりだな」
懐かしい声の主は、かつて彼女が困ってるところを助けた男──ガロウ。その足元には、瞬く間に首を落とされた盗賊仲間の死骸が転がっている。
「て、てめぇガロウ! 一体どういうつもりだ!」
「俺達を裏切るのか!」
盗賊たちが怒号を上げるが、ガロウは肩を竦め、後頭部を掻いた。
「裏切る気はなかったさ。でもよ──その魔導義肢が、こいつにとってどれほど大事な“未来”になるか、俺は知ってるんだ」
「何わけのわかんねぇことを! 大事なモンだからこそ奪う、それが盗賊ってもんだろうが!」
荒げた声を取りなすように、ガロウは静かに視線を巡らせる。月明かりを映した双眸は揺るぎなく、まるで刃のように澄んでいた。
「確かに俺は盗賊だ。富や宝を“いただく”ことに後ろめたさはねぇ。だがな──震えるんだよ、心が。誰かが命より大切に抱えるモンを踏みにじった瞬間、俺の中の“狼”が吠える。そいつを裏切ったら、俺は俺じゃなくなる」
ゆっくりと鍔に手を掛ける。月光が斬鉄の刃を照らした。
「ウドン。こいつを守ってやれ」
「へいへい、兄貴に頼まれちゃあ断れねぇっす」
巨漢のウドンが一歩前へ出る。膨れあがった両腕はまるで生きた盾のようにスカーレッドを背後から包み込んだ。
「ガロウ、本気でやるつもりか?」
「冗談に見えるか?」
次の瞬間、盗賊の一人が獣化し、爪を振りかざして跳び掛かる。しかしガロウの抜刀は疾風。一閃──光が過ぎ、呻きもなく肉が細断されて地面に落ちた。
「くそっ! 伊達に七頭を名乗っちゃいねぇか──カラッ!」
呼びかけに応じ、別の盗賊が口笛を鳴らす。群れを成したカラスが闇から舞い上がるが──
「……兄貴、後で奢ってくださいよ」
ウドンの腕が伸び、捕えられた鳥たちが一斉に悲鳴を上げ、空へ羽根を散らした。
「あ、あんたの体……」
「【弾力】と【伸縮】──俺の取り柄さ」
カラスを使った伝達の策も潰え、残った盗賊たちは死に物狂いで斬りかかる。しかし格の差は歴然だった。夜風が揺らいだだけで、肉片が赤い軌跡を描き地へ墜ちる。
「ほら、大事なモンだろ? 二度と放すなよ」
片がつき、ガロウは魔導義肢を拾い上げ、そっとスカーレッドの胸に押し当てた。震える腕で抱き締め、彼女の瞳から涙が溢れる。
「ありがとう……あんたに助けられるのは二度目だ。お礼なんて──何をしたら……」
「礼なんぞいらねぇさ。でも、どうしてもっつーなら、今度飯でも奢ってくれ」
豪胆な笑み。スカーレッドも釣られるように微笑み返す。
「一体どんだけ奢ればいいんだい」
「ところで兄貴ィ、これ大丈夫っすかね?」
血煙を眺めつつウドンが心配そうに呟いた。
「さぁな。元より乗り気じゃなかったしな。俺はあのリョウガってのと一戦交えられりゃ、それで十分だったんだがなぁ」
「リョウガ……あんた、リョウガを知ってるのかい?」
名を聞いた途端、スカーレッドの表情が変わる。ガロウは瞳を細めた。
「知ってるどころか、一度本気で斬り結びたくて仕方ねぇ相手だ。……まさか、お前もリョウガを?」
「ああ。リョウガとは顔馴染みさ。そうだね、助けられた事だし、あんたを信じて話すよ──」
スカーレッドが語るリョウガの話を胸に、ガロウとウドンは黙って聞き入り、やがて深く頷く。そして──彼らは礼もそこそこに闇へ駆けた。
闇夜に残されたスカーレッドは、胸元の義肢をそっと撫でる。その重みは、これからも彼女の未来を繋ぐ灯火となるのだった。




