10億円事件――EP.4
[Billion yen robbery.――EP.4]
見下ろす光景には迫力が在る。
思わず唾をのみ込む。
そんな俺の隣で、ツヅリは笑った。
「さあ。4層攻略を始めよう」
「そうだな」
「それじゃあ、さっき倒したプレイヤの500万円、変数に振ろうか」
変数。
つまり、STR、AGI、VITの能力値。
それぞれ、筋力、速さ、体力を意味する。
STRが高いほど強い力を発揮し、
AGIが高いほど早く動け、
VITが高いほど死ににくい。
しかし、それらの変数を増やすにも金が要る。
世知辛いゲームシステム。
「500万円かぁ……」
思わずつぶやく。
こんな大金、今後の人生で手に入れることがあるだろうか。
しかし、能力値に振ってしまえば消えてしまうのだ。
溜め息を吐きながらコンソールを開く。
すると、ツヅリは言った。
「じゃあ、現金化すれば?」
「……え。良いのか!?」
「うん。良いよ」
予想外の答え。
しかし、ツヅリがそう言うのなら現金にしてしまうか。
「だけど、大丈夫かな?」
コンソールに
[>>>|realization《現金化》]
と打ち込んだ時、ツヅリが言う。
「……大丈夫って、何が?」
「キミはこれから7層まで攻略するんだよ? 貧弱な変数で大丈夫?」
「うっ……」
死んでしまえば最初からやり直し。
俺はこの分身を失う。
つまり、稼ぐ手段を失うのだ。
仮に500万円を返したとしても、残る借金は6000万円以上。
返済は不可能だ。
「それにキミ、もうPKerだよね? 追手も掛かるかもしれないなー」
「これが借金地獄か……」
「結婚する?」
「絶対にしない」
先ほどプレイヤを倒して、手に入れた約556万円。
3等分して180万円ずつ、STR、AGI、VITに割り振る。
コンソールを開き確認。
[>>> STR:2,433,333(JPY)]
[>>> AGI:2,433,333(JPY)]
[>>> VIT:2,433,333(JPY)]
これで、各種パラメタは200万円を超えた。
「試してみたら?」
「そうだな。宣言:関数 早業」
愚者の剣を呼び出す。
身の丈を超える鉄の塊だ。
「――うおっ! あ、上がるぞ!?」
そんな巨大な剣が完全に持ち上がる。
しかし、それで限界だった。
振るうことは不可能。
それでも大きな進歩だ。
「どんどん強くなるねぇ」
「ああ。強くならねえと。借金があるからな」
このまま強くなって、いずれは全額返済。
「借金!? それは大変だ! 幾らあるの?」
ツヅリがすっとぼけったことを言う。
「6700万円」
「なんだって!?」
ツヅリがわざとらしく驚いて見せる。
お前が言うか。
「茶番はこのくらいにして行こうぜ……」
「うーい」
すたすたと歩き出すツヅリ。
この迷宮のような水路を前にして、何の迷いも無い。
「道順分かってんのか?」
「もちろん! これ、これ」
見れば、足元に金属製の杭が刺さっていた。
先端には銀色の札が付いている。
「これは?」
「道標。過去のプレイヤの試行錯誤の積み重ね」
「そうか。これを辿って行けば良いのか」
「そゆこと。ちなみに、銀色の札は主要道路だね。5層まで続いてるよ」
「有難いな」
「ほんと、ありがたいよねー。宣言:関数 地割れ」
ツヅリが関数を呼び出す。
杭を中心に、地面に亀裂が走る。
ガタガタにゆるんだその杭を彼女はおもむろに引き抜いた。
「感謝だよねぇー」
投げた。
「え?」
流石は1億円級。
その圧倒的なSTR(筋力)値から放てる投擲。
杭は流星のように飛翔。
暗闇に消えた。
数秒後、
「こーんっ」
という小気味の良い音が聞こえる。
どこかに刺さったらしい。
「感謝、感謝!」
「……言ってることと、やってること、違くない?」
「違うよ」
「えぇ……」
ヤバイ人じゃないですか。
「感謝しながらブン投げてる」
「おかしいだろ」
「忘れた? ボクたちはもうPKerで、これからもっと殺そうとしてるんだよ?」
「ああ。そういうこと……」
追手が掛かる可能性もある。
ということは、追跡の手掛かりは無い方が良い。
道標を破壊していくのは悪くない。
「ツヅリの意図は分かったよ」
「キミは話が早くて助かる」
「だけど、なおさら何してんだよ?」
「ダメだった?」
「ダメだ。着いて来い。あ、道標は壊すなよ」
しばらく、道標に従って進む。
何度も曲がり、何度も登り、何度も降りた。
すでに入口の場所は分からない。
距離どころか大まかな方向すら不明。
「まあ、この辺だろ。宣言:関数 早業 大戦鎚」
戦鎚を呼び出す。
刺さった杭を打つ。
意外に頑丈だ。
二度、三度、繰り返してようやく杭を吹っ飛ばす。
「あ! いーけないんだ、いけないんだ!」
騒ぎ出すツヅリが1名。
「良いんだよ」
「良いの?」
「よく考えてみろよ。最初から道標が無いなら、すぐに引き返せるだろ。そして、対策を立てられる」
「そうだね」
「ある程度進んでから道標が無くなったらどうだ?」
「確かに! そっちの方が時間を使わせられるだろ」
「エン、悪いなー」
「ツヅリほどじゃないけどな」
「「あっはっは」」
2人で声を合わせて笑う。
「ついでに、通路も所々、壊しておこう。風景を変えれば迷いやすくなる」
「すごいや! キミって鬼畜だね!」
「止せよ」
そんな言葉、輝く笑顔で言うなよ。
「了解! ハンマ貸してよ」
ツヅリは戦鎚を引っ手繰ると、手近な水路や水車を叩き割って回る。
これが1億万円級のSTR(筋力)か。
背丈を超える鎚を、新体操のバトンのようにクルクル回す。
華奢で可憐な少女。
しかし、
「怪獣」
という言葉が相応しい。
その時だ。
「あっはっは。楽しいー! ……ん?」
はしゃぎ回っていたツヅリが、ふと破壊の手を止める。
「どうした?」
「道標ってのも良し悪しでさぁ」
「なんだよ?」
「動的対象《MOB》も学ぶからね」
【計画】の動的対象は、高性能な人工知能を積んでいる。
「知ってるんだろうね。道標の近くにはプレイヤが現れるって」
嫌な予感がする。
「だからさ、弱い動的対象は道標に近づかない。寄ってくるのは強いヤツだけ。コイツみたいにね」
「……何が?」
コイツは最初からそこにいた。
ただ、見えなかっただけで。
彼女の背後、巨大なタコが姿を現す。
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総資産:-64,470,716(日本円)




