10億円事件――EP.12
[Billion yen robbery.――EP.12]
「俺たち、勝てるのか?」
「よゆー、よゆー」
しかし、ツヅリは笑う。
「キミがいるからねぇ」
◆
5層には驚いた。
地下空間に森が広がっていたのだ。
しかし、6層にも驚かされる。
「ここは城か?」
「そんな感じだよね。実際、何かは不明だけど」
「遺跡だから?」
「そうそう。遺跡っていう設定だから」
5層よりも遥かに高い天井。
遠くに塔が見える。
その塔を中心に、城壁が何重にも張り巡らされている。
巨大な石で組まれた城壁だ。
整然と立ちはだかる。
紙一枚、入る隙間が無い。
「7層はボスの部屋しかないから、実質これが最後だね」
「そうか……」
ツヅリと出会った時は、辺境の迷宮でひたすら雑魚を狩っていた。
それが今や、最難関迷宮の奥深くにいる。
「断言する。キミは、必ず最強になる」
そう言われた時には詐欺を疑ったが。
「どうかしたの?」
「なんでもない。それより、契約の内容は覚えてるよな?」
「もちろん。ボクと結婚すると借金が無くなるよ!」
「そこじゃない。報酬の話だ」
契約の内容は大雑把に次のようになる。
6700万円を年利20.3%で借りる。
しかし、【計画】でツヅリに協力している間は返済を猶予する。
ただ、ツヅリに協力すれば儲けが発生する。
何故なら、ここは【計画】の中。
敵を倒せば、本物の金に変わる。
そして、契約にはその分配も盛り込まれていた。
「キミの取り分は、ボクが得た利益の10%。だよね?」
「そうだな。今回、10億円分PKする。間違いないか?」
「その予定」
「つまり、10億円の10%。だから、1億は俺のモノになる。これも間違いないか?」
「疑ってるの? 酷いなぁ」
「確認だよ」
「疑ってるじゃん。契約書に、お互いの指紋も虹彩パタンも登録したからね。裁判所へ提出すればきちんと証拠になるよ」
1億円あれば、借金を返済しておつりが来る。
3000万円は残るか。
命が大学を卒業するまで9年弱。
それだけあれば生きていける。
「【計画】も辞め時かな」
「辞めるの?」
「たりめーだろ。犯罪だぞ。金さえあればこんなゲームに用は無いんだよ」
「もしかして、キミ、借金を返そうとしているの!?」
「……そのつもりだけど」
「なんでさ!」
詰め寄られて、顔を逸らす。
金を返そうとすると怒り出す貸主。
何者なのか。
「人から借りたものは返さないとダメだろ……」
人として。
「でも、返しちゃうとボクと結婚できないよ?」
「しない。以上」
言い放つとツヅリが頬を膨らませる。
キッ、と俺を睨んだ。
その時だ。
「ピピピピピピピピピピ」
乾いた電子音と共に、勝手にコンソールが立ち上がる。
[>>> WARNING:consecutive play time exceeded 7 hours]
警告が表示された。
つまり、
「連続プレイ時間が7時間を超えました」
という意味になる。
このままプレイを続けると、8時間になった時点で強制ログアウトされる。
身体に大きな負荷が掛かることを防ぐ安全機構だ。
「腹立つよな。違法ゲームのくせに……」
「無駄にしっかりしてるよね。違法ゲームなのに……」
プレイヤが減ってしまうと【計画】側としても困るということか。
「7層のボスを倒すまで、あと1時間で行けるか?」
「さすがに無理だね」
「いったん休憩するしかないか」
「だねー」
「円卓騎士が来ないか気になるな」
「かなり飛ばしたからね。1時間そこそこじゃ来ないでしょ」
30分ずつ交代でログアウトすることになった。
現実世界で1秒が過ぎれば、【計画】の中でも1秒進む。
そして、その間もプレイヤの分身は無防備な状態で放置されるのだ。
「地面に穴を掘れば一緒にログアウトできないか?」
実際、2~3層ではそうやって安全地帯を確保していた。
「それが、できないんだよねぇ。宣言:関数 地割れ《グラウンド・フィッシャ》」
ツヅリが関数を呼び出す。
しかし、何も起こらない。
「見ての通り。この壁とか、地面とか、破壊不可らしいんだよね」
「厄介だな」
「そういうわけだから、交代でログアウトしよう」
お先にどうぞー、というツヅリの言葉に甘えさせてもらう。
「悪いな。それじゃ」
◆
夏の大気。
古い畳の匂い。
カチコチと時計の音。
築50年超の6畳一間。
「兄さん。おかえりなさい」
という声は無い。
彼女は今、病院のベッドで管に繋がれている。
空っぽの部屋に響くセミの声がやけに大きい。
「ふぅ」
ヘルメットのようなBMIを脱いだ。
籠った熱気が逃げる。
汗で濡れた前髪を掻き上げる。
気持ち良い。
型落ちのBMI。
最早、骨董品の類だ。
しかし、孤児の俺にはそれを買うことも困難だった。
「2年か……」
コツコツ金を貯めて、そのくらい掛かった。
僅か数万円のBMIを買うために。
しかし、これを被るのも次で最後。
そして、次にBMIを脱ぐ時、俺は1億円を手にしている。
それだけあれば真っ当に生きられる。
「命。待ってろよ……」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:-64,471,141(日本円)




