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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
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10億円事件――EP.6

[Billion yen robbery.――EP.6]



「い、息が、あ、―――」

「あっはっは」


 薄れていく意識。

 頭上から、ツヅリの笑い声が聞こえた。



「ごめん! ごめんってば!」


 顔の前で手を合わせ、拝むように謝るツヅリ。


「キミが遊んでるだけだと思ったんだって!」


 遊ぶって、この巨大タコ(化物)と……。

 1億円級のプレイヤを基準に考えないで欲しい。


「俺はツヅリと違って、か弱いんだから……」

「ごめんて。ほら。お詫びにナデナデしてあげるから、おいで?」

「要らん」

「なんだよー。照れるなよー」

「照れてない。すり寄って来るな」


 俺たちは今、巨大タコの頭上に立っている。

 ツヅリが先ほど調教テイムした。

 こんな馬鹿なやり取りをしていても、タコが勝手に進んでくれる。

 その上、タコを恐れているのか他の動的対象《MOB》が襲ってこない。

 俺たちは、時折、目に付いた道標を破壊するだけ。


「なあ。ツヅリ」

「んー?」

「思ったんだけど、俺たちみたいにこのタコを調教されたら、道標を壊す意味が無いんじゃないか?」

「大丈夫。普通は調教テイムできないから」

「そうなのか?」


 ツヅリ曰く、調教するには、関数:隷属の一撃フィスト・オブ・サボディネーションを当てる必要がある。

 この関数を使って一定以上のダメージを与えることで調教できるのだ。


「でもさ、この関数、本当にただのパンチなんだよね」


 そうなのだ。


「調教ができる」


 という以外は何の効果も無い。

 威力も、速度も、素のパンチ。

 しかし、ただのパンチで強力なMOBにダメージを与えるのは至難の技。

 このあたりが原典:調教師テイマの流行らない理由だろう。


「これでドラゴンとか調教って無理だよね」


 あはは、とツヅリは笑う。

 このタコを一撃で調教できたのは、ツヅリの圧倒的なSTR(筋力)があってこそ。


「高レベルのプレイヤが集まれば調教できるんじゃないか?」

「かもね。でも、簡単にはできないよ」

「その状況が足止めになってるわけか」

「そゆことー」


 タコはすいすいと進む。


「このまま5層まで行くぞー!」


 ツヅリが拳を振り上げる。

 それに反応して、タコも二本の脚を振り上げる。

 何も悪くない水路が粉砕された。


「にしても、このオクトパス、マジでタコだよな」

「だって、オクトパスだからね」

「そうじゃなくて、タコなんだよ。コイツは」

「うん? オクトパスだよね」

「あー、何て言うか、マジでタコなんだよ」


 会話がかみ合わない。


 今までも現実の生物に似ている敵を倒してきた。

 しかし、どの敵も、現実の生物には無い特徴を持っていた。


 毒を吐いたり、翅がカミソリだったり、体表がヤスリだったり。


 しかし、このオクトパスだけは、やっていることが現実世界のタコと変わらない。


「でも、墨に麻痺毒、付いてたよ?」


 ツヅリが言う。


「いや。現実リアルのタコも付いてる」


 そこまで強力な毒ではないが。


「え。恐っ」


 自在に身体を変形する。

 それどころか色まで変えて景色に溶け込む。

 光学迷彩だ。

 しかも煙幕を吐く。

 それも毒入りの。

 改めて考えると、何だこの生物。

 怖い。


 思えば、タコが地球に現れて3億年。

 (※人類はせいぜい700万年なので、桁が2つも違う)

 その長きを生き抜いてきたのだ。

 生物として1つの完成形なのではないか。

 そんなことを思う。

 そして、タコは2064年、ついに電子の世界に進出。

 そこでもタコは強かった。

 タコはタコのままで生き抜いていたのだ。


「キモイナー」


 ツヅリが言う。


「まあ、改めて見るとヤバい造形デザインだな」

「違うよ。タコじゃなくて、キミが」

「え、俺が?」

「なんか早口だったし」

「早口?」


 イミガワカラナイ。


「大丈夫、大丈夫。ボク、キミがキモくても結構好きだから」

「いや。そもそもキモくないから」

「それは無いなー。あはは」


 心に傷を負った。


「なんでそんなにタコに詳しいの?」

「食べてたからな」

「ボクもたまに食べるけど、そんなに詳しくないよ」

「捕まえて食べてた」

「へ?」

「孤児院にいた頃だよ。食べるモノが無い時は捕まえて食べてた」

「と、東京湾の?」

「ああ」

「あの東京湾だよ!?」

「そうだな。飢えるよりはマシだろ?」

「エン!」

「おい。よせ。抱きつくな!」


 しかし、STR(筋力)が違う。

 彼女の本気の抱擁を、抜け出せるはずもなく……。


「エン。いっぱい、いっぱい、殺《PK》そうね。いっぱい殺して、いっぱい稼いで、美味しいモノいっぱい食べようね!」

「わー! よせ! 物騒なこと叫ぶな! それから抱きつくな!」


 ただ、ほんの少しだけ嬉しかったことは口に出さない。


「そう言えばボク、キミのことあんまり知らないねー」

「ゲームしてるだけだからな」

「教えてよ」

「ヤダ」

「妹さんいるんだよね。めいちゃんだっけ?」

「世界一カワイイぞ。何が知りたい?」

「え?」

「うちの命は世界一カワイイぞ。しかし、カワイイだけじゃないぞ。まだ中学生ながら家事も完璧だ。なるべく俺も手伝うようにしてるんだけど、気付いたら既に掃除されてるんだよな。兄として反省しないとな。そのくらい家事が得意な命だけど、特に料理に関しては天才といっても過言ではない。得意料理か? 得意料理は親子丼だな。火加減が絶妙なんだ。生過ぎず、熱も通り過ぎず。つるんと蕩ける舌触り。卵料理は特に難しいからな。この若さでそれだけの料理スキル。天才だろう? しかも、うちの命の凄いところは、金を掛けないということなんだ。……恥ずかしながら、俺の稼ぎが少ないからな。でも、命は上手くやりくりしてくれてるよ。この前なんかは、安売りのトマトを大量に買って、トマトソースを作ってくれたんだよ。安い時にまとめ買いして、冷凍しておけば安く済むからな。それを使った料理も絶品なんだ。パスタに、煮込み、グラタンも美味かったな。食べたくなったか。だが断る。お前さんは命の教育に悪そうだからな。絶対に近寄らないでくれ! 教育と言えば、命は頭も良いんだ。知ってるか? 成績もクラスで一番だ。座学だけじゃなくて、実技もいける。手先が器用だから絵とかも上手なんだ。このままいけば、高校は奨学金付きの推薦で行けるな。東雲家は孤児院に入るべきところを、無理矢理出てるからな。生活保護が下りないんだ。というか、申請しても孤児院に戻される。あんな所に戻るくらいなら死んだ方がマシだからな。実際、死人も出てるし。命が賢くて良かったよ。しかも世界一カワイイからな。得意教科は何だと思う? 英語だ! 凄いだろ? 英語だぞ! まあ、他の教科も満遍なくできるんだけどな。発音も良いんだ。教科書についてくる英語の音声データがあるだろ? あの死ぬほど退屈なヤツ。退屈で人を殺す挑戦でもしてるんじゃないかってレベルの。「好きな食べ物は?」「寿司です」みたいなやつ。命はアレもきちんと聞いてるんだよ。真面目だよなー。可愛いよなー。皿とか洗いながら聞いてるんだよ。おかげで発音はめちゃくちゃ良いぞ。今すぐ外国に行けるレベルだ。行かれたら泣いちゃうんだけどな、俺。逆に運動はちょっと苦手なんだけど、そこがまたカワイイんだよな。それに一生懸命なんだよ。苦手だからって手を抜いたりしないしな。――――」








「そうそう。命が世界一カワイイって話だったな」

「十分! もう十分だから!」

「……もう良いのか?」

「も、もうすぐ5層の入口だから」

「そうか。続きはまた今度だな」

「え!?」

「嫌なのか?」

「ウ、ウレシイナー」

「そう言えば、ツヅリの兄妹は?」

「お姉ちゃんがいるかな」

「へー」

「うわっ! 死ぬほど興味無さそう」

「そんなことないぞ。あ、そうだ。親御さんは?」

「生物学的な親はいると思うけどね」


 引っかかる言い方。

 いや。しかし、


東雲家うちも似たようなものか」

「似てるかもね。ボクたち」


 そう言ってツヅリは笑う。


「あ、エン。5層の入口だ」

「アレが?」

「そう。アレだね」


 入口にアレ(・・)は控えていた。


「……引き返さない?」

「却下」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-64,470,339(日本円)





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