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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
8/204

邂逅、$10億ドルの少女。――EP.8

[A boy meets a billion dollars girl.――EP.8]

「キミの言葉は信用できない。だって、もしも本当だとしたら――」


 ガツン、ガツン、と女王アリが巨大なあごを鳴らす。

 巻き起こす風圧が、ツヅリのつややかな髪を揺らす。


「――強すぎるんだよね(・・・・・・・・)。それは」


 ツヅリは言った。


「嘘じゃない! 本当だ!」


 俺が叫ぶ。


「そうかもしれない。だから、優しいボクは証明するチャンスをあげるよ」

「は?」

宣言:終了デクラレーション・イグジット

 

 ツヅリが言った。

 両手両足をしばるる鎖が消える。

 突然、自由になった身体。


「そういうことか」


 本当だとしたら強すぎる、と彼女は言った。

 つまり、


「俺の言葉が嘘では無いなら、道化師の関数だけで、湖女王蟻レイク・アント・クイーンくらい倒せるよね」


 ということらしい。


「優しいねえ」


 見上げる巨体に笑顔が引きつる。


「証明、できそう?」


 こんな雑魚ざこプレイヤを捕まえて、強さを証明しろなどと言う。

 しかし、


「できなきゃ死ぬだけだからな」

 

 短剣を抜く。


「キミ、良いね。好きになっちゃいそうだよ」


 ツヅリが笑う。

 それが合図だった。

 女王アリが動く。

 大きな顎を開き――


「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」 


 ――閉じる、寸前。

 出現した槍を支点に、棒高跳びの要領で跳躍。

 閉じる顎をかわす。

 轟音。

 巻き起こる風に目を細める。

 跳躍の頂点。

 上昇の勢いと、重力が釣り合う一瞬。


「宣言:関数 早業 愚者の剣」


 足元に出現した巨大な剣。

 それを剣を蹴り飛ばし、さらに上へ跳ぶ。


「ははっ! すごいじゃん!!」


 ツヅリの歓声が聞こえた。

 その時、女王アリが酸を吐く。

 その巨体。

 吐き出す酸の量も兵隊アリとは桁違い。

 酸の奔流ほんりゅうだ。


「宣言:関数 早業 愚者の剣」


 出現した大剣を蹴っ飛ばす。

 横へ跳ぶ。

 直後、酸の噴水がすぐ隣を天井へと吹き上がる。

 飛沫しぶきが腕にかかる。

 ヒリリ、と痛んだ。


「こうなったら赤字覚悟だ――」


 関数を使えば、それだけ金を消費する。

 敵を倒すなら最小限の関数で。

 しかし、今回はそうも言ってられない。

 死んだら元も子もないから。


「――宣言:制御デクラレーション・コントロール 繰り返し(ループ) 範囲:1-5(レンジ、1から5) 早業 騎士の剣」


 現れた幅広の長剣。

 蹴り飛ばして跳ぶ。

 次の瞬間、再び現れる新しい長剣。

 それを蹴り飛ばす――。

 繰り返すこと5回。

 片手が天井に届く。

 割れ目に短剣を突き入れる。


「宣言:関数 早業 騎士の槍」


 短剣が長大な槍に変化。

 割れ目に食い込む。

 柄に掴まれば、即席の取っ手が完成。


「なるほど」


 見下ろせば周囲が一望できた。

 俺がいたのは湖に浮かぶ小島だったらしい。


「それで()アリねぇ」


 無数の小川が湖に流れ込んでいる。

 恐らく、天然ではない。

 働きアリが地下水脈の流れを変えて造り出したモノだろう。

 湖の中心に女王アリを隔離することによって外敵から守るのだ。

 だから、()蟻。

 例の村の井戸が枯れたのは、アリたちが湖を作る過程で水脈の流れを変えたから。  

 生態としてビーバーに近いか。

 面白い。


「笑えねえけどな」


 小島の中央に居座いすわる、巨大な女王アリ。

 俺をにらみながら顎を鳴らす。

 まるで、


「見下ろすな」


 とでも言わんばかりに。

 あまりに巨大な敵。

 しかし、死ぬわけにはいかない。


「生活、懸かってるんでねぇ!」


 槍を支点に、振り子のように身体を揺らす。

 空中で身体の上下を入れ替え、両足の裏を天井に着ける。

 膝を限界まで曲げて、蹴る。

 加速のついた落下。

 同時に腰の短剣を抜いた。

 投げる。


「宣言:関数 早業 愚者の剣」


 指から離れる寸前、それは巨大な剣に変化。

 鉄塊てっかいと呼ぶのが相応しい巨大な剣だ。

 跳躍の勢いと、投擲とうてきの加速。

 そして、重力。

 三位一体さんみいったいとなり、刃は飛翔。

 反動で、身体が再び天井まで押し上げられるほど。

 肩は耐えられなかったらしい。

 動かそうにもダラリと垂れるばかり。

 しかし、それだけの勢い。

 巨大な刃は一直線、寸分違すんぶんたがわず、女王アリの頭頂へと迫る。

 その時、凛とした声が響く。


「宣言:関数 磁化マグネタイズ


 瞬間、愚者の剣が軌道を変えた。

 何かに引きずられるように。

 ツヅリが指で示す大岩が、青白く発光していた。

 大剣はそこに吸い込まれるように激突。

 深々と突き刺さって止まる。


「……何で?」


 今までに俺がばら撒いた武器も、光る岩を目指して移動している。

 磁化マグネタイズ

 名前からして、対象に磁力を付与する関数。


「惜しいね。今のが決まってたら負けたかも」


 ツヅリが心底愉快そうに笑う。

 獰猛な笑み。

 しかし、美しい。

 彫像のように。


「あり得ねえだろ……」


 この少女は何者なのか。


 彼女は女王アリをテイムしたと語っていた。

 だから、彼女の原典は調教師テイマのはず。

 しかし、調教師は磁化なんて関数を使えない。

 原典は1人に1つ。

 複数の原典を持てない。

 思えば、俺を眠らせたのも彼女ではなかったか。

 関数:眠りの園(ガーデンオブヒュプノ)造園師ランドスケーパの関数だ。


「あり得ねえだろ……」


 意味も無く繰り返す。

 否定すれば、この状況が変わるわけでもないのに。


 天井にぶら下がりながら、呆然ぼうせんとツヅリを眺めていた。

 女王蟻を従えて不敵に微笑む少女を。


 手詰まりだった。


 利き手も死んだ。

 愚者の剣も、今投げた一本が最後。


 ここまでか。

 しかし、ツヅリは言う。


「予想以上。エン。予想以上だよ!」


 ツヅリが女王アリを手で制すると、攻撃は止んだ。

 ひらひらと手を振る。

 俺を招いているのか。


「降りておいで」


 ということらしい。

 インベントリからロープを取り出す。

 槍に括り付けると、それを伝って地面に降りる。

 彼女は、そんな俺のつま先から頭までを、じっくりと眺めまわす。

 それから最後に俺の顔を見た。

 満足そうに笑う。


「……俺を、どうするつもりだ?」


 ぐい、とツヅリが距離を詰める。

 目の前に彼女の顔が有った。

 こんな状況にも関わらず、見惚みとれてしまうほどに整った顔立ち。


「確かにキミの原典は弱い。最弱の道化師だった。だけど、キミは強い」

「弱いから、こんな辺境のダンジョンに潜ってるんだ」


 もっと稼ぎの良い狩場は、強いパーティがひしめき合っている。

 そして、そこに割り込む実力は無い。


「強いよ」


 しかし、彼女は言う。


「そもそもさ、エン、キミは強くなろうとしたこと有るの?」

「有るよ」

「キミが言う強くなるってのは、なるべく安全に、なるべく安定して稼ぐこと?」

「ああ」


 それ以外に何があるというのか。


 金が要る。


 食うに困らないだけの、

 真っ当な生活を送れるだけの、

 金を稼げるだけの強さ。


「それじゃあ本当にゴミ漁りだね。ドブネズミだよ。人目から逃げるように、ゴミ捨て場を嗅ぎまわってる」

「っ――!」


 あまりの物言いに、言葉に詰まる。


「でも、キミは虎だ。自分で気付いていないだけ」


 意外な言葉。

 そっと、肩に手を置かれる。

 たおやかな手。


「キミが弱いなら、適当に倒して終わりのつもりだった。だけど、キミは強い。いや。強くなれる。だから、ボクの相棒になって欲しい」

「は?」

「エン。見て」

「何を?」

「こんなの、他人に見せたことは無いんだ。キミが初めて」


 目の前にコンソールが有った。


[>>> library:librarian]


 その黒い画面には、白い文字で確かに原典:司書ライブラリアンと表示されていた。


「この原典は?」


 聞いたことも無い原典だ。

 彼女が幾つもの関数を使用したこと。

 それと関係があるはず。


「この秘密をキミに明かしたことは、ボクの誠意だと思って欲しい」

「何がしたい?」

「計画が有る」


 【計画このゲーム】のことではなく、彼女自身の計画だろう。


「どんな計画?」

「お金が欲しい。たくさん」

「どのくらい?」

10億ドル(ビリオンダラァ)


 ビリオンダラァ。

 その音が10億ドルを意味すると気づくまで数秒を要する。


「…………ふざけてんの?」

「本気」


 確かに、彼女が口にする


「10億ドル」


 という言葉に浮かれた雰囲気は無い。

 しかし、


「無理だ」

「できるよ。ボクとキミなら」


 それでも彼女は断言する。


「エン。ボクの計画に力を貸して欲しい」


 まっすぐに見つめられる。

 どこまでも澄んだ瞳。

 あまりにも透明。

 目を逸らしてしまう。


「無理だろ……」


 弱弱しく、そう呟くことしかできない。

 しかし、彼女は言う。

 力強く。


「簡単だよ。ボクがキミを強くしてあげる」


 目の前に少女の顔が有った。

 そして、少女は不敵に笑う。


「断言する。キミは、必ず最強になる」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:95,169(日本円)

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