10億円事件――EP.8
[Billion yen robbery.――EP.8]
「宣言:関数 劫火」
瞬間、全ての氷柱が空中で溶けた。
ボタボタと水だけが落ちる。
「大丈夫。ボクも強いから」
「聞いてへんよー」
よっちゃんが言った。
「帰ってええ?」
「もちろん。強制退場させてあげる」
「そ、それは違うやん!?」
「弱くて最初から、行ってみようか。宣言:関数――」
「待て待て待て!」
両手を広げ、ツヅリの前に立ちふさがる。
「おお! お兄さん、イケメン!」
背後でよっちゃんが拍手している。
「なんだよー?」
「この人と戦うメリットが分からない」
「メリットならあるよ」
「どんな?」
「倒してからじゃダメ?」
「相棒だろ」
その一言が効いたらしい。
「キミは話が早いから良いけどさ……。円卓騎士の主要メンバって、ゲーテの大迷宮にはいないんだよね」
「どこにいるんだよ?」
ゲーテの大迷宮は最難関ダンジョンだ。
最強クラスのギルドが、ここ以外どこを探索するというのか。
「未踏破領域」
未踏破領域。
噂には聞いたことがあるが。
「――本当に、あるのか?」
「あると思ってるんでしょ。この人たちは」
しかし、ツヅリの意図は読めた。
俺たちは今、大量のプレイヤをこの大迷宮ごと埋めようとしている。
しかし、どうせ埋めるのであれば、より強いプレイヤを埋めたい。
そのほうが手に入る金が多いからだ。
「コイツ、円卓騎士の重役でしょ?」
「らしいな」
「コイツを倒せば、他の主要メンバも戻ってくるよ」
確かに、どうせ埋めるなら大手ギルドの主要メンバを埋めたい。
そのほうが儲かる。
よっちゃんに向き直る。
「よっちゃん。悪い」
「い、イケメンのお兄さん。もう少しだけ頑張ってみいひん?」
「ツヅリを説得するより、アンタを倒す方が楽だ」
「な、なんやて!?」
短剣を抜く。
「……び、美人のおねえさんやでー?」
よっちゃんが身体をくねらせる。
「ボクの方が美人だけど?」
「せ、せやった……」
「ツヅリ。どうする?」
「ん? 合わせるよ」
「了解」
短剣を投げる。
「宣言:関数 早業」
指先からその柄が離れる寸前、それは巨大な剣に変化。
しかし、この関数が書き換える情報は武器の種類だけ。
速度、という情報は変わらない。
すなわち、巨大な剣は勢いそのまま、よっちゃんに迫る。
「ひえぇ!? 宣言:関数 氷縛」
瞬間、宙に氷の立方体が出現。
それは爆発的に成長。
そのまま剣を呑み込んだ。
大剣は氷塊に突き刺さったまま、動かなくなる。
しかし、
「行くよ」
ツヅリは飛び出していた。
勢いの乗った回し蹴り。
刺さった大剣の柄を蹴っ飛ばす。
大剣は氷を砕き、なおも前進。
よっちゃんに迫る。
「ひゃあっ!」
よっちゃんは背中の長槍を抜く。
柄は白銀。
刃は透明な青。
氷の海のような青だ。
宝石の類か。
そんな槍で迫る大剣を弾く。
「エン!」
ツヅリが叫んだ。
短剣を投げる。
「宣言:関数 早業」
瞬間、愚者の剣に変化。
一直線に飛翔。
よっちゃんが跳んで避ける。
しかし、ツヅリはが大剣を空中で掴んだ。
「なんやてっ!?」
ツヅリはよっちゃんを追いかけて跳躍。
空中で回転。
華奢な少女は、自身の数倍もある白刃を叩き込む。
「宣言:関数 氷縛」
出現した氷の立方体が斬撃を阻む。
しかし、勢い全てを殺せなかった。
よっちゃんが吹き飛ばされる。
水路に衝突。
粉砕して止まる。
「……お嬢さん。おいたが過ぎひん!?」
よっちゃんが身を起こす。
その時には、彼女の背後にツヅリがいた。
大剣を振り下ろす。
「ひょえっ!?」
バネ仕掛けのように身体を捻るよっちゃん。
回転の勢いを乗せて槍を振るう。
辛うじてツヅリの一撃をいなす。
しかし、ツヅリは止まらない。
身の丈を超える大剣を、右へ、左へ、振り回す。
辛うじて槍で受けるよっちゃん。
しかし、波間に浮ぶ木の葉のよう。
「か、かんにん! 宣言:構造 氷縛壁!!」
無数の氷の立方体が地面にばら撒かれる。
それらが爆発的に成長。
わずか1秒にして氷の城壁を造り上げる。
「エン!」
「あいよ。宣言:関数 早業 愚者の鎚」
巨大な戦鎚を投げる。
おもり部分だけで使い手よりも大きい。
不格好な戦鎚。
ツヅリはそれを空中で受け取ると、氷の壁にぶち込んだ。
一撃で粉砕。
「あんた、つよいなぁ」
しかし、砕けた壁の向こうで待っていたのは、微かに笑うよっちゃんだった。
「つよいさかい、これくらいは砕く思うとった。宣言:構造 樹氷林」
ツヅリが砕いた氷の欠片が、周囲を舞っている。
宝石のようにキラキラと光りながら。
そんな欠片が瞬間的に膨張。
まるで、植物の成長を早送りにしているように。
無数の欠片から氷の枝が伸びる。
「宣言:関数 劫火」
ツヅリが関数を呼び出す。
彼女を中心に燃え盛る炎。
しかし、
「甘いで。起動:機能 冬の訪れ!」
白銀の槍を握りしめ、よっちゃんが高らかに叫ぶ。
瞬間、空気が凛と張り詰めた。
一瞬にして気温は氷点下。
「これは……」
吐く息がきらきらと光る。
息に含まれる水分が凍ったのだ。
吸った空気の冷たさに肺が痛い。
機能
それはごく一部のアイテムのみが持つ特殊効果。
プレイヤは関数によって世界の情報を書き換える。
それと同じように、機能も世界の情報を書き換えるのだ。
書き換えられる情報は限られる。
しかし、その分、効果は絶大。
恐らく、冬の訪れは周辺の温度という情報を書き換える機能。
ツヅリを取り巻く、炎の勢いがみるみると弱まる。
そのまま、彼女は樹氷の森に呑まれた。
「……ツヅリ?」
沈黙。
「ふぅ。まずは、1人……」
よっちゃんが俺に向き直る。
「あの、見逃してもらえたりって、します?」
「おもろいこと言うなぁ」
しかし、その目は笑っていない。
「うちを倒すほうが楽なんやろ?」
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総資産:-64,470,670(日本円)




