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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
97/204

歌姫の受難。――EP.2

[ Diva's Ordeal.――EP.2]


「……スミレ?」


 周囲を見渡す。

 しかし、彼女の姿は見えない。

 今まで4人で歩いていたはずなのに。


 スミレが消えた。


 自ら姿を隠すとは考えにくい。

 つまり、何らかの動的対象《MOB》の仕業。


「エン」

「俺には分からなかった。ツヅリは?」


 彼女も首を振る。


「ヤバいね」

「ああ……」


 スミレが消えたのは問題だ。

 しかし、彼女が消えたことに、俺たちが気付かなかったこと。

 そちらの方が深刻だ。

 何故なら、向こうの攻撃手段を認知できないということだから。


「とりあえずスミレを見つけないと……」


 ツヅリは言う。


 あり得るパターンは2つ。


 1つ目は、すでに遠くへ連れ去られてしまった。

 2つ目は、近くにいるけど見えないだけ。

 どちらにしても情報が無い。


「ツヅリ。アイツ、自分で品種改良した植物を持ってるだろ?」


 わずかな説明だけで彼女は俺の意図を察したらしい。


「なるほどね」


 ツヅリは笑う。


 彼女の原典ライブラリ司書ライブラリアン

 あらゆる関数を使うことができる。

 当然、スミレと同じ造園師ランドスケーパの関数も。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション  急成長ラピッド・ベジテーション  引数アーギュメント苛烈な菫バイオレント・バイオレット


 過激な菫バイオレント・バイオレット


 それは造園師ランドスケーパであるスミレ自身が(パリピーへの怒りを込めて)品種改良した植物だ。

 つまり、自然界には存在しない。


 ツヅリが使用した関数:急成長。

 その関数に反応するとしたら、スミレが持っている種だけ。


 苛烈な菫は名前の通り、爆発する種を付ける過激な花だ。

 爆発が起きれば、そこにスミレがいる。


「……死なないよな?」


 提案しておいて今更だが、思わず問う。


「あのくらいじゃ死なない。4000万級だからね」


 ツヅリが答えた。

 その時だった。


 爆発音。


 ほとばしる火焔かえん

 近い。

 飛んできた火花が前髪を焦がす距離だ。


「エン」

「ああ!」


 爆心地に駆ける。


 そこだけ草木が無くなっていた。

 炭化たんかした木々の残骸。

 焼け焦げた黒い地面が広がっている。


「エンさぁん……! ツヅリさぁん……!」


 すすにまみれたスミレがいた。

 けほけほ、と咳込んでいる。

 しかし、命に別状は無さそう。

 ツヅリの言葉通りだ。


「無事か?」

「は、はい……。と、とつぜん、苛烈な菫が爆発してぇ……」


 犯人ツヅリが明後日の方向を向く。


「よ、よく無事だったな」

「い、1発の威力は低いんですぅ……」

「そうなのか?」

「ぱ、パリピーは楽に殺しませんよ……。ひ、ひひ……」

「お、おう……」


 この花は対パリピー用に開発された武器だ。

 にくしみがすごいよ。


「それで敵は?」

「コイツですぅ……」


 スミレが指差す。

 彼女の隣で、ぴくぴくと動く動的対象。

 奇妙な姿の敵だった。


「アスペクト比を無視して縦に10倍引き延ばした猿」


 とでも言えば良いのか。


 全長は2メートルほど。

 棒のように細い手足。

 そして、胴体もほとんど同じ太さ。


「宣言:関数 早業」


 短剣を振り上げ、振り下ろす。

 瞬間、それは巨大な剣に変わる。

 死にかけの猿を両断。

 止めを刺す。


 コンソールを開く。


[>>> mimic ape defeated. 1021.06(JPY) aquired]


 つまり、


擬態する猿(ミミック・エイプ)を撃破。1021円を獲得」


 という意味。


擬態ぎたいする霊長類か……」


 確かに、皮膚のゴツゴツした毛は樹皮のようだ。

 こびりついているのは本物のコケか。

 なるほど。

 この密林で、この猿が黙って立っていても樹にしか見えない。

 実際、気付かれることなく接近してスミレをさらったのだ。


「なあ、ツヅリ」

「うん。分かってる」


 周囲を見渡す。

 森しか見えない。

 しかし、その中に何体の擬態する猿(ミミック・エイプ)が潜んでいるのか。


「仕方ない。関数、使うか……」


 ツヅリが呟く。

 彼女の眼に鋭い光が宿る。


「金は良いのか?」


 この状況を打破できるとしたら大規模な範囲攻撃だ。

 しかし、強力な関数は多くの情報を書き換える。

 つまり、金を食う。


「死ぬよりはマシでしょ。宣言:関数――」


 その時だった。


「あ!」


 シイカがツヅリの宣言をさえぎる。


「1匹見つけたよ!! あそこ! あそこの樹の上!!」


 何も無い。

 ただの樹にしか見えない。

 それでも短剣を投げる。


「宣言:関数 早業」


 指先から離れる直前、それは巨大な大剣に変化。

 横向きに回転しながら飛ぶ。

 大剣が樹の枝に当たった。

 瞬間、甲高かんだかい悲鳴。

 赤い血をまき散らして、猿が枝から落ちる。


「マジでいたよ……」

「あそこ! あそこにも!」


 シイカが指差す。


宣言:制御デクラレーション・コントロール  繰返し(ループ) 早業  範囲レンジ二重ダブル


 大剣を2連投。

 2匹の猿が地面に落ちる。

 どうやら、まぐれではない。

 シイカには見えている。


「シイカ。敵の位置を教えてくれ」

「おまかせ!」


 彼女が指差す。

 そこに向かって大剣を投げる。

 すると敵に当たる。

 1本剣を投げるたび、1体死骸が増える。


「――次は!?」

「今ので最後」

「そうか……」


 短剣を納める。

 戦闘が終わったらしい。

 敵を倒したという感覚は無い。

 最初から最後までその姿は見えなかったから。

 ただ、転がる数十匹の死体が、確かに敵を倒したと教えてくれる。


「黒字だな」


 関数:早業だけで倒せた。

 使用した金は数百円か。

 ツヅリが高等関数を使っていたらこうはいかなかっただろう。

 しかし、彼女の顔つきは険しい。


「……擬態する猿(ミミック・エイプ)。ボクには全然、見えなかったよ。シイカはどうやって見つけたの?」


 ツヅリが問う。


「私の原典ライブラリ補正コレクションだね。聴覚が強化される」


 シイカは答えた。


 原典は関数を使えるようになる以外にも効果があった。

 それが補正コレクションだ。


 例えば、道化師ならNPCの好感度に若干の補正が掛かる。

 ただ、補正は良い影響を及ぼすとは限らない。

 ツヅリの原典:司書の


「10倍の金を消費する」


 もその1種だ。


擬態する猿(ミミック・エイプ)の呼吸の音も、心臓の音も、私には聞こえてたよ」


 そう言ってシイカは笑う。

 なるほど。

 彼女は猿を見つけたのではなく、聞き分けたのだ。


「シイカの原典は何?」

「私の原典は歌姫ディーバ


 この先、この猿のような動的対象《MOB》も現れるだろう。

 優れた探索者エクスプロラが必要だ。


「なあ、ツヅリ……」

「うん。ボクも思った」


 いたじゃん。

 探索者。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-42,858,112(日本円)

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