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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
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キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.6

[You can't be happy! ――EP.6]





 目が覚めて、六畳一間のボロアパート。


「あ、兄さん」


 勉強の手を止めて、めいが枕元に近寄る。

 俺が上体を起こすと、BMIブレイン・マシン・インターフェースを脱がせてくれる


「悪い。遅くなった」

「謝らないでください。ご飯にします? それとも、お風呂?」


 既に遅い時間。

 待っていた命も、お腹を減らしているだろう。


「飯で」

「はい!」


 命が台所に駆けて行く。

 この狭い部屋だ。

 少しばかり急いだところで、大して変わらないだろうに。


 湯気の立つ丼が食卓に並ぶ。


「親子丼ですよー」


「これは……」


 卵の半熟具合。

 固体でもなく、液体でもない。

 絶妙だ。

 よわい15にして、彼女は炎の真髄を理解してしまったと言うのか?


 その丼に、神々しさすら覚える。


「はい。この前、兄さんが半額で買ってくれた鶏肉です」


 外国産の冷凍肉用鶏(ブロイラ)も、彼女の手に掛かれば逸品に化ける。


「魔法みたいだな」

「褒め過ぎなのです」

「食べるのが勿体ないな……」

「食べてくれないと、泣いてしまいますよ?」

「いや。食べるよ。食べます」


 二人で手を合わせる。


「「いただきます」」


 湯気の立つみそ汁をすすりながら、ふと、気になったことを訊く。


「何か良いこと有った?」

「え?」


 箸を止めて、命が俺を見る。


「なんとなくだけど、楽しそうだからさ」


 いつも明るい命だが、いつも以上に機嫌が良い。


「……分かります?」

「なんとなくだけどな」

「実は、良いことが2つありました」

「どんな?」


 すると彼女は、


「ごめんなさい。ちょっとお行儀が悪いですが」


 と言って、携帯端末を取り出す。


「期末試験の結果が返ってきたのです」


 と言って、画面を俺に向ける。


「見て良いのか?」

「もちろんなのです」

「ほう。これは……」


 国語、英語、数学、理科、社会、家庭科、音楽、美術、保健体育。

 全9教科中、100点は6教科。

 残りの3教科も、95点を超えている。


「頑張ったな! 凄いじゃないか!」

「兄さんのおかげなのです」

「勉強したのは命だろ?」

「兄さんが分かりやすく教えてくれたからなのです」


 謙虚過ぎないか。


 それはともかく、悪くない成績だ。


 この成績で行けば、共通試験も良い結果を残すだろう。


 そうなれば、命に推薦を出す高校も現れる。

 奨学金付きの高校だ。


 実際、俺たちのような素性の怪しい人間にも推薦を出そうという高校は存在する。


 少子化のご時世。

 高校も経営に必死なのだ。


「偏差値が高ければ何でも良い」


 と考える高校も少かった。


孤児院あそこには、戻りたくないのです」


 ふと、命がこぼす。


「当然だ。そんなことには絶対にさせない」


 ここまで必死に成績を取らなくても、奨学金を受け取れる。

 しかし、そのためには孤児院に入らなければならない。

 身元の保証をするためだ。


 まあ、当然か。

 素性の知れない未成年に金を渡して、何に使われるか分かったものではない。

 奨学金がマフィアの資金に流れていた、なんて事件も在ったからだ。


 とは言え、孤児院も大概だ。


 あそこはいじめと虐待の見本市。

 実際、いのちの危険を覚えることもしばしばだった。

 しかし、在るのは死なない最低限のエサと、屋根だけ。


「あんな場所にいるくらいなら、自分たちで生きていく」


 結局、兄妹おれたちはそんな結論を出した。


「大丈夫だよ」

「はい。兄さんが一緒なら」


 その屈託のない笑顔。

 思わず、話を逸らす。


「それで、2つ目の良いことは?」


 すると、こんな答えが返ってきた。


「兄さんが嬉しそうなのです」


「え?」


「いつもより機嫌が良いのです。何かありました?」

「いや、特には……」


 と言いかけて、思い当たる節がある。


「……良いことが起きたって言うよりかは、肩の荷が下りたって感じかな」







「ありがとう。ツヅリには感謝してる」


 驚いた表情を見せたのも、一瞬。


「そっか……」


 そう言って、ツヅリは静かに笑った。


「俺が【計画ザ・プロジェクツ】をプレイしている理由は話したよな?」

「最初に会った時にね」

「生活が懸かってるんだ」


 未成年で、親もいない。

 住所も外周区。

 こんな人間、まともな職場は雇わない。


 結果、辿り着いたのが【計画】だ。


「スラムギーク」


 ツヅリが言う。


「そうだ」


 俺が答える。


「【計画】を恨んでる?」

「恨んでない。恨むのにもエネルギーが要る。勿体もったいない」

「恨んでるんだね」

「……まあ、そうなるな」


 そもそも、俺たちみたいな孤児が存在する原因が【計画】なのに。

 しかし、【計画】が無ければ食っていけない。


 そんな矛盾。


「だけど、ツヅリのおかげで強くなれた」


「うん」


「これなら、食っていける」


「分かった」


「だけど、生活が懸かってる。余計な危険は冒せない」


 もう、十分なのだ。

 最初から最強なんて目指していない。

 死なないだけの金を、稼げれば良いのだから。


 石礫を統べる者ザ・ロード・オブ・グラベルと戦って分かった。

 これから、敵はさらに強くなる。

 この辺りが潮時だ。 


「悪いな」

「大丈夫。分かってるから」

「……止めないのか?」

「そういう約束だから」


 とにかくキミを強くしに来ただけだと、彼女は言った。


「それとも、止めて欲しいの?」

「いや。驚いただけだよ。…………悪い。嘘だ」

「どんな嘘? ボク、興味あるなぁ」

「何でも無い」


 目を逸らす。


「言ってよ」


 三割増しで眩しいツヅリの笑顔。それが、逆に……。


「……怒るなよ?」

「内容による」

「だよな。……正直、この話を切り出したら、有ること無いこと難癖なんくせをつけられて、無理矢理、仲間にさせられるんじゃないかと思った」

「ひっどーい! ぼく、そんなことしないよ!」

「お前さん、言動を振り返ってみろよ……」


 10億ドル(日本円にして1800億)を稼ごうなんて言い出す人間だ。

 何をしでかすか分からない。


「まあ、それなら良かったよ」

「だけど、他にも何か言いたそうだね?」

「分かる?」

「キミさ、恰好つけてるけど、結構、顔にでてるからね?」

「……え?」


 顔を撫でる。


「ほら。そういう仕草」

「あ」

「で、何が言いたいの? 言ってみ」

「そうだな……」


 言いたいことはある。

 伝え方が分からない。


「……悪かった」


 口をついて出たのは、そんな言葉。


「それは、何に対する謝罪?」


「結局、俺はツヅリを利用しただけだ」


「そんなこと?」


 ツヅリは鼻で笑う。


「良いんだ。そういう約束だから」


 彼女はあっけらかんと言った。


「キミ、律儀だね。嫌いじゃないけど。ま、次は普通に遊ぼうぜ~」

「いや。それは断る」

「そう言うと思ったよ」


 ツヅリと目が合った。

 声を合わせて言う。


「「生活懸かってんだよ。こっちは」」


 別れは、これで済んでしまったのだ。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:1,916,501(日本円)




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