第172話 ボリボリボリボリ
「ゲッ、またキノコが出た!」
「誰がキノコですか!」
マリスが仰け反りながら放った言葉にシータケがムキになって反応した。
「全く失礼極まりない連中だ。モンド氏もこのような護衛を雇っているようでは品性が疑われますぞ」
シータケがモンドに視線を移しそんな指摘をした。俺としてはズレた意見だと思うがな。護衛にとって必要なのは依頼人を守れる力であって行儀作法などは二の次だろう。
「ご助言痛み入ります。しかし二人は勿論今回護衛の依頼を受けてくれた冒険者は皆優秀でしてな。私としては満足しております」
「クッ――」
モンドに堂々と言い返されシータケが言葉に詰まっていた。これは器が違うな。
「しかしですな――」
性懲りもなく言葉を続けようとするシータケだったがその手が首に行き指で掻き出した。かなり強く掻いていてボリボリという音が聞こえてくる程だ。
「おや? 首が気になるようですが何かございましたか?」
「うん? あ、あぁ昨晩はいつの間にか寝ていたようでね。おかしな虫に刺されたようなのだ」
「虫、ですか? お泊りはホテルでしたよね?」
「そうだ。全く高い金を取ってるくせに虫が入り込むなんてな。後でクレームを入れてやる!」
「全くですよ。俺たちも痒くて仕方ない」
見ると取り巻きの連中もボリボリと体を掻きむしっていた。これは首だけじゃないな。全身に痒みが回っている。
「ふむ。しかしホテルともなれば衛生管理はしっかりしている筈ですが、何か他に思い当たる点はありませんか?」
「思い当たる点だと? う、う~ん、そういえば何か大事なことを忘れているような? いやそうではない! クッ、痒い! クソ!」
シータケも他の連中のように全身を掻き毟りだした。ボリボリと描き続ける姿は大凡このような場に相応しい物では無い気がする。
「これは一度治療所で見てもらった方がいいのでは?」
「よ、余計なお世話だ! とにかく今回のオークションでは貴様らより目立たせて貰うからな!」
そう言い返してからシータケと取り巻きたちが去っていった。途中でシータケが歩いてきた女にぶつかっていた。
「何よあれ! 失礼な男たちね!」
ぶつかられた女が不機嫌そうに眉を顰めつつあたりを見回した。何か見たことのある女だな。
「あ! いたわ! あんたねうちのアルをどこにやったのよ!」
声を張り上げた女が向かっていった先にはゴングの姿があった。隣にはパルコの姿もある。
「おい、一体なんだよ突然」
「とぼけるんじゃないわよ! あんたたちが息子に何か吹き込んで連れ出したんでしょう! 目的は何! お金!」
そうか。昨晩のレストランで冒険者を見下していた女だな。確かに子ども連れだった。アルというのが子どもの名前だったか。そのアルの方はゴングたちと楽しそうに話していたな。
「これは少々面倒くさくなりそうですからフォロー致しますか」
結局モンドがゴングたちの方に向うことになった。当然俺たちもそれに同行する。しかしこれでは配置を分けた意味がないな。
「いい加減にしてくれ。俺たちは何も知らないしこっちは仕事中なんだよ」
「そうよ。邪魔しないで欲しいんだけど」
「うるさい! お前たちがなにかしたんだそうに決まってる!」
「御夫人、少し落ち着きましょうか」
興奮状態の女にモンドが声を掛けた。女がキッとモンドを睨む。
「こいつらはあんたの護衛なのよね! 一体どういう教育しているのよ!」
「彼らは優秀な護衛ですよ。それ故に貴方の言うような真似はしないと誓って言えます」
「そ、そうです。心配なのはわかりますが落ち着きましょうよ」
モンドに倣うようにエンデルが説得を試みた。しかしそれは逆効果だったようだ。
「何悠長な事を言ってるのよ! きっとこいつ等が息子を何処かへ連れ出してそれきりなのよ! 絶対に何か企んでる!」
女は興奮状態でとても冷静に話が出来るように思えないな。
「何をしてるんだ!」
すると別な男の声が響き渡り三十代ぐらいの男が駆け寄ってきた。
「モンド様、この度はうちの妻が大変な失礼を!」
「は? な、なんで貴方が頭を下げているのよ!」
「この馬鹿! モンド様は豪商として名のしれている御方だぞ! うちだって色々とお世話になっているんだ!」
「そ、そんな……」
女の肩がワナワナと震えた。今度は女の方が立場を弁える番となったようだな――




