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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
189/204

よわくてニューゲーム!!――EP.8

[New Game with Little Money!!――EP.8]



 しかし、それでドラゴンに勝てるのか?

 

 そもそも、アイツはチュートリアルをクリアしている。

 つまり、12倍の能力値をもつザ・シャドウという敵に勝っているのだ。

 単純に能力値を上げただけでは勝てないと言うことだ。


 あの驚異的な反射速度。

 こちらの攻撃はことごとく防がれる。

 

 しかし、相手の攻撃はほとんど防げなかった。

 先読みを使っているにも関わらずだ。


「1回、あの人のところに行くか……」




 こよみは9月に入った。

 夏休みもようやく折り返し地点。

 まだ1ヶ月は夏真っ盛りだろう。

 

 かつては9月と言えば晩夏ばんか、もしくは秋に分類されたらしい。

 しかし、2064年現在、9月は間違いなく夏に分類される。

 地球温暖化の影響だ。


 そんな酷暑の中、俺は自転車をいでいた。

 ひたいの汗。

 ペダルを踏む。

 上り坂の頂上に、架かる巨大な入道雲。


「暑いなぁ……」


 つづりは気だるそうに言った。

 俺がぐ自転車の荷台で。


「暑いなら家で待ってれば良かったのに……」

「えー。えんとお出かけしたいじゃん」

「お出かけって言っても、学校だぞ?」

「最高だよ。夏休みの学校。青春っぽいし」


 そんなことを言って笑う綴。

 一瞬、肩越しに後ろをちらりと見る。

 目が合うと彼女ははにかんだ。

 今日も、制服風の恰好をしていた。

 人類史上最大の犯罪者と言われる【計画ザ・プロジェクツ】の設計者。

 その娘が彼女だ。

 当然、普通に高校なんて通えない。


「時々、学校について来るくらいだったら良いけどさ……」

「遠、優しいなぁー」

「そんなことないだろ」

「優しいよ。あ、ボク、今度は夜の学校に行ってみたいよ」


 そんなことを話しているうちに、学校に到着する。

 大学部の外れ。

 ほとんど廃墟のようなその建物はあった。

 二階堂ゆず葉研究室だ。


「先生。いるんだろ?」


 通用口の扉を叩く。

 しかし、反応が無い。


「……留守るすかな?」


 綴が問う。


「あの先生が外になんか出るはずないだろ」

「え?」

「引きこもりなんだよ」


 周囲の茂みを探す。

 すると、プラスチックのカードが見つかる。

 それを扉にかざせば、鍵が開いた。


「え、セキュリティどうなうなってるの……」


 ツヅリが引いていた。


「こんな廃墟に入る泥棒もいないだろうからな」


 ガレージに上がりこむ。

 薄暗い部屋。

 散乱した機械類。

 ゴミやダンボールの山。

 絡まりあうケーブル類の密林だ。

 電源の入ったモニタが幾つも並んでいた。

 その青白い光だけが光源だった。

 

「相変わらずだな……」


 周囲を見渡すと、書類の山に埋もれた先生を発見。

 発掘する。


「先生。遊びに来たぞ」


 助言者メンタシステム。

 一ノ木坂(いちのきざか)高校の特色だ。

 生徒一人一人に助言者が付く。

 言ってみれば、手厚い担任システムだ。


 そして、俺の助言者がここで寝転がっている二階堂ゆず葉だった。

 余計な干渉をしてこないので重宝ちょうほうしている。

 

「……ん? んぁあ?」


 半分だけ目を開けて、そんなことを言う。


「んあー。……やあ、遠君。……よく来たね」


 目を擦りながら起き上がるゆず葉。

 墓場から這い出したゾンビを彷彿ほうふつとさせる。


 ぼさぼさの髪と、いつから着ているのか分からない白衣。

 目の下の濃いクマは歌舞伎役者もかくやと言った具合だ。


 すらりとした長身は見栄えがするし、目鼻立ちは整っている。

 しかし、いかんせん身だしなみに興味が無かった。


「あー、遠君。酒かタバコは持っているかい? 朝食がまだでね……」

「どこから突っ込めば良いの?」


 隣の綴に問う。

 しかし、彼女も首を傾げた。


「未成年だから酒もタバコも持ってないよ。あと、酒とタバコは朝食としてはどうかと思うぞ……」

「全く、使えないな……」

「あんた、仮にも教師だろ」


 いまさら過ぎるけど。


「仕方ない。それならコーヒィでも淹れてくれたまえ」

「あいよ」


 散乱した機械類の中からコーヒィメーカを発見。

 その近くにコーヒィ豆もあった。

 間もなく、湯気の立つコーヒィができあがる。

 ビーカに入ったそれに口を付けつつ、ゆず葉は言った。


「……それで、今日は何があったのかな?」


 俺の隣にいた綴にも気付いたらしい。

 にやりと笑いかける。


「【計画】の攻略に行き詰ってる」

「ほう……? この前の強敵(ムムムト)は倒したと聞いていたけれどね……」

「ああ。そいつは倒したよ」


 現在の状況をかいつまんで説明する。


 ムムムトを倒したこと。

 それからの攻略はしばらく順調だったこと。

 その後、ドラゴンと名乗るプレイヤが現れたこと。

 そして、彼に成す術もなく破れたこと。


「それは相当な強敵のようだね」

「ああ」


 圧倒的な反射速度で、こちらの攻撃は全く通じない。

 一方、相手の攻撃はまるで防げない。


みょうだね……。君、先読みなんて言う、けったいな技を覚えたんじゃなかったのかい?」


 先読み。

 それは敵の行動を極めて高い精度で予測する技術だ。

 遅延ラグが酷い安物の|ブレイン・マシン・インターフェース《BMI》を使い続けていたことでいつのまにか習得していた。


「そうなんだけど……先読みが通じないんだ」

「通じない?」

「通じないってのは正確じゃないな……。なんて言うか、予測自体はできるんだよね。だけど、予測した直後に攻撃が飛んでくるからかわす時間が無い……」


 ゆず葉は首をひねる。


「ふーむ。情報が少ないね……。何か手掛かりはあるかな?」

「そいつの本名が分かる」

「どうやって調べたんだ?」

「そいつが自分で名乗った」


 くつくつ、とゆず葉は笑い始める。


「なかなか面白そうな奴じゃないか」

「変な奴だったよ」

「それで、名前は?」

「名字はリンドウ。名前がリュウノスケ」

「漢字は?」

「分からない。口頭こうとうで聞いただけだから」

「ちょっと調べてみようかね」


 ゆず葉がPCの画面に向き合う。

 しかし、ほんの数分後、ゆず葉は言う。


「あ、コイツだね。多分」

「え? もう分かったのか?」

「ああ。なかなかに有名人らしいよ」


 PCのモニタを覗き込む。


「先生。このサイトって……?」

「ああ。日本剣道協会のサイトだね」


 そこは数年前に行われた剣道全国大会の情報が表示されていた。

 15歳以下の部門の優勝者の名前に、林堂龍之介りんどうりゅうのすけの文字があった。


「こいつか……?」


 可能性は高い。

 ゲーム内のリュウノスケも刀を使っていた。

 そして、その構えは堂に入っていた。

 武術の経験者なら納得だ。


「どれ。もう少し調べてみようようかね」


 ブログやSNSを検索するゆず葉。

 そこには龍之介が優勝した剣道大会の様子が掲載されていた。

 そこに、龍之介と思わしき人間が写り込んでいた。


「あ、こいつかもしれない……」


 微かに、ゲームの分身アバタにも面影おもかげがある。 


「って言うか、コイツ、12歳で優勝してるのかよ……」


 15歳以下ということは中学生も出場するということだ。

 この時期の子どもの成長は速い。

 小学生と中学生では体格がまるで違う。

 そんな不利をくつがえしての優勝。

 それも、全国大会で。


「間違いなく天才の部類だろうねねぇ」


 ゆず葉は言う。


「こいつだって努力したんだろ?」

「遠君。努力できるのだって才能だよ」

「まあ、そうかもな……」


 中には努力を努力と思わない人間もいる。


「コイツは気に食わないけどな……」


 コイツは恐らく、食うや食わずで困ったことはないのだろう。

 少なくとも、幼少期から剣道に打ち込めるだけの経済状況だったのだ。

 そんな奴が、俺から金を奪ったのだ。

 もちろん、彼が悪いわけではない。

 倒した相手の金を奪える。

 【計画】はそういうゲームだ。

 しかし、気に食わない。


「なあ、先生」

「何だろう?」

「コイツが【計画】の中でも強かったのは、剣道の経験があったからなのか?」

「その可能性は高そうだね」

「なるほど」


 確かにあり得る話だ。

 数年前、引退した格闘家がわずか2年ほどでVR格闘ゲームのプロに転身したなんてニュースがあった。

 リアルの能力は仮想現実にも反映されるのだ。

 龍之介もそのタイプだ。


「だけど、参ったな……」

「どうしたんだい?」

「原因は分かったけど、対処法が無い」






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総資産:-69,395,814(日本円)

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