表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
41/204

キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.10

[You can't be happy! ――EP.10]


 起動したままだった無料のメッセージアプリが映し出される。


「あ」


 そこには、2人の連絡先が表示されていた。

 めいの他にも、もう1人の連絡先が。



 葛ノ葉綴(くずのはつづり)


「これ、本名じゃないだろうな……」


 【計画ザ・プロジェクツ】で別れた日のことだ。

 去り際、IDを渡された。


「ボクに会えなくて寂しくなったら、いつでも連絡して良いからね!」


 などと彼女は言っていた。

 そんな機会は無い。

 そう思っていたのだが。


 ワラにもすがるとはこのことだろう。


[エン:助けて欲しい]


 そんなメッセージを送った。

 もう、恥も外聞も気にしていない。


 どんな返事が来るか。


 そう思った時には、


[葛ノ葉綴:もちろん!]


 というメッセージが届いた。

 そして、続けざまに、


[葛ノ葉綴:キミの悩みはぜんぶわかってるよ!]


[葛ノ葉綴:超絶美少女のツヅリちゃんに会いたい!]


[葛ノ葉綴:そういうことだよね!?]


「ちげーよ」


 思わず呟いてしまう。

 しかし、この面倒さが今は少しだけありがたい。


[エン:金を借りたい]


 と送信。


 流石にこれは直――


[葛ノ葉綴:いいよ! いくら?]


 ――球過ぎたか。


「はえーよ。……って言うか、良いのか?」


 リアルで顔を合わせたことも無い。

 本名すら知らない。

 そんな相手に金を貸すなんて。

 いや。

 そもそも数万円程度の金額と考えているのか。


[エン:いくらなら貸せる?]


 瞬間、返事が届く。


[葛ノ葉綴:いくらでも! きみがほしいだけ!]


 そんな冗談とも受け取れる内容。

 恐る恐る金額を打ち込む。


[エン:4000万円]

[葛ノ葉綴:おけまるー]


 何なんだよ、コイツは。


[エン:40,000,000円だぞ? 四千円じゃなくて]

[葛ノ葉綴:だいじょうぶだってー]

[葛ノ葉綴:もっといるー???]

[葛ノ葉綴:このかいしょうなしめ笑]


 本当に何なんだ、コイツは。


[エン:4000万円で大丈夫です]

[葛ノ葉綴:おーけー]

[葛ノ葉綴:さすがにいますぐはむりだけど……]

[葛ノ葉綴:会えるかな?]


 返信のメッセージを打ち込んで、一瞬、指が止まる。

 しかし、すぐに送信ボタンに触れた。


[エン:会える]


 ツヅリに金を借りられなかったとして。

 後は、この1000万円を持って競馬場に飛び込む以外の手段が思いつかない。

 賭博ギャンブルなんて未経験。

 そのくせ4000万円も稼ぐなんて不可能に近い。

 ツヅリに会うしかない。


[葛ノ葉綴:どこのスラム?]


 スラムギークであることは彼女に言ってしまった。


 日本には5つの貧民街スラムが存在する。

 札幌、仙台、東京、神戸、博多。

 このどこかに俺がいる。


[エン:東京]

[葛ノ葉綴:ちかいじゃん!]

[葛ノ葉綴:1じかんごにココ↓でねー]


 位置情報が送られてくる。


[葛ノ葉綴:これそう?]


「コイツ、分かってるんじゃねえよな……」


 指定された場所は、旧首都高速道路の東雲・・ジャンクション。

 聞き覚えのある名前。

 個人情報も把握しているぞ、という遠回しな脅しか。

 それとも単純に外周区の中心部だからか。


 詐欺の可能性も在る。


 しかし、


[エン:大丈夫]


 行く以外の選択肢は無いのだ。


 すでに内臓も全て他人の所有物。

 失うものは無い。

 いのちと引き換えで良い。

 めいを助けられるのなら。




 30分後、東雲JCTに到着した。


 熱く湿った夜の風。

 上空ではまばらな雲が流れていく。

 風が強いらしい。


 息を吸えばむせかえるほどに緑の匂い。

 アスファルトのひび割れから夏草が溢れ出している。

 そんな草原に、廃墟の黒い輪郭シルエットは浮ぶ。

 疎らにそびえるビル群。

 空中で幾重いくえにも交差する高速道路跡。

 かつての眠らないの街も、今や虫の声が響くばかり。


「集合場所はあそこか……」


 見上げる。

 そこは重なる高速道路の一番上。

 崩れたフェンスを潜り抜けて首都高跡に侵入。

 本来は車で通行するべきその通路を徒歩で移動。


「ここか……?」


 地図アプリを起動。

 指定された場所と自分の位置座標重なることを確認。


「どうして、こんな場所……」


 そこには何も無かった。

 ただの廃墟。

 遮るモノは何も無い。

 夜風が吹き抜ける。


 時刻は20時41分19秒。

 指定時間まではあと20分弱。


「はぁ……」


 息を吐く。


 1秒。


 また、1秒。


 過ぎていく時間を数えていた。


 さて。


 これは詐欺なのか。

 或いは、本当に金を借りられるのか。

 可能性も在った。

 彼女は1億円級ハンドレッド・ミリオン・クラスのプレイヤなのだ。

 数千万の金を持っていても不思議ではない。

 だからこそ俺は、こうして僅かな可能性にすがりついている。








「ピッ」


 携帯端末の短い電子音。


 21:00ジャスト。

 

[葛ノ葉綴:うしろ]


 ロック画面にメッセージが流れる。


 振り向く。


 緩やかなカーブを描いて伸びる、廃墟の高速道路。


 その先に彼女はいた。


 夜に佇む小さな影。

 大きすぎるパーカを羽織っていた。

 目深に被ったフード。

 その奥に隠されて表情は知れない。


 その時だ。


 風。


 東京湾から吹き込む一陣の風が、彼女のフードを脱がす。

 雲が切れ、月の光が差し込んだ。

 零れる艶やかな髪。

 夜風に波打ち、月明かりに光る。


「やあ――――」


 彼女が笑う。

 銀の月すらただの照明に成り下がる。

 いつの間に【計画ザ・プロジェクツ】にログインしたのか。

 そう錯覚するほど。

 あの世界と寸分も変わらない美しさ。


「――――ボクがツヅリ。葛ノ葉綴。キミは?」






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-8,943,112(日本円)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ