よわくてニューゲーム!!――EP.8
[New Game with Little Money!!――EP.8]
しかし、それでドラゴンに勝てるのか?
そもそも、アイツはチュートリアルをクリアしている。
つまり、12倍の能力値をもつ影という敵に勝っているのだ。
単純に能力値を上げただけでは勝てないと言うことだ。
あの驚異的な反射速度。
こちらの攻撃は悉く防がれる。
しかし、相手の攻撃はほとんど防げなかった。
先読みを使っているにも関わらずだ。
「1回、あの人のところに行くか……」
◆
暦は9月に入った。
夏休みもようやく折り返し地点。
まだ1ヶ月は夏真っ盛りだろう。
かつては9月と言えば晩夏、もしくは秋に分類されたらしい。
しかし、2064年現在、9月は間違いなく夏に分類される。
地球温暖化の影響だ。
そんな酷暑の中、俺は自転車を漕いでいた。
額の汗。
ペダルを踏む。
上り坂の頂上に、架かる巨大な入道雲。
「暑いなぁ……」
綴は気だるそうに言った。
俺が漕ぐ自転車の荷台で。
「暑いなら家で待ってれば良かったのに……」
「えー。遠とお出かけしたいじゃん」
「お出かけって言っても、学校だぞ?」
「最高だよ。夏休みの学校。青春っぽいし」
そんなことを言って笑う綴。
一瞬、肩越しに後ろをちらりと見る。
目が合うと彼女ははにかんだ。
今日も、制服風の恰好をしていた。
人類史上最大の犯罪者と言われる【計画】の設計者。
その娘が彼女だ。
当然、普通に高校なんて通えない。
「時々、学校について来るくらいだったら良いけどさ……」
「遠、優しいなぁー」
「そんなことないだろ」
「優しいよ。あ、ボク、今度は夜の学校に行ってみたいよ」
そんなことを話しているうちに、学校に到着する。
大学部の外れ。
ほとんど廃墟のようなその建物はあった。
二階堂ゆず葉研究室だ。
「先生。いるんだろ?」
通用口の扉を叩く。
しかし、反応が無い。
「……留守かな?」
綴が問う。
「あの先生が外になんか出るはずないだろ」
「え?」
「引きこもりなんだよ」
周囲の茂みを探す。
すると、プラスチックのカードが見つかる。
それを扉にかざせば、鍵が開いた。
「え、セキュリティどうなうなってるの……」
ツヅリが引いていた。
「こんな廃墟に入る泥棒もいないだろうからな」
ガレージに上がりこむ。
薄暗い部屋。
散乱した機械類。
ゴミやダンボールの山。
絡まりあうケーブル類の密林だ。
電源の入ったモニタが幾つも並んでいた。
その青白い光だけが光源だった。
「相変わらずだな……」
周囲を見渡すと、書類の山に埋もれた先生を発見。
発掘する。
「先生。遊びに来たぞ」
助言者システム。
一ノ木坂高校の特色だ。
生徒一人一人に助言者が付く。
言ってみれば、手厚い担任システムだ。
そして、俺の助言者がここで寝転がっている二階堂ゆず葉だった。
余計な干渉をしてこないので重宝している。
「……ん? んぁあ?」
半分だけ目を開けて、そんなことを言う。
「んあー。……やあ、遠君。……よく来たね」
目を擦りながら起き上がるゆず葉。
墓場から這い出したゾンビを彷彿とさせる。
ぼさぼさの髪と、いつから着ているのか分からない白衣。
目の下の濃いクマは歌舞伎役者もかくやと言った具合だ。
すらりとした長身は見栄えがするし、目鼻立ちは整っている。
しかし、いかんせん身だしなみに興味が無かった。
「あー、遠君。酒かタバコは持っているかい? 朝食がまだでね……」
「どこから突っ込めば良いの?」
隣の綴に問う。
しかし、彼女も首を傾げた。
「未成年だから酒もタバコも持ってないよ。あと、酒とタバコは朝食としてはどうかと思うぞ……」
「全く、使えないな……」
「あんた、仮にも教師だろ」
いまさら過ぎるけど。
「仕方ない。それならコーヒィでも淹れてくれたまえ」
「あいよ」
散乱した機械類の中からコーヒィメーカを発見。
その近くにコーヒィ豆もあった。
間もなく、湯気の立つコーヒィができあがる。
ビーカに入ったそれに口を付けつつ、ゆず葉は言った。
「……それで、今日は何があったのかな?」
俺の隣にいた綴にも気付いたらしい。
にやりと笑いかける。
「【計画】の攻略に行き詰ってる」
「ほう……? この前の強敵は倒したと聞いていたけれどね……」
「ああ。そいつは倒したよ」
現在の状況をかいつまんで説明する。
ムムムトを倒したこと。
それからの攻略はしばらく順調だったこと。
その後、ドラゴンと名乗るプレイヤが現れたこと。
そして、彼に成す術もなく破れたこと。
「それは相当な強敵のようだね」
「ああ」
圧倒的な反射速度で、こちらの攻撃は全く通じない。
一方、相手の攻撃はまるで防げない。
「妙だね……。君、先読みなんて言う、けったいな技を覚えたんじゃなかったのかい?」
先読み。
それは敵の行動を極めて高い精度で予測する技術だ。
遅延が酷い安物の|ブレイン・マシン・インターフェース《BMI》を使い続けていたことでいつのまにか習得していた。
「そうなんだけど……先読みが通じないんだ」
「通じない?」
「通じないってのは正確じゃないな……。なんて言うか、予測自体はできるんだよね。だけど、予測した直後に攻撃が飛んでくるから躱す時間が無い……」
ゆず葉は首を捻る。
「ふーむ。情報が少ないね……。何か手掛かりはあるかな?」
「そいつの本名が分かる」
「どうやって調べたんだ?」
「そいつが自分で名乗った」
くつくつ、とゆず葉は笑い始める。
「なかなか面白そうな奴じゃないか」
「変な奴だったよ」
「それで、名前は?」
「名字はリンドウ。名前がリュウノスケ」
「漢字は?」
「分からない。口頭で聞いただけだから」
「ちょっと調べてみようかね」
ゆず葉がPCの画面に向き合う。
しかし、ほんの数分後、ゆず葉は言う。
「あ、コイツだね。多分」
「え? もう分かったのか?」
「ああ。なかなかに有名人らしいよ」
PCのモニタを覗き込む。
「先生。このサイトって……?」
「ああ。日本剣道協会のサイトだね」
そこは数年前に行われた剣道全国大会の情報が表示されていた。
15歳以下の部門の優勝者の名前に、林堂龍之介の文字があった。
「こいつか……?」
可能性は高い。
ゲーム内のリュウノスケも刀を使っていた。
そして、その構えは堂に入っていた。
武術の経験者なら納得だ。
「どれ。もう少し調べてみようようかね」
ブログやSNSを検索するゆず葉。
そこには龍之介が優勝した剣道大会の様子が掲載されていた。
そこに、龍之介と思わしき人間が写り込んでいた。
「あ、こいつかもしれない……」
微かに、ゲームの分身にも面影がある。
「って言うか、コイツ、12歳で優勝してるのかよ……」
15歳以下ということは中学生も出場するということだ。
この時期の子どもの成長は速い。
小学生と中学生では体格がまるで違う。
そんな不利を覆しての優勝。
それも、全国大会で。
「間違いなく天才の部類だろうねねぇ」
ゆず葉は言う。
「こいつだって努力したんだろ?」
「遠君。努力できるのだって才能だよ」
「まあ、そうかもな……」
中には努力を努力と思わない人間もいる。
「コイツは気に食わないけどな……」
コイツは恐らく、食うや食わずで困ったことはないのだろう。
少なくとも、幼少期から剣道に打ち込めるだけの経済状況だったのだ。
そんな奴が、俺から金を奪ったのだ。
もちろん、彼が悪いわけではない。
倒した相手の金を奪える。
【計画】はそういうゲームだ。
しかし、気に食わない。
「なあ、先生」
「何だろう?」
「コイツが【計画】の中でも強かったのは、剣道の経験があったからなのか?」
「その可能性は高そうだね」
「なるほど」
確かにあり得る話だ。
数年前、引退した格闘家がわずか2年ほどでVR格闘ゲームのプロに転身したなんてニュースがあった。
リアルの能力は仮想現実にも反映されるのだ。
龍之介もそのタイプだ。
「だけど、参ったな……」
「どうしたんだい?」
「原因は分かったけど、対処法が無い」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:-69,395,814(日本円)




