キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.1
[You can't be happy! ――EP.1]
薄暗い洞窟の奥深く。
冷たく湿った空気。
「ざり、ざり……」
どこかから音が聞こえた。
巨大な物体を引きずるような音。
思わず背筋が伸びた。
腰に吊った短剣を掴む。
「来たね」
耳元で囁く声。
振り向けば彼女と目が合う。
「……ツヅリ。なんで嬉しそうなんだよ?」
薄暗闇でもわかる均整の取れた美貌。
その美しさに別の意味でゾッとする。
「それはもう、キミの成長が見られるかと思うと」
くふふ、と押し殺した声で笑う。
この余裕は彼女の強さ故か。
何を隠そうツヅリは1億円プレイヤ。
言葉通り総資産が1億円を超えている。
間違いなく【計画】におけるトップランカの1人。
「ん。そろそろじゃない?」
ツヅリが言った。
「ざり、ざり……」
音は次第に大きくなる。
その時だ。
横穴から巨大な黒い筒が飛び出す。
表面は粘液に覆われてヌラヌラと光る。
見た目はイモムシに近いか。
しかし、目も口も無い。
ヌメヌメとした黒い筒。
そして何よりデカい。
トラックもかくやと言う巨大さ。
そんな動的対象《MOB》が身体をしならせて、俺に飛び掛かる。
と、同時だった。
バナナの皮を剥くように、先端の表皮がベロリッと剥がれた。
むき出しになる真っ赤な口腔。
鋭い牙が折り重なるようにびっしりと生えていた。
「怖っわ……」
思わず呟く。
アレに食われるくらいなら、稼働中のミキサに手を突っ込む方がマシ。
そのくらいに怖い。
腰の短剣を抜いた。
刃渡りわずかに10センチ。
巨大な敵を前に、余りにもちっぽけな刃。
そんな蟷螂の斧を、思い切り振る。
同時に、
「宣言:関数 早業」
瞬間、短剣は巨大な剣に変わる。
関数。
それは世界の情報を書き換える。
具体的には、
「俺が何を持っているか」
という情報を書き換えた。
呼び出したのは愚者の剣。
身の丈をゆうに超える極厚の刃。
もちろん、この大剣を振り回す力は無い。
しかし、書き換えた情報は、
「俺が何を持っているか」
という情報だけ。
つまり、「速度」という情報は変わらない。
この巨剣は短剣と同じ速度のまま。
イモムシの口に叩き込む。
手応え。
巨大イモムシは縦半分に割れた。
そう。
割ったのではない。
割れたのだ。
イモムシは縦半分に割れたたまま、何事も無かったかのように左右から迫る。
枝割れ虫。
2層で1番厄介な敵だ。
枝割れの名前の通り、いくつにも分かれて獲物を絡め取る。
そして、ミキサのような口ですり潰すのだ。
「裂けるチーズだよねぇー」
ツヅリは言っていた。
緊張感の無い比喩だがその通り。
この動的対象《MOB》の身体は、そういう構造をしていた。
大剣を捨てて身軽になる。
迫る触手を上空へ跳んで躱す。
しかし、触手はさらに分裂。
4本に増えて迫る。
こちらは空中。
身動きは取れない。
ならば、
「宣言:関数 早業」
大剣を呼び出す。
それを蹴り飛ばして強引に方向転換。
触手は空を掴む。
着地。
すぐに迫る触手。
8、16、32、64、と分裂。
それらが一斉に地面へ噛みつく。
気づいた時には、俺を囲むように触手が林立していた。
即席の檻だ。
逃げ場の無い俺目掛けて残りの触手が迫る。
しかし、この状況は好機でもあった。
分裂すればするほど、1本のあたりは細くなる。
だから、切断はたやすい。
両手に短剣を構え、腕を大きく広げる。
その場で独楽のように回転。
「宣言:制御 二重 早業」
瞬間、両手の短剣が大剣に変わった。
そのまま廻る。
さながら小型の台風。
鉄の刃は無慈悲に触手を切断。
しかし、1本の触手は俺の顔面に迫る。
廻ったままでは避けられない。
「宣言:関数 早業 空《Null》」
左手の大剣だけが消える。
崩れる平衡。
残った右手の剣に引きずられ、身体が横に滑る。
触手を躱す。
「やるじゃん!」
背後で無邪気な声。
ツヅリが手を叩いて喜ぶ。
「ツヅリ。新技、見とくか?」
「見たい!」
痛みにのたうち回りながら、巨大イモムシは分裂を繰り返す。
2が4へ。
4が8へ。
8が16へ……
128を超えたところで数えるのをやめた。
とにかく、沢山。
降り注ぐ触手の雨。
短剣を構える。
「宣言:制御 繰返し 早業 範囲:1-50――――」
口早に関数を宣言。
そして、短剣を振り下ろす。
瞬間、短剣は大剣に変わる。
触手を切断。
同時に大剣は短剣に戻る。
再び構えて、振り下ろす。
これをひたすらに繰り返す。
やっていることは単純だ。
短剣と大剣を交互に高速で持ち変える。
それだけ。
しかし、上手くタイミングをコントロールする。
振り上げる時は短剣を、振り下ろす時は大剣を持つ。
つまり、短剣の速度で、大剣の威力の斬撃を繰り出せる。
数百を超える触手。
しかし、手数も威力も俺の方が上。
1振りする度、千切れ飛ぶ触手。
気が付いた時には、巨大イモムシは細切れ肉に変わっていた。
「エン! すごい、すごい!」
血だまりバシャバシャを踏みながら、ツヅリが駆け寄って来る。
彼女が両手を上げた。
「エン」
「……ああ」
ハイタッチ。
ツヅリの手の柔らかな感触。
にかっ、と彼女が笑えば白い八重歯が見える。
「今の技、なんで今まで使わなかったの?」
「金が無いからな」
「あ、そういう……」
関数とは情報を書き換えること。
つまり、計算をすることだ。
計算とは、電力を消費して半導体を駆動させること。
だから、使えば使うほど金がかかる。
武器を高速で持ち変えるということは、高速で関数を発動させるということ。
それなりの金を消費する。
しかし、コンソールを開けば、
[>>> branch warm defeated 1293.8(JPY) aquired]
の文字。
つまり、
「枝分れ虫を撃破。約1300円獲得」
という意味。
敵が強くなった。
そして、それだけ手に入る金も増えた。
だから、多少は関数を使っても元が取れる。
おけげで使えるようになったのが先ほどの技。
今回は黒字。
「とにかく、これで2層も制覇だね!」
「そうだな」
「3層の敵はもっと強いけど、覚悟は?」
「訊くまでも無いな。あるに決まってんだろ」
稼ぐ、という覚悟が。
「良いね」
そう言って笑うと、ツヅリはくるりと前を向く。
ふわり。
艶やかな髪が揺れた。
「さあ、行こうか。キミが最強になるのも遠くないみたいだ」
地下へと伸びる道を彼女が歩き出す。
「最強にはならねえよ。稼げれば良いんだ」
真っ当に暮らせるだけの金を。
そんなことをぼやきながら、ツヅリの後ろを追う。
「あ、そうだ」
ふと、先を行くツヅリが振り返って言う。
「ウルトラ・タイフーン・ラッシュね」
「は?」
「さっきの技の名前、ウルトラ・タイフーン・ラッシュ」
いや。
あり得ないだろ。
ダサいにも程があるぞ。
「絶対にヤダ」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:1,906,411(日本円)




