南国の魔王たち。――EP.4
[The Demon Lords in a Tropical Resort.――EP.4]
「とりあえず、コイツから片付けるか」
「ですなー」
それは音もなく現れた。
この化物もどうやら魔王の僕らしい。
巨大な2つの目が、俺たちを見下ろしていた。
巨大な蛇。
しかし、体表はまるで樹皮のようだ。
動物なのか、植物のなのか。
「ツヅリ。コイツは?」
「うーん。ボクも初めて見るねぇ」
「弱くはないよな……」
「だよね。エン。お願いできる?」
答える前に、蛇は飛び掛かってきた。
自動車を呑み込めそうな口。
「宣言:関数 早業 愚者の槍」
構えた短剣が巨大な槍に変わる。
まるで柱のような槍。
しかし、蛇は勢いのまま止まれない。
自らその槍に飛び込んだ。
鋭い切っ先が口内に突き刺さる・
痛みにのたうち回る巨大な蛇。
周囲の古木をなぎ倒す。
「長くは持たないぞ!」
「1分持たせて」
「あいよ! 宣言:関数――」
短剣を振るう。
「――早業」
瞬間、それが大剣に変化。
蛇の横っ腹に一撃を見舞う、が
「硬っ……」
生物を斬った感触ではない。
まるで、ギチギチに中身の詰まった樹齢千年の巨木。
そんな硬さ。
手が痺れる。
しかし、蛇は動じない。
お返しとばかりに長い尾で薙ぎ払う。
「宣言:関数 早業 鋼鉄の長槍」
手の平を地面に向け、長槍を呼び出す。
それに押しのけられる反動で空中に跳ぶ。
蛇の尾を躱す。
しかし、すぐさま次の一撃が迫る。
こちらは身動きの取れない空中だ。
短剣を振るう。
蛇の尾に比べ、あまりにもちっぽけな短剣。
しかし、
「宣言:関数 早業 愚者の鎚」
瞬間、短剣は巨大な鎚に変化。
錘だけで俺よりもはるかに大きい。
互いに弾き合う。
吹き飛ばされて地面に着地。
「硬すぎんだろ」
見れば、愚者の鎚がひしゃげていた。
しかし、蛇の尾はわずかに凹む程度。
蛇が突進する。
密集する木々に阻まれ、回避も不可能。
「上等! 宣言:構造 鎚による轢殺」
短剣の状態で振り上げ、振り下ろす瞬間に大鎚に変化させる。
それをひたすらに繰り返す。
速度は短剣のそれ。
一撃の重さは落石のごとく。
しかし、俺の方が押される。
「っらああああ!」
少しでも速く、
少しでも強く、
鎚を振るう。
こちとら、700万以上もSTR(筋力)に振っているのだ。
ここで押し負けたら、何のための金なのか。
筋肉がパンパンに張っていた。
今にも千切れそうなくらいに痛い。
それでも武器を振るう。
その時だ。
「宣言:終了」
ツヅリが関数を解除する。
関数:木化け。
使用者の気配を極限まで消す関数。
この関数を使って、ツヅリは蛇の首元に1分間も張り付いていたのだ。
蛇からしたら、突如としてツヅリが現れたように見えたはず。
暴れ出す蛇。
しかし、もう遅い。
「……やっと1分か」
これからツヅリはある関を使おうとしていた。
それは原典:処刑人の関数だ。
斬撃系でも最高峰の威力を誇る。
しかし、必要な金は僅かに数十円のみ。
そんな反則級の関数があった。
何故なら、発動条件がそれだけ厳しいから。
その条件とは、
「1分間、相手の首に触れ続ける」
激しい戦闘中、その行為はあまりにも困難。
しかし、ツヅリはすでに条件を達成している。
俺が蛇を引き付けている間、気配を消して首元に触れていた。
ツヅリはその関数を呼び出す。
「宣言:関数 断頭」
あまりにも静かだった。
まるで花が散るように。
ぽとり。
蛇の頭が地に落ちた。
「関数、2回だけで足りたね。今回は黒字かなぁ」
頭のない蛇の上、ツヅリはそんなことを呟く。
しかし、
「ツヅリ!」
蛇が何事も無かったかのように暴れ出した。
巨大な尾でツヅリを叩き潰さんとする。
「宣言:関数――」
短剣を投げる。
「早業」
瞬間、それが巨大な剣に変化。
一直線、ツヅリ目掛けて飛ぶ。
「よっと」
高速で飛翔する剣。
その柄をツヅリは難なく掴む。
流石は3億円プレイヤ。
小柄な彼女は、大剣の勢いに引きずられその場を離脱。
巨大な尾を躱す。
大剣はツヅリをぶら下げたままで飛翔。
大木の幹に突き刺さって止まる。
ツヅリは持ち手を起点にくるりと回る。
新体操の鉄棒の要領だ。
そのまま剣の上に立つ。
「さっすが相棒!」
「油断すんなよ」
「ごめんて。儲け度外視で行こう。宣言:関数 劫火」
瞬間、蛇が一瞬にして燃え上がる。
パチパチと炎の爆ぜる音。
生物が焼ける匂い。
「これでプラマイゼロかなぁ」
ツヅリが言った。
「……いや。まだだ」
真っ黒な炭の塊と化した蛇。
しかし、そんな炭の塊がもぞもぞと動いていた。
「生きてるの!?」
焦げた表皮がポロポロと剥がれ落ちる。
そして、中から姿を現したのは、1回り小さくなった蛇だった。
炭化したうえに頭も無い蛇が、尾を振り回して俺たちを殺さんと迫る。
「頑丈過ぎんだろっ! 宣言:関数――」
迎撃しようとした、その時だった。
「エン! 後ろ!」
ツヅリが叫ぶ。
反射で跳んだ。
直後、巨大な尾が振り下ろされる。
地面が陥没していた。
一瞬、遅ければ死んでいた。
恐る恐る、後ろを振り向く。
2体目の蛇。
「え、エン。周り、見て……」
「ああ。分かってる……」
いや。
2体どころではない。
眠らせ苔の吐き出す白い霧。
煙る森は視界が悪い。
さらに、蛇の樹皮のような体表。
だから、いつの間にか囲まれていることに気付かなかった。
頭を落とされてなお、
身体も丸焼きにされてなお、
戦うことを止めない異形の怪物。
そんな怪物に囲まれていた。
しかし、ツヅリは不敵に笑う。
「魔王、最高じゃん。絶対、仲間にするから」
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総資産:-42,813,142(日本円)




