歌姫の受難。――EP.2
[ Diva's Ordeal.――EP.2]
「……スミレ?」
周囲を見渡す。
しかし、彼女の姿は見えない。
今まで4人で歩いていたはずなのに。
スミレが消えた。
自ら姿を隠すとは考えにくい。
つまり、何らかの動的対象《MOB》の仕業。
「エン」
「俺には分からなかった。ツヅリは?」
彼女も首を振る。
「ヤバいね」
「ああ……」
スミレが消えたのは問題だ。
しかし、彼女が消えたことに、俺たちが気付かなかったこと。
そちらの方が深刻だ。
何故なら、向こうの攻撃手段を認知できないということだから。
「とりあえずスミレを見つけないと……」
ツヅリは言う。
あり得るパターンは2つ。
1つ目は、すでに遠くへ連れ去られてしまった。
2つ目は、近くにいるけど見えないだけ。
どちらにしても情報が無い。
「ツヅリ。アイツ、自分で品種改良した植物を持ってるだろ?」
わずかな説明だけで彼女は俺の意図を察したらしい。
「なるほどね」
ツヅリは笑う。
彼女の原典は司書。
あらゆる関数を使うことができる。
当然、スミレと同じ造園師の関数も。
「宣言:関数 急成長 引数:苛烈な菫」
過激な菫。
それは造園師であるスミレ自身が(パリピーへの怒りを込めて)品種改良した植物だ。
つまり、自然界には存在しない。
ツヅリが使用した関数:急成長。
その関数に反応するとしたら、スミレが持っている種だけ。
苛烈な菫は名前の通り、爆発する種を付ける過激な花だ。
爆発が起きれば、そこにスミレがいる。
「……死なないよな?」
提案しておいて今更だが、思わず問う。
「あのくらいじゃ死なない。4000万級だからね」
ツヅリが答えた。
その時だった。
爆発音。
ほとばしる火焔。
近い。
飛んできた火花が前髪を焦がす距離だ。
「エン」
「ああ!」
爆心地に駆ける。
そこだけ草木が無くなっていた。
炭化した木々の残骸。
焼け焦げた黒い地面が広がっている。
「エンさぁん……! ツヅリさぁん……!」
煤にまみれたスミレがいた。
けほけほ、と咳込んでいる。
しかし、命に別状は無さそう。
ツヅリの言葉通りだ。
「無事か?」
「は、はい……。と、とつぜん、苛烈な菫が爆発してぇ……」
犯人が明後日の方向を向く。
「よ、よく無事だったな」
「い、1発の威力は低いんですぅ……」
「そうなのか?」
「ぱ、パリピーは楽に殺しませんよ……。ひ、ひひ……」
「お、おう……」
この花は対パリピー用に開発された武器だ。
憎しみがすごいよ。
「それで敵は?」
「コイツですぅ……」
スミレが指差す。
彼女の隣で、ぴくぴくと動く動的対象。
奇妙な姿の敵だった。
「アスペクト比を無視して縦に10倍引き延ばした猿」
とでも言えば良いのか。
全長は2メートルほど。
棒のように細い手足。
そして、胴体もほとんど同じ太さ。
「宣言:関数 早業」
短剣を振り上げ、振り下ろす。
瞬間、それは巨大な剣に変わる。
死にかけの猿を両断。
止めを刺す。
コンソールを開く。
[>>> mimic ape defeated. 1021.06(JPY) aquired]
つまり、
「擬態する猿を撃破。1021円を獲得」
という意味。
「擬態する霊長類か……」
確かに、皮膚のゴツゴツした毛は樹皮のようだ。
こびりついているのは本物のコケか。
なるほど。
この密林で、この猿が黙って立っていても樹にしか見えない。
実際、気付かれることなく接近してスミレを攫ったのだ。
「なあ、ツヅリ」
「うん。分かってる」
周囲を見渡す。
森しか見えない。
しかし、その中に何体の擬態する猿が潜んでいるのか。
「仕方ない。関数、使うか……」
ツヅリが呟く。
彼女の眼に鋭い光が宿る。
「金は良いのか?」
この状況を打破できるとしたら大規模な範囲攻撃だ。
しかし、強力な関数は多くの情報を書き換える。
つまり、金を食う。
「死ぬよりはマシでしょ。宣言:関数――」
その時だった。
「あ!」
シイカがツヅリの宣言を遮る。
「1匹見つけたよ!! あそこ! あそこの樹の上!!」
何も無い。
ただの樹にしか見えない。
それでも短剣を投げる。
「宣言:関数 早業」
指先から離れる直前、それは巨大な大剣に変化。
横向きに回転しながら飛ぶ。
大剣が樹の枝に当たった。
瞬間、甲高い悲鳴。
赤い血をまき散らして、猿が枝から落ちる。
「マジでいたよ……」
「あそこ! あそこにも!」
シイカが指差す。
「宣言:制御 繰返し 早業 範囲:二重」
大剣を2連投。
2匹の猿が地面に落ちる。
どうやら、まぐれではない。
シイカには見えている。
「シイカ。敵の位置を教えてくれ」
「おまかせ!」
彼女が指差す。
そこに向かって大剣を投げる。
すると敵に当たる。
1本剣を投げるたび、1体死骸が増える。
「――次は!?」
「今ので最後」
「そうか……」
短剣を納める。
戦闘が終わったらしい。
敵を倒したという感覚は無い。
最初から最後までその姿は見えなかったから。
ただ、転がる数十匹の死体が、確かに敵を倒したと教えてくれる。
「黒字だな」
関数:早業だけで倒せた。
使用した金は数百円か。
ツヅリが高等関数を使っていたらこうはいかなかっただろう。
しかし、彼女の顔つきは険しい。
「……擬態する猿。ボクには全然、見えなかったよ。シイカはどうやって見つけたの?」
ツヅリが問う。
「私の原典の補正だね。聴覚が強化される」
シイカは答えた。
原典は関数を使えるようになる以外にも効果があった。
それが補正だ。
例えば、道化師ならNPCの好感度に若干の補正が掛かる。
ただ、補正は良い影響を及ぼすとは限らない。
ツヅリの原典:司書の
「10倍の金を消費する」
もその1種だ。
「擬態する猿の呼吸の音も、心臓の音も、私には聞こえてたよ」
そう言ってシイカは笑う。
なるほど。
彼女は猿を見つけたのではなく、聞き分けたのだ。
「シイカの原典は何?」
「私の原典は歌姫」
この先、この猿のような動的対象《MOB》も現れるだろう。
優れた探索者が必要だ。
「なあ、ツヅリ……」
「うん。ボクも思った」
いたじゃん。
探索者。
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総資産:-42,858,112(日本円)




