あ。俺、人間を殺したのか......。――EP.2
[Did I kill a human......?――EP.2]
「尾行されてる」
「え?」
「敵。動的対象《MOB》じゃない。……たぶん、プレイヤ」
ツヅリがそんなことを言った。
「いつから?」
「一昨日から」
「何人?」
「8人」
「ヤバイだろ」
「ヤバいよ。人間はヤバい」
限りなく精緻とは言え、本能にしたがって行動する動的対象。
一方、人間は考える。
臨機応変に最適な行動を探す。
さらに学習までする。
一度の戦闘中においてすら、彼らの行動は洗練されていく。
2064年現在、完全な人工知能は未だに再現されていない。
結局のところ人間が一番怖いのだ。
「目的は何だと思う?」
俺が問う。
「仲良くしようって感じではないよね。足音とか殺してるし」
ばれてるけど、とツヅリは笑う。
「何で分かるんだよ?」
「ボクだから」
「さいですか……」
とにかく、追跡者は危険だという認識で一致する。
「目的は金、じゃないだろうな……」
「金じゃないでしょ。儲からないし」
プレイヤは数十万~数億円の資金を持っている。
確かに、倒せばその金額を自分のモノにできる。
しかし、PKによって、成り上がったプレイヤは聞いたことがない。
理由は3つ。
1つめは「PKerは許さない」という共通認識。
そこそこ儲けたPKerは、一線級のプレイヤに寄って集って袋叩きにされる。
強力なMOBより、中途半端な強さのPKerはむしろ良いカモだ。
2つ目は、ギルド:円卓騎士の存在。
【計画】日本サーバにおける最大規模のプレイヤの集団だ。
トッププレイヤも多く参加している。
ここがロールプレイとして「正義の味方」を営んでいる。
自ら進んでPKerを殺しつつ、懸賞金まで出してたりする。
そして何よりも、3つ目。
プレイヤは普通に強いのだ。
人間の脳以上に精巧な知能は今のところ存在しない。
つまり、動的対象《MOB》よりも強力なのだ。
返り討ちに遭う可能性も高い。
結論、PKは儲からない。
他のプレイヤを殺して僅かばかりの金銭を得たとして、カモられて失うのがオチ。
「だけど、なんで殺すんだろうね?」
ツヅリが呟く。
「人が山に登るのは、そこに山が有るかららしいな」
つまり、殺人という行為を純粋に楽しむため。
この世界は、現実と区別がつかないほどに精彩。
あらゆる行為は現実と同じ感覚。
当然、あらゆる行為には殺人も含まれる。
しかし、法律では裁かれない。
所詮はゲームだから。
罰せられることなく、リアルな殺人を経験ができる。
PKerはその経験を愉しむのだ。
「人を殺すのは、そこに人がいるから。ヤバいやつじゃん!」
「まともなわけねえだろ……」
ゲームの中とはいえ、殺人を愉しもうとする人間が。
「そいつらの性癖とかはどうでも良い。問題はこれからどうするかだ」
そろそろツヅリから逃げようかと考えていた矢先だ。
しかし、PKerに追われている現状。
彼女から離れることは賢明でない。
「簡単だよね。倒すか、逃げるか」
「俺は断固、逃げるを推すからな」
「うん。ボクも賛成」
「え?」
意外にもツヅリも「逃げる」を選ぶ。
「どうしたの?」
「いや、別に……」
なんと言うか、ツヅリはもっとトリガーハッピィな人間だと思っていた。
「敵? 燃やそうか!」
みたいな。
「ボクにも【計画】があるからさぁ。あんまり目立ちたくないんだよね」
「あ、そういう……」
そうだった。
そういえばこの少女。
そこらのPKerよりも性質が悪いんだった。
なんでも10億ドル(1800億円。※2064年現在のレートで)稼ぐつもりらしい。
「逃げるにしても、どう逃げようか?」
ツヅリは困ったように言う。
しかし、本気ではない。
その気になれば相手を消せるから。
「そもそも、PKerはどうしてボクたち殺しに来ないんだろうね。ボクたちが強そうだから警戒してるのかな?」
「いや。それは無いだろ。強くて警戒するくらいなら、最初から殺そうとしない」
「それもそうかぁ」
「2人しかいないパーティだからな。その辺りも理由だろう」
「うわぁ……」
ツヅリは明らかに嫌悪感を見せる。
気持ちは分かる。
少数を囲んで、嬲り殺しにしようとしているのだ。
そして、それを愉しもうとしている。
「世の中にはヤバイ連中もいるってことだな」
「それもそうなんだけどね。ボク、殺人者の気持ちが簡単に分かるエンにも若干引いてるよ!」
「おい」
なんて失礼な。
「共感じゃねえよ。相手の立場に立つってのは推察だ。理詰めで十分なんだよ」
「そうだった。変態は変態でも、キミはシスコンの方だった」
「変態じゃねえし、シスコンでもねえよ」
「まあ、どうでも良いけど」
「どうでも良くはないぞ。はっきりさせろ。俺は変態でもシスコンでもない」
「そうだね。で、アブノーマル・エン」
「おい!」
なんという二つ名。
「……でも、それなら話が早いや。人混みに逃げよう」
「人混みってこんな迷宮の中だろ? どこに在るんだよ?」
「在るよ。下に」
彼女が指さす。
しかし、そこにあるのは地面だけ。
「は?」
「宣言:関数――」
おもむろに関数を宣言するツヅリ。
「あ、おい! 待て! 何するつもりだ!?」
「――地割れ」
轟音。
同時に地面が割れる。
ぽっかりと空いた巨大な亀裂。
1秒前まで足の裏で踏みしめていた地面が、そこに無い。
「あれ?」
1歩、踏み出す。
やはり、地面は無い。
「え? なんで? どうして!?」
他人から見たら相当な間抜けだろう。
何もない空中で歩こうとしているのだから。
しかし、そんな浮遊感も束の間。
重力は何人たりとも逃さない。
「ツヅリぃ!? てめえ、なにしてんだよおおおおおおおおおおおおっ!」
吐き出した悲鳴が上方へ流れる。
いや。
俺が落ちているのだ。
ツヅリがこの先に在ると言う人混みに目掛けて。
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総資産:91,171(日本円)




