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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
30/204

あ。俺、人間を殺したのか......。――EP.11

[Did I kill a human......?――EP.11]

「……はい。もう少し、このままでも?」

「もちろん」


 とくん、とくん。


 あ、これは。


 命の心臓の音だ。


 不思議と気持ちが安らぐ音。

 暖かさに包まれながら、俺は聴き入っていた。





「それはそれとして、兄さんが一生懸命、稼いできてくれた金です。大切に使いましょう」


 そう言って命は顔の前で手を合わせる。


「とりあえず半分は貯金でも?」


 『東雲家しののめけのかけいぼ』と掛かれたノートを取り出しながら、命は言う。


「ああ」


 家計簿の管理はほとんど彼女に任せきりになっていた。

 加えて、家事の分担も命の方が多い。


 クラスメイトを見ていると、命より幼いと感じることが多々ある。

 実年齢は命の方が低いはずなのに。


「ありがとうな」

「きゅ、急に、どうしたのです?」


 戸惑いながらも笑う命の頭に、おもわず手を置いてしまう。


「に、兄さん!?」

「いや、つい」

「つい、と言うならいつまで撫でているのですか!?」

「いやぁ、つい、ね?」

「に、兄さん!?」

「ドンッ!!」

 

 その時、壁が鳴る。

 隣の部屋の住人が叩いたのだ。 


 流石は築50年。

 遮音性は皆無。

 「壁」という概念を覆される。


 命と目を合わせながら、押し殺した声で笑う。


「それで残りの半分はどうする?」

「もちろん、兄さんの好きなように」

「優先順位の高いモノから買うか」


 交錯する視線。

 無言でうなずき合う。


「「扇風機!!」」


 現在、この部屋で稼働している扇風機は、前の住人が置いていった代物だ。

 結構な年代物らしく、最近ではカラカラと異音がする始末。

 触るとモータが異常に熱い。

 冷房効果を打ち消していた。

 と言うか、発火しそうで怖い。


「今年の夏も暑いらしいな……」

「はい。いのちに関わるのです……」


 良いタイミングだった。

 そういう意味ではツヅリに感謝したい。


「常備薬は?」

「ほとんと減ってないのです」

「俺たち、病気しないからな」

「丈夫な身体に生んでくれたことだけ(・・)は、両親に感謝しないとですね」

「顔も覚えてないけどな」

「ふふっ」

「あっはっは」


 本当に顔も覚えていない。

 しかし、気にもしていない。

 こうして冗談の種になるくらい。


「あ」


 その時、思い出したように命が言う。


「何か有った?」

「あの、実は、欲しいモノがありまして……」

「え?」

「あ、その、ダメなら良いのです」


 命がこうして自分の欲しいモノを主張することは珍しい。

 だから、驚いてしまったが、


「ダメなわけないだろ! 何でも買って良いぞ! 好きなだけ買ってくれ!」


 命に欲しいものを買ってあげる。

 そんな機会、滅多に無いのだから。


「何が欲しいんだ?」


 急かすように問うと、彼女は恥ずかしそうに答えた。


「あの、肌着を新調できたら、なんて……」


「――――ッ!」


 言葉を失った。


 肌着が欲しい。


 そんなことすら遠慮していたなんて。

 そう言えば、前に衣類を買ったのはいつだっただろう。


「買おう! いくらでも買おう!」

「良かった。大分、くたびれてましたからね」


 彼女は嬉しそうに笑う。

 そんな笑顔を見ていると、もう胸が一杯になる。


「せっかくだ。寝巻も新しくしようか?」


 そんな提案もする。

 命は、俺のお古のジャージの袖を折ってパジャマ代わりにしていた。

 俺が中学の頃に使っていたジャージだ。

 中学校を卒業する時に捨てようとしたら、


「兄さんのジャージ!? 捨ててはダメなのです! …………なぜかって? え、えっと……。そ、そうです。こんな丈夫な生地なのに、捨てるなんて勿体ない!」


 と彼女が言うので、そのまま再利用されている。


「まだまだ着れるのです」

「そうかもしれないけど、睡眠の質は健康にも関わる。着心地の良いのを買ったら良いんじゃないか?」

「着心地の良さで言えば、これ以上のモノは無いほどでして……」

「ただの学校指定ジャージだぞ?」

「と、とにかく、無駄遣いはダメです! ダメ! ゼッタイ!」


 珍しく強い口調に押し切られ、寝間着の新調はうやむやになる。





 俺たちの住む外周区がいしゅうく

 東京湾沿岸に広がるこの街は、いわゆる貧民窟スラムだ。

 しかし、


「ここまでが外周区で、ここからが市街地」


 と言った明確な境界は無い。


 ガラの悪い市街地から、比較的まともなスラムまで。

 約1kmのグレーゾーンが広がる。


 激安スーパー大玉おおだま


 電光過剰なこの大型スーパーマーケットは、そんなガラの悪い市街に在った。

(※体感では、東雲家は比較的まともなスラム街に在る)


 生鮮食品はもちろん、日用雑貨や衣類から家電まで。

 大概のものはそろう。


 そして、心配になるほどの低価格がウリ。

 ただ、客層は推して知るべし。

 東雲家としては非常に有難いけれど。


「お買い物って楽しいですよね」


 命が無邪気に笑う。


「そうだな」


 俺も買い物は好きだ。


 扇風機、肌着、洗剤、などなど。

 目当ての品を買い物加カゴに放り込むたび、かすかな快感を覚える。


「あ、兄さん。トマトが安いのです」

「確かに安いな……」


 トマト1つ、88円。

 まとめて買えばさらに割引。

 いくら何でも安すぎる。

(※2064年現在、インフレ率は2022年比で+48%)


 山積みにされた赤い野菜を前に、


「そもそもトマトなのか?」


 という根本的な疑問が湧き上がるほど。


「せっかくなのでまとめて買いましょう!」


 命の目つきは、獲物を狙う野生動物のそれ。

 山の中から質の良いトマトを抜き出しては、カゴに放り込む。


「こんなに買って大丈夫か?」

「トマトソースにして冷凍するのです。安い時にまとめて買えば食費が浮きます」


 えっへん、と胸を張る少女。


「なるほど……」


 若干、15歳にしてこの家事スキル。

 我が妹ながら恐ろしい。


 1つ、また1つ。

 命がカゴにトマトを入れる。

 その度に自動で会計され、携帯端末の残高が減る。


 トマトがカゴに入る。

 88円、残高が減る。


 繰り返されるそんな様子を眺めていると、


「あ」


 気が付いてしまう。

 買う、ということの本質に。

 買うとはつまり、金銭を対価に他者の人生を所有することだ。


 農家は、人生の一部(・・・・・)を消費してこのトマトを造った。

 そして、俺はその成果を88円で買った。

 つまり、「トマトを1つ育てる」分だけの、誰かの人生を所有・・したのだ。


「トマトを88円で買う」


 この行為は、


「88円でトマトを造らせた」


 という見方もできる。


「金とは何か?」


 そんな問いに、俺はこう答えるだろう。


「人生の結晶だ」


 と。


「これは、参ったな――」


 思わず、手で口元を覆う。


 昨日のPKerを思い出す。

 彼を倒して手に入れた180万円。


 それだけの金額を手に入れるため、

 ある者は扇風機を組み立てるのかもしれないし、

 肌着を縫うのかもしれないし、

 トマトを育てるのかもしれない。


 とにかく、いくらかの人生を消費するのだろう。

 そうして手に入る180万円。


「兄さん?」


 心配そうに顔を覗き込む命。

 しかし、


「いや。家の鍵、閉めたか気になって」


 という嘘。


「ちゃんと閉めましたよ。あわてんぼうなお兄様ですねぇ」


 そう言って笑う命。


 このトゲが刺さったような罪悪感。

 彼女が知る必要はない。


 遠く、セミの声が聞こえた。

 買い物カゴに納められたトマト。


 金とは人生の結晶だ。


 俺は180万円を奪った。

 180万円分だけ、他人の人生を奪ったのだ。


 今になって、その行為の本質を理解する。


 あ。俺、人間を殺したのか……。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:1,900,024(日本円)


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