キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.3
[You can't be happy! ――EP.3]
だから、金が欲しい。
1円でも多くの金が欲しいのだ。
「ツヅリ。3層、今日中に行けるところまで行くからな」
◆
3層からは迷宮の趣が変わる。
今までは天然の洞穴といった雰囲気だった。
しかし、3層は違う。
岩で組み上げられた通路がまっすぐに伸びている。
明らかに人工の代物だ。
「遺跡みたいだな」
「この遺跡を観光する計画も有ったんだよね」
「ゲームの中を?」
「でもさ、実際すごくない?」
靴底で地面をこする。
苔が剥がれ、平らな石材が現れる。
巨大な岩がカミソリ1枚の隙間も無く組み合わさっている。
「まあ、確かに……」
動的対象《MOB》が独自の生態を造り上げる。
さらにはNPCの1人1人にいたるまで人生がある。
そこまで変態的に造り込まれた【計画】の世界。
見世物としては価値はある。
値段にもよるが、金を出しても見たいという人間はいるのでは。
「……その観光、儲かるんじゃないか?」
俺が言うのを見越していたらしい。
「残念」
ツヅリは苦笑する。
「護衛付きの団体旅行を開催したらしいんだけど、途中で全滅したらしいね。動的対象《MOB》に囲まれて、進むこと引き返すこともできずに」
「地獄絵図だな……」
「学ばないよねぇ。護衛系のミッションは鬼難易度って、古典の時代から決まってるのにさぁ」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。1つ賢くなったね!」
「脳の容量を無駄知識に食われた」
その時だった。
短剣を抜く。
精緻な石畳が突如として盛り上がる。
そして、人の形を成す。
表情の無い顔。
虚ろな目。
同じく石でできた盾と剣を構えている。
その背丈は俺の胸までも届かない。
しかし、数が多い。
20を超えるか。
石礫の突撃兵
遺跡の防衛機構か。
「宣言:関数――」
短剣を振るう。
「――早業」
インパクトの瞬間、それは大剣に変化。
手近な数体を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた石像は壁に激突。
しかし、すぐさま立ち上がる。
表面に亀裂が走った程度。
「強いな……」
小鬼のようにすばしこいのに、石の身体は頑丈。
それが群れを成して襲い掛かる。
観光者が全滅したことも納得。
しかし、ツヅリは言う。
「キミなら楽勝でしょ?」
不敵に笑った。
ちらりと覗く八重歯。
獰猛な笑みは、それでも美しい。
「黒字にはできるよ。宣言:構造――」
作ったばかりの構造を呼び出す。
流石に名前は変えた。
「相棒の必殺技がそれじゃあ締まらないよ! ウルトラ~は諦めるから変えて!」
と、ツヅリが駄々をこねるので。
「――剣による圧殺」
雨のごとく降り注ぐ、大剣による斬撃。
群がる石像を吹き飛ばす。
すぐさま立ち上がる石像。
しかし、立ち上がった瞬間にもう一度吹き飛ばす。
気づいた時には、砕けた石が転がるばかり。
[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]
[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]
[>>> gravel infantry defeated. 662(JPY) aquired]...
コンソールを開けば流れるログ。
「石礫の突撃兵を撃破。662円を獲得」
と告げる。
それが20体分だ。
もちろん、これがそのまま利益にはならない。
関数を使うために金を消費したから。
それでも、この1回の戦闘で利益は2000円ほど。
「よし。次」
「え!? まだ戦うの?」
「これっぽっちじゃ足らねぇんだよ」
「誕生日って何するの?」
「焼肉」
「うん。誕生日っぽい」
「気安く誕生日とか言うなよ。聖誕祭って言えよ」
「えぇ……」
まだ、命と俺が孤児院にいた頃だ。
ただでさえ少ない給食は年上の孤児たちに奪われて、何も食べるものが無い。
そんなことが頻繁に起こった。
流石に命に関わる。
どうにかせねば。
そんな時、図書室の片隅で見つけたのが、
「食べられる野草百選!」
という本だった。
昨今では珍しい紙の本だ。
表紙も無く、ページも欠けていた。
そんな本を片手に外周区を歩き回った。
アスファルトのひび割れから生えた夏草。
その茂みの中に食べられる草を求めて。
「すごいのです! これなら食べ物には困らないのです!」
命はそう言って笑った。
強がりだということは分かっていた。
草なんて苦いし渋い。
食べられる野草とは、つまり、食べても害が無いということ。
トマトのように丸かじりして美味い代物ではない。
大して腹も膨れない。
むしろ、歩き回るおかげで余計に腹が減るくらい。
それでも健気に笑う命を見て、
俺は情けなくなって、
悔しくなって、
言ってしまったのだ。
「……ごめん」
それが引き金だった。
命のつぶらな瞳からは、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
それでも笑おうとして、彼女は顔をくしゃくしゃにしていた。
その表情は今で覚えている。
そんな彼女を泣き止ませたくて口から出たのは、
「命! 肉を食おう!!」
という言葉だった。
「…………に、にいさん?」
あっけにとられて命の涙が止まる。
「いつか、もう食いたくないってくらい肉を食おう。食って、食って、食いまくる」
「肉を?」
「それも牛肉だ!」
「牛肉を!?」
丁度、今と同じ時期。
7月の夕暮れのことだ。
その約束は、未だ果たせていない。
しかし、
「ツヅリには感謝してる」
3層に辿り着くまでに手に入れた戦闘経験や装備品。
それから、180万円分の能力値。
今年こそは。
「どうしたの?」
「いや。なんとなく言っておこうかと思ってな」
「そっか」
途切れる会話。
始まる沈黙。
それが不快ではない。
沈黙が不快にならないくらいの仲にはなってしまったのだ。
しかし、この関係も終わりが近いのかもしれない。
目標までの残額を数えながら、ふと、そんなことを思う。
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総資産:1,914,732(日本円)




