あ。俺、人間を殺したのか......。――EP.3
[Did I kill a human......?――EP.3]
「ツヅリぃ!? てめえ、なにしてんだよおおおおおおおおおおおおっ!」
吐き出した悲鳴が上方へ流れる。
いや。
俺が落ちているのだ。
ツヅリがこの先に在ると言う人混みに目掛けて。
あ。
やばい。
そう。
この世界はリアル。
だから、死ぬ。
高所から落下すれば、当然のように。
「宣言っ!」
脳裏を死がよぎった瞬間。
身体が動いた。
「:関数 早業」
この手に出現する幅広の長剣。
膝を一杯に折り畳み、足裏を刃に乗せる。
即席の足場。
蹴り飛ばす。
若干、緩まる落下の速度。
しかし、迫る地面はすぐそこに。
「宣言:関数 早業ッ!」
繰り返す。
追加で呼び出した剣を足場に。
蹴り飛ばして落下の勢いを殺した、と思った時には足の裏が地面に着いた。
刹那、身体を真横に倒す。
勢いに弄ばれ、ぐるん、ぐるん、と地面を転がる。
壁面に衝突してようやく止まった。
「ひゅぅー」
聞こえたのはからかうような口笛。
「流石。エンじゃなかったら死んでたよ」
「ざけんな。俺だってギリギリだよ……」
「うん。約束をすっぽかしたのは、これで許してあげるよ」
「……悪かったよ」
「シスコンもほどほどにね」
「だからシスコンじゃない」
「良いけどさ。それより、これで連中《PKer》は撒けたかな?」
ツヅリが差し出す手。
その柔い手のひらを握りながら起き上がる。
「多分な……」
「さあ、人混みに紛れようか」
「人混みって言ってもこの洞窟だろ?」
しかし、その時、確かに聞こえた。
風や水の音ではない。
不規則で、無秩序な音の重なり。
喧噪。
人混みの創り出す音。
「こんな地下でどうして?」
油の燃える匂い。
目線を上げれば、洞窟の奥からぼんやりと光が見えた。
「ゲーテの大迷宮の前哨基地。ニュー・ニシオギクボはすぐそこだよ」
◆
街と呼んでも差し支えない。
そんな空間が地下の巨大な空洞に広がっていた。
そこかしこに吊るされた無骨な鉄製の角灯。
投げかける光は柔らかい。
揺らめく炎の灯り。
油臭さの原因はこれか。
そんな光に照らされて、露店から2階建ての商店まで。
大小無数の店が軒を連ねる目抜き通り。
人だかりのできた一角は酒場だろうか。
道端の小さな卓で、肩を寄せ合うように酒を飲むプレイヤの集団。
小声で何の算段を付けているのか。
干からびた草のような物体を商う露店。
天秤で金貨を測る両替商。
巨大な肉塊を炭火で炙る屋台。
「これは、ちょっと、悪くねぇな……」
冒険者の街。
そんな言葉がしっくりくる。
もちろん、遊びじゃない。
【計画】には生活が懸かっている。
しかし、全ての感情を殺しているわけでもない。
やはり、ときめくモノは仕方ない。
「キミもなかなか浪漫が分かってるじゃないか……」
ツヅリが言った。
浪漫、という単語の選択が少しだけ嬉しい。
「まあな。お前もなかなか、って、おい。それなんだよ?」
ツヅリの片手には、彼女の顔よりも大きなジョッキ。
くいっ、と中身をあおれば白い泡のひげが生える。
「ぷはーっ」
息を吐きながら口元を拭う。
「地下ビールだけど?」
彼女が答えた。
息に混じるアルコールの香り。
「それって本当に酔えるやつじゃねえの?」
「あたり前じゃん。お酒なんだから」
しれっと言ってのけるツヅリ。
余談だが、【計画】の酒は本当に酔うことができた。
酔っぱらいの脳波に似た電気信号を、BMIを介してプレイヤの脳に送り込む。
結果、プレイヤは
「はぁ~。染みるっ!」
と言った具合に「酔える」のである。
今のツヅリのように。
「もしかしなくても電子ドラックじゃねえの?」
当然、違法。
しかし、存在自体が違法の【計画】ではあたり前のように流通している。
「電子ドラックかぁ。そういう言い方もできるよねー」
「普通はそう呼ぶんだよね」
「エンも飲む?」
ぐい、と突き出されたジョッキ。
「……遠慮しとくよ」
「あ! ひょっとして照れてる? 美少女との間接キスだから?」
「違う」
だってそれ違法ドラックじゃん。
照れるとか、そういう話ではない。
「冒険者の街だよ? お酒の一気飲みくらいはして、気分を上げてかないとさぁ。楽しまないと?」
「浪漫に理解が有りすぎんだろ……」
「まぁねー」
さらり、と髪を掻き揚げる真似をする。
腹立たしい、その仕草。
そして、そのままスタスタと酒場へと向かう。
「待て待て待て」
「ん?」
不思議そうな顔をするツヅリ。
その表情が不思議。
「酒場でダラダラするつもりなら俺は帰るぞ? こっちは稼がないとまずいんだ」
「PKerがうろついてるのに?」
「う……」
言葉に詰まる。
「正直、8人もPKerがうろついてるのは不自然だよね」
「PKerじゃない可能性は?」
「じゃあ、ストーカーだ。足音を殺してこっちを遠巻きに監視してるんだからね」
「どっちも嫌すぎんだろ」
殺人者か、変態か。
「そう。だから情報収集」
かろん、ころん。
ドアベルを鳴らしてツヅリは店内に踏み込む。
「情報収集なら……」
仕方なく後を追う。
扉を潜ると人混みができていた。
その端にツヅリを見つける。
「あれ、見て」
ツヅリが言った。
彼女の視線は、2階席の手摺に向いていた。
そこには巨大な横断幕が掲げられている。
「PKer討伐決行。参加者募集」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:91,001(日本円)




