10億円事件――EP.10
[Billion yen robbery.――EP.10]
「ここからは速さが勝負だよ」
ツヅリが言う。
「そこまで急ぐ必要あるか?」
「よっちゃん殺《PK》したじゃん?」
「そうだな」
「あれ、組織のメンバは分かるんだよね。コンソールで」
「それはヤバいな」
「下手したら、円卓騎士の連中がもう戻ってきてるかも」
もちろん、最終的に円卓騎士は埋める。
だから、この迷宮に来て欲しい。
しかし、早すぎるとそれはそれで邪魔だ。
彼らが戻る前に、迷宮の最下層に辿り着きたい。
「邪魔が入る前に7層のボスを倒す」
「了解」
5層へと伸びる地下トンネル。
並んで走りながら言葉を交わす。
「7層のボスって、どんなヤツだよ?」
「強いよ」
「それはそうだろうよ」
下の階層ほど敵は強くなった。
7層のボスともなれば、間違いなく強い。
「どのくらい強い?」
「まだ誰も勝ったことが無い」
「……は?」
「言葉通りだよ。誰1人として、勝ったことが無い」
「強すぎない?」
「大丈夫、大丈夫」
いつものように軽い調子でツヅリは言う。
「ここだけの話、ボスには大きな弱点があるんだ」
流石のツヅリも、勝算が無ければ挑まないか。
「で、弱点ってのは何だよ?」
「キミ」
キミ。
はて。
キミって何だろう。
そんな関数や対象、在っただろうか。
「悪い。もう1回言ってもらえる?」
「キミ」
「はい?」
「キミだよ、キミ。プレイヤ・ネームはエン。本名は東雲遠」
「誰、そいつ?」
「だから、キミだって! 変態でシスコンでヒモ野郎のエンだよ!」
「俺は変態でも、シスコンでも、ヒモ野郎でもない!」
「はいはい。期待してるよー」
その時だ。
不意に視界が明るくなる。
眩しさに目を細めると、ツヅリが言った。
「着いたよ。ここが第5層だ」
「ここは、森……?」
地下とは思えない光景が広がっていた。
◆
「ツヅリ、ここは地下だよな?」
「地下だよ。良く見てごらん」
確かに、見上げれば天井が在った。
しかし、自ら発光している。
おかげで外のような明るさ。
見渡せばそこかしこに滝があった。
どうやら上層から流れ落ちているらしい。
「昔は農場だったらしいんだよね」
「なるほど。そういう設定ね」
「そゆこと」
4層の水路は、農場に水や肥料を供給する仕組みだったのか。
幾本もの滝が、澄んだ湖や小川を造り出す。
のどかな光景だ。
草原に寝そべって、本でも読んだら気持ちが良いだろう。
命と一緒にお弁当を作って、ピクニックも良いか。
しかし、すぐに今の彼女が思い浮かぶ。
病院のベットで管に繋がれた命のことを。
「ツヅリ。急ごうぜ」
「そのつもり」
その時だ。
不意に、地面が盛り上がる。
土はみるみるうちに集まり、人の形を成す。
それが10体も、20体も。
「早かったね」
「こいつは?」
「土くれの人。剣、貸して」
「ああ。宣言:関数 早業」
愚者の剣を呼び出す。
出現した瞬間、ツヅリが一閃。
まるで見えなかった。
しかし、全ての人形が土に還る。
「意外に弱い?」
「弱い? まさか」
その時だ。
視界の端で何かが動く。
反射的に跳んだ。
それは根だった。
鞭のようにしなる木の根が、俺を打ったのだ。
辛うじて躱す。
えぐれた地面からその威力を察する。
「5層はもともと農園だったんだよね」
「そういう設定な」
「だから、防衛機構が生きてるみたいなんだよね」
「なるほどな……」
すでに土くれの人が湧いている。
先ほどツヅリが倒した数よりも多い。
しかも、周囲から樹の根や岩が飛んでくる。
俺たちはただ立っているだけだ。
それだけで、
土が、
水が、
木々が、
5層の全てが、
俺たちを排除しようとする。
「5層の敵は、5層そのものなんだ」
ツヅリは言う。
澄んだ湖面から飛び出した、水の槍を弾きながら。
「上等」
流石は最高難易度の迷宮か。
短剣を抜く。
「やってやんよ!」
「あ、やらないで良いよ」
「良いの!?」
「良いよ」
そして、ツヅリは不敵に笑う。
「道はボクが造るから、キミは着いてくるだけで良い」
◆
言葉の通りだった。
立ちふさがる土人形。
鞭のようにしなる根や枝葉。
刃のように鋭い岩。
毒をまき散らす花。
爆発する果実。
矢のように飛来する鳥。
溺れさせようと溢れる湖沼。
突如と口を開ける落とし穴。
ありとあらゆる障害を、ツヅリは残さず叩き潰す。
「ついてきてるー?」
振り向いたツヅリは問う。
「お、おう……」
一方、俺は本当にジョギングしているだけだ。
それどころか方向転換すらしていない。
ただ、もう、走るだけ。
滑車を回すハムスタを連想するくらいに。
「ボクに勝てるわけないじゃん! この美少女のボクに!!」
舞い降りた怪鳥を一撃で粉砕。
ツヅリが叫ぶ。
「見た目は関係無いだろ」
と思いながらも、口には出さないでおく。
彼女が装備しているのは、石礫の鎚。
三層の門番、石礫を統べる者の身体を素材に使った。
彼も強かった。
そして、彼から造った武器も強力だった。
その武器は機能を備えていた。
再生。
「珍しくない機能だけど、まあ、便利だよねぇ」
ツヅリは言っていた。
進行方向に岸壁がせり上がる。
「マジかよ……」
その威容に呟く。
しかし、
「よゆー、よゆー。はい、振り被ってぇ!」
野球選手のように石のハンマを構えるツヅリ。
「どーん!!」
粉砕。
砕け散る壁。
しかし、その威力にハンマも耐えきれなかった。
持ち手だけを残して粉々に砕ける。
しかし、その破片が独りでに集まる。
まるで逆再生した動画のように。
数秒後、ツヅリの手元には元通りのハンマがあった。
これが石礫の鎚の機能、再生だ。
「コレ、便利だねー」
実質、耐久無限。
敵が湧き続ける5層に相応しい武器だ。
「あ、ツヅリ。あれ」
俺が指差す。
その先に、もくもくと上がる三本の煙。
「野営だね。どこかのパーティが休憩してるんじゃないかな」
鎚を振りながら答える。
「こんな環境で?」
「やろうと思えばできるよ」
「って言うことは、あの煙の傍にプレイヤが居るってことか」
「邪魔されたら面倒だから、なるべく避けようか」
「了解」
いくらツヅリとは言え、手練れのプレイヤを複数相手にするのは厳しいか。
「本当はあの野営を襲うつもりだったんだけどね」
「あ、そういう……」
どうせ埋めるなら強いプレイヤが良い。
しかし、最強格のプレイヤはこの迷宮の外、未踏破領域にいるらしい。
だから、PK騒ぎを起こして、彼らを呼び寄せるのだ。
「よっちゃんを倒せたのは運が良かったな」
「そうだね。1人で済んだし」
彼女は最大手組織の幹部級。
間違いなくトップクラスのプレイヤだ。
そんな彼女が突如としてPKされた。
これは事件だ。
「今ごろ大騒ぎかもね」
ツヅリの押し殺した笑い。
「良い性格してんな」
「褒めないでよー」
「褒めてない」
6層を目指して俺たちは走り続ける。
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総資産:-64,471,129(日本円)




