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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
34/204

キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.3

[You can't be happy! ――EP.3]


 だから、金が欲しい。

 1円でも多くの金が欲しいのだ。


「ツヅリ。3層、今日中に行けるところまで行くからな」





 3層からは迷宮ダンジョンおもむきが変わる。


 今までは天然の洞穴といった雰囲気だった。

 しかし、3層は違う。

 岩で組み上げられた通路がまっすぐに伸びている。

 明らかに人工の代物だ。


「遺跡みたいだな」

「この遺跡を観光する計画も有ったんだよね」

「ゲームの中を?」

「でもさ、実際すごくない?」


 靴底で地面をこする。

 苔が剥がれ、平らな石材が現れる。

 巨大な岩がカミソリ1枚の隙間も無く組み合わさっている。


「まあ、確かに……」


 動的対象《MOB》が独自の生態を造り上げる。

 さらにはNPCの1人1人にいたるまで人生がある。

 そこまで変態的に造り込まれた【計画ザ・プロジェクツ】の世界。

 見世物としては価値はある。

 値段にもよるが、金を出しても見たいという人間はいるのでは。


「……その観光、儲かるんじゃないか?」


 俺が言うのを見越していたらしい。


「残念」


 ツヅリは苦笑する。


「護衛付きの団体旅行を開催したらしいんだけど、途中で全滅した(ゲームオーバ)らしいね。動的対象《MOB》に囲まれて、進むこと引き返すこともできずに」

「地獄絵図だな……」

「学ばないよねぇ。護衛系のミッションは鬼難易度って、古典ファミコンの時代から決まってるのにさぁ」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。1つ賢くなったね!」

「脳の容量メモリを無駄知識に食われた」

 

 その時だった。


 短剣を抜く。


 精緻な石畳が突如として盛り上がる。

 そして、人の形を成す。


 表情の無い顔。

 虚ろな目。

 同じく石でできた盾と剣を構えている。

 その背丈は俺の胸までも届かない。

 しかし、数が多い。

 20を超えるか。


 石礫の突撃兵グラベル・インファントリィ


 遺跡の防衛機構か。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション――」


 短剣を振るう。


「――早業クイック・チェンジ


 インパクトの瞬間、それは大剣に変化。

 手近な数体を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた石像は壁に激突。

 しかし、すぐさま立ち上がる。

 表面に亀裂が走った程度。


「強いな……」


 小鬼ゴブリンのようにすばしこいのに、石の身体は頑丈。

 それが群れを成して襲い掛かる。

 観光者が全滅したことも納得。


 しかし、ツヅリは言う。


「キミなら楽勝でしょ?」


 不敵に笑った。

 ちらりと覗く八重歯。

 獰猛どうもうな笑みは、それでも美しい。


「黒字にはできるよ。宣言:構造デクラレーション・クラス――」


 作ったばかりの構造を呼び出す。

 流石に名前は変えた。


「相棒の必殺技がそれじゃあ締まらないよ! ウルトラ~は諦めるから変えて!」


 と、ツヅリが駄々をこねるので。


「――剣による圧殺ソード・サプレッション


 雨のごとく降り注ぐ、大剣による斬撃。

 群がる石像を吹き飛ばす。

 すぐさま立ち上がる石像。

 しかし、立ち上がった瞬間にもう一度吹き飛ばす。

 気づいた時には、砕けた石が転がるばかり。


[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]

[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]

[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]...


 コンソールを開けば流れるログ。


「石礫の突撃兵を撃破。662円を獲得」


 と告げる。


 それが20体分だ。


 もちろん、これがそのまま利益にはならない。

 関数を使うために金を消費したから。

 それでも、この1回の戦闘で利益は2000円ほど。


「よし。次」

「え!? まだ戦うの?」

「これっぽっちじゃ足らねぇんだよ」

「誕生日って何するの?」

「焼肉」

「うん。誕生日っぽい」

「気安く誕生日とか言うなよ。聖誕祭って言えよ」

「えぇ……」


 まだ、めいと俺が孤児院にいた頃だ。

 ただでさえ少ない給食は年上の孤児たちに奪われて、何も食べるものが無い。

 そんなことが頻繁に起こった。

 流石にいのちに関わる。

 どうにかせねば。

 そんな時、図書室の片隅で見つけたのが、


「食べられる野草百選!」


 という本だった。

 昨今では珍しい紙の本だ。

 表紙も無く、ページも欠けていた。

 そんな本を片手に外周区を歩き回った。

 アスファルトのひび割れから生えた夏草。

 その茂みの中に食べられる草を求めて。


「すごいのです! これなら食べ物には困らないのです!」


 命はそう言って笑った。

 強がりだということは分かっていた。


 草なんて苦いし渋い。

 食べられる野草とは、つまり、食べても害が無いということ。

 トマトのように丸かじりして美味い代物ではない。

 大して腹も膨れない。

 むしろ、歩き回るおかげで余計に腹が減るくらい。


 それでも健気に笑う命を見て、

 俺は情けなくなって、

 悔しくなって、

 言ってしまったのだ。


「……ごめん」


 それが引き金だった。

 命のつぶらな瞳からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。

 それでも笑おうとして、彼女は顔をくしゃくしゃにしていた。

 その表情は今で覚えている。

 そんな彼女を泣き止ませたくて口から出たのは、


「命! 肉を食おう!!」


 という言葉だった。


「…………に、にいさん?」


 あっけにとられて命の涙が止まる。


「いつか、もう食いたくないってくらい肉を食おう。食って、食って、食いまくる」

「肉を?」

「それも牛肉だ!」

「牛肉を!?」


 丁度、今と同じ時期。

 7月の夕暮れのことだ。


 その約束は、未だ果たせていない。


 しかし、


「ツヅリには感謝してる」


 3層に辿り着くまでに手に入れた戦闘経験や装備品。

 それから、180万円分の能力値パラメタ


 今年こそは。


「どうしたの?」

「いや。なんとなく言っておこうかと思ってな」

「そっか」


 途切れる会話。

 始まる沈黙。

 それが不快ではない。

 沈黙が不快にならないくらいの仲にはなってしまったのだ。


 しかし、この関係も終わりが近いのかもしれない。

 

 目標までの残額を数えながら、ふと、そんなことを思う。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:1,914,732(日本円)




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