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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
楽園の計画[the_project_of_EDEN]
20/204

あ。俺、人間を殺したのか......。――EP.1

[Did I kill a human......?――EP.1]

 ツヅリはイタズラを企む子どものような顔をしていた。

 それは無邪気な興奮。


「――キミが間違いなく、最強になること」





 現実世界に戻ってきた。

 目を開ける。

 すると、めいの顔がほころんだ。


「おかえりなさい」


 見上げる妹の顔。

 近頃、毎日のように彼女の膝枕で目が覚める。


「ご飯にしましょうか? それともお風呂にします?」


 両手を合わせながら弾んだ声で問う。

 そんな様子を見ると改めて思うのだ。

 危ない橋は渡れない。

 だから、ツヅリの相棒になんて絶対になれない。

 

「……兄さん?」

「あ、悪い。ご飯で」

「はい。すぐに用意しますね」

 

 ぱたぱたと小走りで台所に向かう。

 緩い三つ編みを揺らしながら。

 そんな命の後姿を眺めながら呟く。


「そろそろ逃げようか……」


 ツヅリから。


 彼女のおかげで強くなれた。

 しかし、ここら辺が潮時だろう。


「兄さん。また難しい顔をしているのです」


 サバの味噌煮を食卓に並べながら、命が俺の顔を伺う。


「そんな顔、してた?」

「してましたよ! 最近ずっとなのです」

「そうかな?」


 しかし、心当たりは有った。

 今週は色々と在ったから。

 主にツヅリのことだけど。


「無理、してないですか?」

「してないよ」


 俺が答える。

 命が、ぐいっ、と顔を近づける。

 すがめた目で俺を見る。


「……命さん?」

「んー、嘘は吐いてないみたいなのですね。まあ、良いでしょう」

「分かるの?」

「分からないとでも思ったのですか?」

「……マジ?」

「まじ、です。あまり意味は無いのですけれどね」

「嘘が分かるなら、意味、有りまくりでは?」


 命はため息を吐く。


「兄さんは無理を無理だと思わないところがあるので……。それだと嘘にはならないですから……」

「流石に無理は無理だと思うぞ」

「そうだと良いのですけどねぇ……。明日くらい、少しはゆっくりするのですよね?」

「明日?」

「兄さん! 明日は土曜日ですよ!」

「あ、そうか」

「曜日感覚まで無くなってるじゃないですか! 兄さん。明日はお休みですよ? 意地でも休ませます! 私からのお願い(・・・)です!」


 妹にお願い(・・・)をされて、断れる兄がいるのだろうか。


「……分かったよ」

「【計画ザ・プロジェクツ】にログインは?」

「しません」

「勉強は?」

「しません」

「家事は?」

「まあ、ほどほどに……」

「んー、良いでしょう」

「あ」


 明日も【計画】にログインする。

 ツヅリとそう約束していた。


「兄さん?」

「いや。何でも無いよ」


 ためらいは一瞬。


「妹にお願いされた」


 と言えばツヅリも納得するだろう。

 

「妹にお願いされたんだ? それなら仕方ないね。たとえ人類が滅ぶとしても、そのお願いを最優先するべきだよ!」


 脳裏にツヅリがそう答える様子を思い浮かべる。



「――ふーん。それで?」


 ツヅリの声。

 その温度は初めて聞く冷たさ。


 ここはゲーテの大迷宮、1層と2層の境目。

 その壁面にツヅリが関数で開けた横穴だ。

 当然、入口は塞いである。


 現実世界で1秒が過ぎれば、【計画】の世界でも1秒が過ぎる。

 それはプレイヤがログアウトしていても変わらない。

 無防備な身体アバタは危険に晒され続ける。


 だから、ログアウトする時はこうして安全地帯を確保するのだ。

 そんな狭い空間でツヅリは俺をにらむ。


「昨日、どうしてキミは約束した時間にログインしなかったんだろうね?」

「だから、妹にお願いされたんだって! 明日は休んでくれって!」

「うん。それで? 言い訳ぐらいは聞いてあげるから言ってごらんよ」

「だから、妹にお願いされたんだって!」

「……もしかして、それ、言い訳のつもりだった?」

「ん? ああ」


 当然だ。

 妹にお願いされたら断れない。

 断れるはずがない。

 それは真理だ。

 しかし、ツヅリは顎をそらして俺を見る。

 射貫くような視線。


「とりあえず座ろうか。宣言:関数デクラレーション・ファンクション  重力グラビティ


 瞬間、身体が重くなる。

 下方向に引きずられギシギシときしむ関節。

 立っていられない。

 地面に膝を着く。


「お、お前っ、そんな高等関数を――」

「分かる? ボクは怒ってるんだよ。引数アーギュメント:6倍」

「うおっ!?」


 さらに重くなる身体。

 両手も地面に着く。

 ひれ伏すような格好だ。


「エン。キミってシスコンなんだね?」

「そんなわけねぇだろ!」

「え?」

「うちはごくごく普通の兄妹だよ」

「あ、そう……」


 押し黙るツヅリ。


「まあ、キミの性癖はどうでも良いとして」

「性癖ってなんだよ!?」

「うるさいな。引数:10倍」

「ぬおっ?」


 見えない巨人の手に押し付けられるように、全身が地面に張り付く。

 ツヅリはそんな俺の傍にしゃがみ込むと、ささやいた。


「尾行されてる」

「え?」

「敵。動的対象《MOB》、じゃない。……たぶん、プレイヤ」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:99,882(日本円)


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