南国の魔王たち。――EP.3
[The Demon Lords in a Tropical Resort.――EP.3]
その威容に思わず呟く。
「魔王城……」
「ね! 楽しみだね!」
「……全然」
無情にも船は島に近づいて行く。
魔王が君臨するその島に。
「……ん? 意外に人がいるな」
と言うか、桟橋まで用意されている。
その桟橋に何隻も船が泊まっていた。
行きかうのは観光客だ。
中には水着の客も。
ちらほらと出店も見える。
あの騒ぎよう。
どうやらアルコールも商っているらしい。
「魔王城。観光地になってるけど?」
「うん。屋久杉的な?」
「……良いのか?」
その森は確かに神秘的。
折り重なるように生える巨木。
吐き出す水蒸気で霞んでいる。
森の奥は伺い知れない。
地球が始まって以来、誰も足を踏み入れたことが無い。
そう言われても信じそうなほど。
そんな森だ。
青骨烏賊は船を押し、器用に桟橋に船を着ける。
船を下りる。
「で、魔王城は?」
「この奥だね」
森に一歩、足を踏み入れた。
その時だった。
「待て待て待て」
背後から呼び止められる。
振り向けばプレイヤが立っていた。
魔法職と思わしきローブと杖。
その恰好を見るに正統派のプレイヤか。
「その先は危ないぞ」
彼は言う。
「アンタは?」
「この島の警備をしてる」
「警備員までいるのか」
「金が良いんだよな。普通に敵を倒すより」
「なるほど……」
下手に動的対象《MOB》と戦うより、観光客の御守りの方が安全か。
しかも、彼らは金を落としてくれる。
そういうプレイの仕方もあるのか、と勉強になる。
「その先は危ない。時々、羽目を外した観光客が踏み込むが、誰も戻って来ない」
「何があるんだ?」
「噂だと森の奥に魔王の城が在るらしい」
「その割には観光地みたいになってるぞ」
「ああ。今のところ海岸で死んだ人間はいないからな」
「不気味だな」
森に入らなければ手出しはしないということか。
もしくは、何らかの関数が発動しているのか。
まずは様子を見るべきだろう。
「ツヅリ。どうする?」
「うん。歩きながら考えよう」
そう言ってツヅリがコンソールを開く。
インベントリから取り出したのは、封剣:月華。
抜き身の刃に紙を落とせば、それだけで切れるほど。
名刀だ。
「――宣言:関数 神薙」
一閃。
先の見えない茂った森に、一筋の道が出来上がる。
「じゃ、行こう。おじゃましまーす」
すたすたすた、と森の中に歩いていくツヅリ。
「お、おい。死ぬぞ!」
警備のプレイヤが叫ぶ。
そんなことはお構いなしにツヅリは森の奥へと進む。
彼女の後姿がほとんど霧で見えなくなった時だ。
「置いてくよー!」
そんな声が聞こえた。
「ったく」
1人で行かせる訳にもいかない。
「アンタまで!? 死ぬぞ! 俺は止めたからなー!?」
背後にそんな声を聞きながら森に踏み込む。
◆
ほんの数分歩いただけで観光地の騒がしさは消えた。
それほどに深い森。
「ふぁわぁ……」
その時、ツヅリがあくびを1つ。
はにかみながら口元を隠す。
「寝不足か?」
「んー? 違うよ。これ、死ぬヤツ」
「え? あくびで――」
力が抜ける。
その場で膝を着く。
「な――」
呂律が回らない。
何も考えられない。
その時だ。
「飲んで」
不意に口に何かをねじ込まれる。
それは瓶の先だった。
中からとろりとした苦い液体が流れ込む。
「苦っ!?」
思わず吐き出す。
「な、何だよ!?」
「特級気付け薬。目、覚めたでしょ?」
「……俺、眠かったの?」
まるで殴られたかのような衝撃だった。
一瞬で、意識を刈り取られるような。
それが眠気だと言うのか。
【計画】の世界でまた1つ学んだ。
あまりに強烈な眠気は、もはや眠気と認識できない。
強烈なパンチに匹敵する。
「どうして急に?」
「エン。これ、動的対象《MOB》だよ」
ツヅリが言う。
「どこに?」
しかし、敵の姿はどこにも見えない。
「これだよ」
「……これ?」
樹の表面、絨毯のように分厚い苔がむしている。
湿った苔。
もわもわと湯気が昇っている。
ツヅリが絞るとぽたぽたと汁が垂れた。
「動的対象《MOB》:眠らせ苔。強烈な睡眠ガスを吐き出すんだ」
「この森、苔だらけだぞ……?」
周囲にそびえたつ巨木。
その表面のほとんどが眠らせ苔に覆われている。
「うん。森全体がこの苔で覆われてるみただね」
遠くから見た時、島に霧が掛かって見えた。
その霧の正体は睡眠ガスだったのだ。
「エン。見てみなよ」
ツヅリが樹の根元を指差した。
そこには人間が1人収まるくらいのくぼみが開いていた。
そして、白い骨が散らばっていた。
短パン、Tシャツ、靴。
1人分の衣類と共に。
「強烈なガスで眠らせて、そのまま養分にするんだろうね」
「寝たまま養分かよ。エグいな」
「だから、この森が1つの巨大な食人植物なんだよ」
「人為的なのか?」
「だと思うよ。普通、眠らせ苔は洞窟の奥とか、狭い場所に生息してるからね」
「魔王、やるじゃないか……」
きちんと魔王をしている。
「くふふ」
ツヅリがくすぐったそうに笑う。
「ご機嫌だな」
「うん。ボクたちの仲間に相応しいね」
「言っとくけど、殺し合いになる可能性もあるからな?」
「それも良いね!」
「良いの!?」
「これだけのプレイヤだからね。殺《PK》したら儲かりそう」
「さいですか……」
とは言え、俺も少しは興味が湧いた。
魔王は、1つの島をまるごと殺人機構に造り替えてしまったのだ。
スケールが違う。
一体、何者なのか。
「とりあえず、コイツから片付けるか」
「ですなー」
それは音もなく現れた。
この化物もどうやら魔王の僕らしい。
巨大な2つの目が、俺たちを見下ろしていた。
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総資産:-42,812,771(日本円)




