邂逅、$10億ドルの少女。――EP.4
[A boy meets a billion dollars girl.――EP.4]
探索用の角灯に火を点ける。
照らし出された洞窟。
姿を現す湿った地面。
かつての川の名残。
見事に枯れている。
単なる自然現象。
もしくは動的対象《MOB》が潜んでいるのか。
後者なら金を稼ぐ好機。
「――命。待ってろよ」
妹を腹いっぱいに。
そのためにはこの先に潜む化物だって倒すつもりだ。
洞窟を進む。
地下は静寂に満ちていた。
ざりざり、と小石を踏む靴音。
そして、呼吸の音。
自分以外の存在を感じられない圧迫感。
この暗闇と閉所。
やはり心細いのか。
仕方ないので、可愛い妹の顔を思い浮かべて置く。
あれ、これ、本当に可愛いな。
ちょっと可愛すぎないか?
ヤバい……。
自然と心細さは消えた。
代わりに、
「すまんな。アイスもろくに買ってやれん兄で……」
稼がねば、という思いがふつふつと湧いた。
足が早まる。
その時だ。
「ざわ、ざわ」
微かに水の流れる音がした。
歩みを速める。
間もなく、水音の正体が分かった。
洞窟の側面に無数の穴が開いていた。
大きいものは大人が立ったまま歩けそう。
地下河川は全てその穴々に流れ込んでいた。
結果、村まで水が届いていなかったらしい。
「この穴、やけに円いな」
自然に開いたとは思えないくらい。
やはり、敵が潜んでいたか。
「これは稼げるかもしれない……」
ここは仮想現実。
全ては計算機《CPU》が生成する世界。
足元の小石も、手に持った短刀も、全て。
そして、複雑なモノほど生成に多くの計算が必要だ。
それはこのゲームにおける敵、つまり動的対象《MOB》も同じ。
より複雑な動的対象ほど多くの計算量を持つ。
だから、倒した時に得られる「お金」も多い。
簡単に言えば、
「強い敵を倒すほど、手に入る金も多い」
ということ。
昨日の盤古の機械鎧で400円。
川の流れを変えるほどの動的対象ならば、どのくらいの儲けになるのか。
恐怖は消えた。
妹を、お腹いっぱいに。
それだけ。
無数に開いた穴の中から、比較的大きなものを選ぶ。
「命。待ってろよ」
穴の中は水が流れていた。
水深は足首が隠れる程度。
やや歩きにくいが、大きな支障は無い。
しかし、この水音は良くない。
暗さと相まって、近づく敵に気付きにくい。
その時だ。
「宣言:関数 早業 鋳鉄の剣」
突然、闇から現れた巨大な顎。
それを呼び出した剣で食い止める。
硬い物体がぶつかりあうことで火花が散る。
「言ったそばからかよっ!?」
目を凝らす。
暗闇に蠢く影。
「アリ!?」
蟻。
日常でもよく見かける昆虫だ。
六本の刺々しい脚と黒く滑らかなボディ。
それは紛れも無くアリだ。
しかし、巨大だった。
大型犬もかくやという巨大さ。
顎を開閉する度、ギチギチと硬質な音が響く。
噛み付かれた剣に歯型が付いていた。
安物とは言え鉄製なのに。
「村の連中はこれにやられたのか」
アリ、突貫。
鋭い脚を突き立てて壁面を走る、走る。
せわしなく動く六本の脚。
その様子が、
「キモいッ!」
しかも跳んだ。
「キモスギッ!」
大した跳躍力。
巨体を宙に躍らせ、一直線に跳ぶ。
「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」
関数を呼び出す。
瞬間、俺の握った剣は槍に変化。
その穂先に、勢いそのままアリが飛び込んだ。
甲高い金属音。
吹き散る火花。
確かな手応え、が、装甲を貫くまでには至らなかったらしい。
アリは何事もなかったかのように動き回る。
「硬っ!?」
そしてキモイ。
アリ、再び跳躍の構え。
「だったら、宣言:関数 早業――」
槍を頭上高く掲げ、振り下ろす。
「――鉄槌」
瞬間、鉄製の大槌に変化。
速度はそのまま、巨大な昆虫を叩き潰す。
「まだ生きてんのかよ……」
しかし、効果は有った。
硬い甲殻はひび割れ、茶色い汁が漏れる。
脚も二本もげていた。
ぴくぴく、と震えるばかりで立ち上がれない。
関数は使わず槍に持ち替えると、甲殻のひび割れに突き込む。
そうしてやっと動かなくなった。
コンソールを開く。
「>>> Lake ant defeated. 38.80(JPY) aquired」
つまり、アリ一匹あたり、日本円にして三十八円と八十銭。
昨日の鎧の百分の一程度。
しかし、
「これは儲かるなッ!」
なんせアリだ。
暗闇に蠢く、影、影、影。
幾らでも湧く。
昨今、物価が上がって困る。
緑豆モヤシ一袋で40円ほど(※注 特売ではない)。
つまり、アリを一匹でモヤシ一袋になるのだ。
暗闇にひしめく巨大な昆虫。
俺にはその光景がモヤシ畑にしか見えない。
「おら! 掛かって来いよ節足動物どもが! 収穫祭じゃあっ!」
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総資産:95,182(日本円)