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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
32/204

キミが幸せになれるわけないじゃん!――EP.1

[You can't be happy! ――EP.1]

 薄暗い洞窟の奥深く。

 冷たく湿った空気。


「ざり、ざり……」


 どこかから音が聞こえた。

 巨大な物体を引きずるような音。


 思わず背筋が伸びた。

 腰にった短剣をつかむ。


「来たね」


 耳元でささやく声。

 振り向けば彼女と目が合う。


「……ツヅリ。なんで嬉しそうなんだよ?」


 薄暗闇でもわかる均整きんせいの取れた美貌びぼう

 その美しさに別の意味でゾッとする。


「それはもう、キミの成長が見られるかと思うと」


 くふふ、と押し殺した声で笑う。

 この余裕は彼女の強さゆえか。

 何を隠そうツヅリは1億円プレイヤ。

 言葉通り総資産が1億円を超えている。

 間違いなく【計画ザ・プロジェクツ】におけるトップランカの1人。


「ん。そろそろじゃない?」


 ツヅリが言った。


「ざり、ざり……」


 音は次第に大きくなる。

 その時だ。

 横穴から巨大な黒いつつが飛び出す。

 表面は粘液に覆われてヌラヌラと光る。

 見た目はイモムシに近いか。

 しかし、目も口も無い。

 ヌメヌメとした黒い筒。

 そして何よりデカい。

 トラックもかくやと言う巨大さ。

 そんな動的対象《MOB》が身体をしならせて、俺に飛び掛かる。

 と、同時だった。

 バナナの皮をくように、先端の表皮がベロリッとがれた。

 むき出しになる真っ赤な口腔こうこう

 鋭い牙が折り重なるようにびっしりと生えていた。


「怖っわ……」


 思わず呟く。

 アレに食われるくらいなら、稼働中のミキサに手を突っ込む方がマシ。

 そのくらいに怖い。 


 腰の短剣を抜いた。

 刃渡りわずかに10センチ。

 巨大な敵を前に、余りにもちっぽけな刃。

 そんな蟷螂とうろうの斧を、思い切り振る。

 同時に、


宣言:関数デクラレーション・ファンクション  早業クイック・チェンジ


 瞬間、短剣は巨大な剣に変わる。


 関数ファンクション

 それは世界の情報を書き換える。


 具体的には、


「俺が何を持っているか」


 という情報を書き換えた。


 呼び出したのは愚者の剣。

 身の丈をゆうに超える極厚ごくあつの刃。

 もちろん、この大剣を振り回す力は無い(・・)

 しかし、書き換えた情報は、


「俺が何を持っているか」


 という情報だけ。


 つまり、「速度」という情報は変わらない。

 この巨剣は短剣と同じ速度のまま。

 イモムシの口に叩き込む。


 手応え。


 巨大イモムシは縦半分に割れた。


 そう。


 割ったのではない。

 割()たのだ。


 イモムシは縦半分に割れたたまま、何事も無かったかのように左右から迫る。


 枝割れブランチ・ワーム


 2層で1番厄介な敵だ。

 枝割れの名前の通り、いくつにも分かれて獲物を絡め取る。

 そして、ミキサのような口ですり潰すのだ。


「裂けるチーズだよねぇー」


 ツヅリは言っていた。

 緊張感の無い比喩ひゆだがその通り。

 この動的対象《MOB》の身体は、そういう構造をしていた。


 大剣を捨てて身軽になる。

 迫る触手を上空へ跳んでかわす。

 しかし、触手はさらに分裂。

 4本に増えて迫る。


 こちらは空中。

 身動きは取れない。

 ならば、


「宣言:関数 早業」


 大剣を呼び出す。

 それを蹴り飛ばして強引に方向転換。

 触手は空を掴む。

 着地。

 すぐにせまる触手。

 8、16、32、64、と分裂。

 それらが一斉に地面へ噛みつく。

 気づいた時には、俺を囲むように触手が林立していた。

 即席の檻だ。

 逃げ場の無い俺目掛けて残りの触手が迫る。

 しかし、この状況は好機チャンスでもあった。

 分裂すればするほど、1本のあたりは細くなる。

 だから、切断はたやすい。


 両手に短剣を構え、腕を大きく広げる。

 その場で独楽コマのように回転。


宣言:制御デクラレーション・コントロール  二重ダブル 早業」


 瞬間、両手の短剣が大剣に変わった。

 そのまままわる。

 さながら小型の台風たいふう

 鉄の刃は無慈悲に触手を切断。

 しかし、1本の触手は俺の顔面に迫る。

 廻ったままでは避けられない。


「宣言:関数 早業 空《Null》」


 左手の大剣だけが消える。

 崩れる平衡バランス

 残った右手の剣に引きずられ、身体が横に滑る。

 触手をかわす。


「やるじゃん!」


 背後で無邪気な声。

 ツヅリが手を叩いて喜ぶ。


「ツヅリ。新技、見とくか?」

「見たい!」


 痛みにのたうち回りながら、巨大イモムシは分裂を繰り返す。


 2が4へ。

 4が8へ。

 8が16へ……

 128を超えたところで数えるのをやめた。

 とにかく、沢山。

 降り注ぐ触手の雨。

 短剣を構える。


宣言:制御デクラレーション・コントロール 繰返し(ループ) 早業 範囲レンジ1-50(1から50)――――」


 口早に関数を宣言。

 そして、短剣を振り下ろす。

 瞬間、短剣は大剣に変わる。

 触手を切断。

 同時に大剣は短剣に戻る。

 再び構えて、振り下ろす。

 これをひたすらに繰り返す。

 やっていることは単純だ。

 短剣と大剣を交互に高速で持ち変える。

 それだけ。

 しかし、上手くタイミングをコントロールする。

 振り上げる時は短剣を、振り下ろす時は大剣を持つ。

 つまり、短剣の速度で、大剣の威力の斬撃を繰り出せる。

 数百を超える触手。

 しかし、手数も威力も俺の方が上。

 1振りする度、千切れ飛ぶ触手。

 気が付いた時には、巨大イモムシは細切こまぎれ肉に変わっていた。


「エン! すごい、すごい!」


 血だまりバシャバシャを踏みながら、ツヅリが駆け寄って来る。

 彼女が両手を上げた。


「エン」

「……ああ」


 ハイタッチ。

 ツヅリの手の柔らかな感触。

 にかっ、と彼女が笑えば白い八重歯が見える。


「今の技、なんで今まで使わなかったの?」

「金が無いからな」

「あ、そういう……」


 関数とは情報を書き換えること。

 つまり、計算をすることだ。

 計算とは、電力を消費して半導体を駆動させること。

 だから、使えば使うほど金がかかる。


 武器を高速で持ち変えるということは、高速で関数を発動させるということ。

 それなりの金を消費する。


 しかし、コンソールを開けば、


[>>> branch warm defeated 1293.8(JPY) aquired]


 の文字。


 つまり、


枝分れ虫(ブランチ・ワーム)を撃破。約1300円獲得」


 という意味。


 敵が強くなった。

 そして、それだけ手に入る金も増えた。

 だから、多少は関数を使っても元が取れる。

 おけげで使えるようになったのが先ほどの技。

 今回は黒字。


「とにかく、これで2層も制覇だね!」

「そうだな」

「3層の敵はもっと強いけど、覚悟は?」

「訊くまでも無いな。あるに決まってんだろ」


 稼ぐ、という覚悟が。


「良いね」


 そう言って笑うと、ツヅリはくるりと前を向く。

 ふわり。

 つややかな髪が揺れた。


「さあ、行こうか。キミが最強になるのもとおくないみたいだ」


 地下へと伸びる道を彼女が歩き出す。


「最強にはならねえよ。稼げれば良いんだ」


 真っ当に暮らせるだけの金を。

 そんなことをぼやきながら、ツヅリの後ろを追う。


「あ、そうだ」


 ふと、先を行くツヅリが振り返って言う。


「ウルトラ・タイフーン・ラッシュね」

「は?」

「さっきの技の名前、ウルトラ・タイフーン・ラッシュ」


 いや。

 あり得ないだろ。

 ダサいにも程があるぞ。


「絶対にヤダ」






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:1,906,411(日本円)


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