キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.10
[You can't be happy! ――EP.10]
起動したままだった無料のメッセージアプリが映し出される。
「あ」
そこには、2人の連絡先が表示されていた。
命の他にも、もう1人の連絡先が。
葛ノ葉綴。
「これ、本名じゃないだろうな……」
【計画】で別れた日のことだ。
去り際、IDを渡された。
「ボクに会えなくて寂しくなったら、いつでも連絡して良いからね!」
などと彼女は言っていた。
そんな機会は無い。
そう思っていたのだが。
藁にも縋るとはこのことだろう。
[エン:助けて欲しい]
そんなメッセージを送った。
もう、恥も外聞も気にしていない。
どんな返事が来るか。
そう思った時には、
[葛ノ葉綴:もちろん!]
というメッセージが届いた。
そして、続けざまに、
[葛ノ葉綴:キミの悩みはぜんぶわかってるよ!]
[葛ノ葉綴:超絶美少女のツヅリちゃんに会いたい!]
[葛ノ葉綴:そういうことだよね!?]
「ちげーよ」
思わず呟いてしまう。
しかし、この面倒さが今は少しだけありがたい。
[エン:金を借りたい]
と送信。
流石にこれは直――
[葛ノ葉綴:いいよ! いくら?]
――球過ぎたか。
「はえーよ。……って言うか、良いのか?」
リアルで顔を合わせたことも無い。
本名すら知らない。
そんな相手に金を貸すなんて。
いや。
そもそも数万円程度の金額と考えているのか。
[エン:いくらなら貸せる?]
瞬間、返事が届く。
[葛ノ葉綴:いくらでも! きみがほしいだけ!]
そんな冗談とも受け取れる内容。
恐る恐る金額を打ち込む。
[エン:4000万円]
[葛ノ葉綴:おけまるー]
何なんだよ、コイツは。
[エン:40,000,000円だぞ? 四千円じゃなくて]
[葛ノ葉綴:だいじょうぶだってー]
[葛ノ葉綴:もっといるー???]
[葛ノ葉綴:このかいしょうなしめ笑]
本当に何なんだ、コイツは。
[エン:4000万円で大丈夫です]
[葛ノ葉綴:おーけー]
[葛ノ葉綴:さすがにいますぐはむりだけど……]
[葛ノ葉綴:会えるかな?]
返信のメッセージを打ち込んで、一瞬、指が止まる。
しかし、すぐに送信ボタンに触れた。
[エン:会える]
ツヅリに金を借りられなかったとして。
後は、この1000万円を持って競馬場に飛び込む以外の手段が思いつかない。
賭博なんて未経験。
そのくせ4000万円も稼ぐなんて不可能に近い。
ツヅリに会うしかない。
[葛ノ葉綴:どこのスラム?]
スラムギークであることは彼女に言ってしまった。
日本には5つの貧民街が存在する。
札幌、仙台、東京、神戸、博多。
このどこかに俺がいる。
[エン:東京]
[葛ノ葉綴:ちかいじゃん!]
[葛ノ葉綴:1じかんごにココ↓でねー]
位置情報が送られてくる。
[葛ノ葉綴:これそう?]
「コイツ、分かってるんじゃねえよな……」
指定された場所は、旧首都高速道路の東雲ジャンクション。
聞き覚えのある名前。
個人情報も把握しているぞ、という遠回しな脅しか。
それとも単純に外周区の中心部だからか。
詐欺の可能性も在る。
しかし、
[エン:大丈夫]
行く以外の選択肢は無いのだ。
すでに内臓も全て他人の所有物。
失うものは無い。
命と引き換えで良い。
命を助けられるのなら。
◆
30分後、東雲JCTに到着した。
熱く湿った夜の風。
上空では疎らな雲が流れていく。
風が強いらしい。
息を吸えばむせかえるほどに緑の匂い。
アスファルトのひび割れから夏草が溢れ出している。
そんな草原に、廃墟の黒い輪郭は浮ぶ。
疎らにそびえるビル群。
空中で幾重にも交差する高速道路跡。
かつての眠らないの街も、今や虫の声が響くばかり。
「集合場所はあそこか……」
見上げる。
そこは重なる高速道路の一番上。
崩れたフェンスを潜り抜けて首都高跡に侵入。
本来は車で通行するべきその通路を徒歩で移動。
「ここか……?」
地図アプリを起動。
指定された場所と自分の位置座標重なることを確認。
「どうして、こんな場所……」
そこには何も無かった。
ただの廃墟。
遮るモノは何も無い。
夜風が吹き抜ける。
時刻は20時41分19秒。
指定時間まではあと20分弱。
「はぁ……」
息を吐く。
1秒。
また、1秒。
過ぎていく時間を数えていた。
さて。
これは詐欺なのか。
或いは、本当に金を借りられるのか。
可能性も在った。
彼女は1億円級のプレイヤなのだ。
数千万の金を持っていても不思議ではない。
だからこそ俺は、こうして僅かな可能性に縋りついている。
◆
◆
◆
◆
◆
「ピッ」
携帯端末の短い電子音。
21:00ジャスト。
[葛ノ葉綴:うしろ]
ロック画面にメッセージが流れる。
振り向く。
緩やかなカーブを描いて伸びる、廃墟の高速道路。
その先に彼女はいた。
夜に佇む小さな影。
大きすぎるパーカを羽織っていた。
目深に被ったフード。
その奥に隠されて表情は知れない。
その時だ。
風。
東京湾から吹き込む一陣の風が、彼女のフードを脱がす。
雲が切れ、月の光が差し込んだ。
零れる艶やかな髪。
夜風に波打ち、月明かりに光る。
「やあ――――」
彼女が笑う。
銀の月すらただの照明に成り下がる。
いつの間に【計画】にログインしたのか。
そう錯覚するほど。
あの世界と寸分も変わらない美しさ。
「――――ボクがツヅリ。葛ノ葉綴。キミは?」
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総資産:-8,943,112(日本円)




