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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
182/204

よわくてニューゲーム!!――EP.1

[New Game with Little Money!!――EP.1]



「……綴」

「んー?」

「もう1回、【計画】を攻略するよ。さいしょから」

「うん」

「待っててくれ。すぐに追いつくから」



 

「めええええええええいっ!!」

「ちょ、ちょっと兄さん……。人目がありますから……」

めいが立って、歩いて、喋ってる!!」

「それはもちろん、立って、歩いて、喋りますよ……。人間ですから……」


 あくる日、命は無事に最終検査を終えた。

 異常も見られない。

 術後の経過も良好らしい。

 しばらくは通院の必要はあるが、ひとまずいのちの危険は去った。

 無事に退院できることが決まった。


 白い病人服ではなく、中学校の夏服を着ている。

 灰色のプリーツスカートと、白いブラウスだ。

 赤いリボンのアクセントだ。

 服が無いので、だいたいこの格好だ。

 世界一可愛い制服姿だが、兄として不甲斐ふがいない。

 服も満足に買ってやれないのだ。

 そんなことを口に出したら、きっと命には怒られるだろうけれ。


「お世話になりました。今まで、ありがとうございます」


 命は深々と頭を下げる。

 胸元には祝福の花束。

 医師や看護師に見送られて、病院を後にする。

 エントランス。

 前面ガラスの自動ドアが開く。

 1歩踏み出す。

 こうして彼女が病院の外に出るのは1ヶ月ぶりか。

 外に出るなり、

 

「あ、暑いのです……」


 命は苦笑しながら言った。

 

 突き抜けるように青い空。

 天まで届く入道雲。

 響くセミの声。

 8月末。

 まだまだ夏真っ盛りだ。

 あと1か月以上、夏は続くだろう。


「やあ。タクシー、呼んでおいたよ」


 ふと、横から声をかけられる。

 見れば、エントランスそばのベンチに腰掛けた綴がいた。


「悪いな。いくらだよ?」

「このくらいはボクが払うよ」

「良いのか?」

「くふっ。貧乏なキミからお金を取ろうなんて思わないよ」

「じゃあ家賃も負けてくれよ」

「やだねー」

「あ、あの……」


 その時、躊躇ためらいがちに命が声を出す。


「兄さん。そちらの方は?」


 何と説明しようか。

 迷っていると、綴は名乗なのる。


「そう言えば、初めましてだね。ボクは葛ノ葉綴(くずのはつづり)


 綴が微笑ほほえみかける。


 あ、出たよ。

 俺は内心で呟く。


 実は綴、自分の笑顔を研究(・・)しているのだ。

 時折、鏡に向かって微笑みかけている。

 最も美しく見える角度や表情を研究しているらしい。

 そんな恐ろしい現場に遭遇そうぐうした俺は、反射的に訊いてしまった。


「な、何してんだよ……?」

「ボクは美人だからね。生まれ持った武器は活かさないと」


 いけしゃあしゃあとそんなことを言っていた。


 そして、研究の成果がこの微笑みだ。

 それは美しい。

 同性の命が思わず見惚みとれるほどに。


「……は、初めまして!東雲命(しののめめい)です!」


 綴の笑顔に気を取られて、返事が遅れたらしい。

 丁寧ていねいに頭を下げる命。


「良い子そうだねぇ。話に聞いていた通りだよ」


 綴はそう言って目を細める。


「あ、あの、不躾ぶしつけな質問で恐縮なのですが、兄さんとはどのような……?」

「うん。命ちゃんのお兄さんとは、まあ、深い仲(・・・)、かな……?」


 含み笑い。

 やや視線を下に逸らしながら綴は答える。


「……え?」

「おい。誤解を招くような言い方は止めろよ」

「誤解って?」

「命。この人は新しいアパートの大家だよ」

「すごい! お若いんですね!」

「あとは【計画】を一緒にプレイしてる。まあ、商売仲間みたいなもんだよ」


 俺の説明に、不満げなのは綴だった。


「その説明はちょっと傷つくかもなぁ……」

「事実だろ?」

「でも、昨日はボクにあんなことしたくせに?」

「……何の話だよ?」

「命ちゃん。キミのお兄さんはね、昨日の夜、ボクの胸に顔を埋めていたんだよ」

「お、おい!」


 綴がとんでもないことを言い出した。


「あははっ」


 しかし、命は笑う。


真面目まじめな兄さんがそんなことするわけが無いのです。ねえ、兄さん?」

「え、えっと……、あ、ああ……」


 事実、顔は埋めていた。

 綴の胸に。

 とにかく否定してしまおうか。

 しかし、それでは命に嘘を吐くことになってしまう。


「……に、兄さん?」


 俺が答えられないでいると、不安げな顔を見せる命。

 そんな様子を見て面白がっているのは綴だ。

 その時、彼女は言う。


「冗談だよ。キミのお兄さんがそんなことするわけないじゃん」


 あはは、と綴は笑う。


「で、ですよね……」


 命が胸をなでおろす。


「さあ。暑いと熱中症になっちゃうからね。どうぞ」


 綴はそう言って、タクシーに乗るように促す。

 そして、俺が命の荷物を後ろのトランクに積み込んでいる時だった。


「これなーんだ?」


 いつの間にか隣に綴がいた。

 彼女は携帯端末の画面を見せつける。


「……こ、これは!?」


 そこには1枚の画像ファイルが映し出されていた。

 それは俺の寝顔だった。


「お前、いつの間に!?」

「キミが泣きつかれて寝ちゃった時にね。寝顔、可愛かったよ」

「やってくれたな……」


 これではもう、言い逃れできないではないか。


「くふっ。ボクの扱いには気を付けた方が良いかもねぇー?」


 綴は笑った。

 悪魔のような顔で。




 無人のタクシーは、外周区のへりで止まった。

 外周区には入り込まないようにプログラムされているのだ。


「悪いな。ここから少し歩くんだけど」

「大丈夫なのです。少しくらいは身体を動かした方が良いと、お医者様にも言われているのです」


 外周区をしばらく歩くと、例のマンホールに出くわした。

 それを指差して、俺は言う。


「命。ここが新しいアパートだ」

「……え?」


 命の表情が曇る。

 当然の反応だと思う。

 しかし、すぐに笑顔に変わった。


「兄さんと一緒なら、私はどんなところでも!」


 命はほがらかに言った。


「命ちゃん、ええ子じゃん……」


 口元を抑えながら、綴が何か言っていた。


「命。言いたいことは分かるけど、心配しなくても大丈夫だから」 


 マンホールの中に潜る。

 そして、すぐに彼女は驚くことになった。


「え? ……こ、ここは!?」


 命が目を見開く。

 滑らかな大理石の壁と天上。

 床は天然材のフローリングだ。

 さらに、足を乗せれば沈み込むほど分厚い絨毯じゅうたん

 ソファやテーブルと言った調度品も明らかに一級品。

 そんな品々には縁のない外周区育ちの俺達でも分かるくらい。


「わ、私たち、確かにマンホールの中に入りましたよね……?」


 ここは不思議の国ですか、と命は問う。

 そんな可愛らしい問いかけに綴は笑いながら答えた。


「命ちゃん。ここはシェルタなんだ」

「シェルタ、ですか?」

「うん。この地上は高級ホテルなんだ」

「え? でも、外周区じゃ?」

「そうだね。正確には、高級ホテルだった(・・・)かな。その時、有事の際に宿泊客が避難するために造られたのがこのシェルタなんだよ。外周区になってホテルは潰れたけど、地下は生きてたんだ」

「な、なるほど……。それで、こんな施設が……」

「そゆこと」

「でも、こんなに良いお部屋だと、お家賃は?」

「1万円だ」


 答えたのは俺だ。


「1万円。そうだよな。綴?」


 語調ごちょうを強める。

 釣られて綴が頷いた。


「うん。そうだね」

「綴は商売仲間だから安くしてくれたんだよ。それに綺麗と言っても廃墟だからな」

「す、すごいのです!」


 命は声を上げる。


「こんなお部屋に月1万円で住めるのですね!? 夢みたいなのですっ!!」


 病み上がりにも関わらず、命は探検を始めた。

 何を見てもいちいち歓声を上げるので、見ているこっちが楽しくなる。


「良いの?」


 隣にいた綴が、命には聞こえないように小声でささやく。


「嘘は吐いてない」


 家賃1万円。

 確かに、嘘は吐いていない。

 しかし、月1万円ではなく、()1万円。


「余計な心配はかけたくないからな……」

「なんか、ボクがめちゃくちゃ悪いことしてるみたいじゃん……」

「家賃、負けてくれても良いんだぞ?」

「じゃあ結婚する? そしたら2人の財産だけど」

「嫌だよ」

「連れないなぁ」


 その時だ。

 命が大きな歓声を上げる。


「に、兄さん! お台所だいどころが!!」


 アイランドキッチンを指差しながら、命が目を輝かせる。


「兄さん。この台所、住めますよ……」

「そうだな」


 比喩ひゆではないない。

 事実、このキッチンだけで、前のボロアパートと変わらない広さだ。

 余裕で生活できる。


「す、すごいのです! 調理器具がこんなに!! これならどんなお料理でも作れるのです!!」


 そんな様子を見ながら、綴が言葉を漏らす。

 命はしばらくキッチンを見て回っていた。

 しかし、冷蔵庫を開けたとたんに動きを止める。


「兄さん」


 ふと、命に呼ばれる。

 気のせいか声の調子が冷たい。


「ど、どうした?」

「これを見てもらっても良いですか?」


 冷蔵庫を開けながら命は言う。


「……これ、なんですか?」

「あ。お寿司だね。今朝、遠が買って来たよ」


 答えたのは綴。


「兄さんっ!」


 命が頬を膨らませる。


「か、可愛い……」

「あの、聞いてますか?」

「は、はい!」

「こんな贅沢品、ダメじゃないですか」


 命は言う。


「でも、俺だってお祝いしたかったから……。駄目だったか……?」


 はぁ、と命は溜め息を吐く。


「はい。じゃあ、これで」


 命が俺の前に立つ。


「え?」

「頭、でてください」

「あ、ああ……」


 目を閉じて、頭を前に突き出す命。

 緩く結んだ三つ編みが、顔の左右で揺れている。 

 丸く形のよい頭に、俺は恐る恐る手を置く。

 滑らかな髪の、きぬのような手触り。

 

「次からはこれで良いですからね。お祝いとかは」


 恥ずかしかったらしい。

 くるり、と命は背を向ける。


「よ、良い子だぁ……」


 その時、リビングにいたはずの綴が顔を出した。

 感極かんきわまっている。


「どれ。良い子の命ちゃんには、お義姉ねえちゃんがお小遣いあげようね」


 綴が携帯端末を取り出す。


「え、あの、そう言うのはちょっと……」


 本気で引かれていた。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-69,242,699(日本円)

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