10億円事件――EP.6
[Billion yen robbery.――EP.6]
「い、息が、あ、―――」
「あっはっは」
薄れていく意識。
頭上から、ツヅリの笑い声が聞こえた。
◆
「ごめん! ごめんってば!」
顔の前で手を合わせ、拝むように謝るツヅリ。
「キミが遊んでるだけだと思ったんだって!」
遊ぶって、この巨大タコと……。
1億円級のプレイヤを基準に考えないで欲しい。
「俺はツヅリと違って、か弱いんだから……」
「ごめんて。ほら。お詫びにナデナデしてあげるから、おいで?」
「要らん」
「なんだよー。照れるなよー」
「照れてない。すり寄って来るな」
俺たちは今、巨大タコの頭上に立っている。
ツヅリが先ほど調教した。
こんな馬鹿なやり取りをしていても、タコが勝手に進んでくれる。
その上、タコを恐れているのか他の動的対象《MOB》が襲ってこない。
俺たちは、時折、目に付いた道標を破壊するだけ。
「なあ。ツヅリ」
「んー?」
「思ったんだけど、俺たちみたいにこのタコを調教されたら、道標を壊す意味が無いんじゃないか?」
「大丈夫。普通は調教できないから」
「そうなのか?」
ツヅリ曰く、調教するには、関数:隷属の一撃を当てる必要がある。
この関数を使って一定以上のダメージを与えることで調教できるのだ。
「でもさ、この関数、本当にただのパンチなんだよね」
そうなのだ。
「調教ができる」
という以外は何の効果も無い。
威力も、速度も、素のパンチ。
しかし、ただのパンチで強力なMOBにダメージを与えるのは至難の技。
このあたりが原典:調教師の流行らない理由だろう。
「これで竜とか調教って無理だよね」
あはは、とツヅリは笑う。
このタコを一撃で調教できたのは、ツヅリの圧倒的なSTR(筋力)があってこそ。
「高レベルのプレイヤが集まれば調教できるんじゃないか?」
「かもね。でも、簡単にはできないよ」
「その状況が足止めになってるわけか」
「そゆことー」
タコはすいすいと進む。
「このまま5層まで行くぞー!」
ツヅリが拳を振り上げる。
それに反応して、タコも二本の脚を振り上げる。
何も悪くない水路が粉砕された。
「にしても、この蛸、マジでタコだよな」
「だって、蛸だからね」
「そうじゃなくて、タコなんだよ。コイツは」
「うん? 蛸だよね」
「あー、何て言うか、マジでタコなんだよ」
会話がかみ合わない。
今までも現実の生物に似ている敵を倒してきた。
しかし、どの敵も、現実の生物には無い特徴を持っていた。
毒を吐いたり、翅がカミソリだったり、体表がヤスリだったり。
しかし、この蛸だけは、やっていることが現実世界のタコと変わらない。
「でも、墨に麻痺毒、付いてたよ?」
ツヅリが言う。
「いや。現実のタコも付いてる」
そこまで強力な毒ではないが。
「え。恐っ」
自在に身体を変形する。
それどころか色まで変えて景色に溶け込む。
光学迷彩だ。
しかも煙幕を吐く。
それも毒入りの。
改めて考えると、何だこの生物。
怖い。
思えば、タコが地球に現れて3億年。
(※人類はせいぜい700万年なので、桁が2つも違う)
その長きを生き抜いてきたのだ。
生物として1つの完成形なのではないか。
そんなことを思う。
そして、タコは2064年、ついに電子の世界に進出。
そこでもタコは強かった。
タコはタコのままで生き抜いていたのだ。
「キモイナー」
ツヅリが言う。
「まあ、改めて見るとヤバい造形だな」
「違うよ。タコじゃなくて、キミが」
「え、俺が?」
「なんか早口だったし」
「早口?」
イミガワカラナイ。
「大丈夫、大丈夫。ボク、キミがキモくても結構好きだから」
「いや。そもそもキモくないから」
「それは無いなー。あはは」
心に傷を負った。
「なんでそんなにタコに詳しいの?」
「食べてたからな」
「ボクもたまに食べるけど、そんなに詳しくないよ」
「捕まえて食べてた」
「へ?」
「孤児院にいた頃だよ。食べるモノが無い時は捕まえて食べてた」
「と、東京湾の?」
「ああ」
「あの東京湾だよ!?」
「そうだな。飢えるよりはマシだろ?」
「エン!」
「おい。よせ。抱きつくな!」
しかし、STR(筋力)が違う。
彼女の本気の抱擁を、抜け出せるはずもなく……。
「エン。いっぱい、いっぱい、殺《PK》そうね。いっぱい殺して、いっぱい稼いで、美味しいモノいっぱい食べようね!」
「わー! よせ! 物騒なこと叫ぶな! それから抱きつくな!」
ただ、ほんの少しだけ嬉しかったことは口に出さない。
「そう言えばボク、キミのことあんまり知らないねー」
「ゲームしてるだけだからな」
「教えてよ」
「ヤダ」
「妹さんいるんだよね。命ちゃんだっけ?」
「世界一カワイイぞ。何が知りたい?」
「え?」
「うちの命は世界一カワイイぞ。しかし、カワイイだけじゃないぞ。まだ中学生ながら家事も完璧だ。なるべく俺も手伝うようにしてるんだけど、気付いたら既に掃除されてるんだよな。兄として反省しないとな。そのくらい家事が得意な命だけど、特に料理に関しては天才といっても過言ではない。得意料理か? 得意料理は親子丼だな。火加減が絶妙なんだ。生過ぎず、熱も通り過ぎず。つるんと蕩ける舌触り。卵料理は特に難しいからな。この若さでそれだけの料理スキル。天才だろう? しかも、うちの命の凄いところは、金を掛けないということなんだ。……恥ずかしながら、俺の稼ぎが少ないからな。でも、命は上手くやりくりしてくれてるよ。この前なんかは、安売りのトマトを大量に買って、トマトソースを作ってくれたんだよ。安い時にまとめ買いして、冷凍しておけば安く済むからな。それを使った料理も絶品なんだ。パスタに、煮込み、グラタンも美味かったな。食べたくなったか。だが断る。お前さんは命の教育に悪そうだからな。絶対に近寄らないでくれ! 教育と言えば、命は頭も良いんだ。知ってるか? 成績もクラスで一番だ。座学だけじゃなくて、実技もいける。手先が器用だから絵とかも上手なんだ。このままいけば、高校は奨学金付きの推薦で行けるな。東雲家は孤児院に入るべきところを、無理矢理出てるからな。生活保護が下りないんだ。というか、申請しても孤児院に戻される。あんな所に戻るくらいなら死んだ方がマシだからな。実際、死人も出てるし。命が賢くて良かったよ。しかも世界一カワイイからな。得意教科は何だと思う? 英語だ! 凄いだろ? 英語だぞ! まあ、他の教科も満遍なくできるんだけどな。発音も良いんだ。教科書についてくる英語の音声データがあるだろ? あの死ぬほど退屈なヤツ。退屈で人を殺す挑戦でもしてるんじゃないかってレベルの。「好きな食べ物は?」「寿司です」みたいなやつ。命はアレもきちんと聞いてるんだよ。真面目だよなー。可愛いよなー。皿とか洗いながら聞いてるんだよ。おかげで発音はめちゃくちゃ良いぞ。今すぐ外国に行けるレベルだ。行かれたら泣いちゃうんだけどな、俺。逆に運動はちょっと苦手なんだけど、そこがまたカワイイんだよな。それに一生懸命なんだよ。苦手だからって手を抜いたりしないしな。――――」
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「そうそう。命が世界一カワイイって話だったな」
「十分! もう十分だから!」
「……もう良いのか?」
「も、もうすぐ5層の入口だから」
「そうか。続きはまた今度だな」
「え!?」
「嫌なのか?」
「ウ、ウレシイナー」
「そう言えば、ツヅリの兄妹は?」
「お姉ちゃんがいるかな」
「へー」
「うわっ! 死ぬほど興味無さそう」
「そんなことないぞ。あ、そうだ。親御さんは?」
「生物学的な親はいると思うけどね」
引っかかる言い方。
いや。しかし、
「東雲家も似たようなものか」
「似てるかもね。ボクたち」
そう言ってツヅリは笑う。
「あ、エン。5層の入口だ」
「アレが?」
「そう。アレだね」
入口にアレは控えていた。
「……引き返さない?」
「却下」
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総資産:-64,470,339(日本円)




