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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
179/204

新たな旅立ち。――EP.19

[The Pilgrims Begin.――EP.19]


 上がらない右手で短剣を抜く。


「宣言:関数 早業」


 しかし、関数が発動するよりも早く、短剣が手から落ちた。


「勝負は着いたよ」


 ドラゴンは言う。

 俺の左腕は無かった。

 右腕も上がらない。

 肩口から流れる血も止まらない。


「……まだだ」


 それでも右脚を振り上げた。

 蹴りのつもりだった。

 しかし、ドラゴンはそれを避けることもしなかった。

 代わりに鬱陶うっとうしそうに刀を振った。

 刃が俺の脚を撫で斬りにする。

 いくら力をめても、立っていられなくなった。

 その場にひざから崩れ落ちる。 


「今まで戦った中で、あんたが一番強かった。あんたは強い。誇って良い」

「ざけんな……。誇りなんて、1円にもならねえだろ……」

「最後に、名前を教えてくれるか?」


 そう言えば、名乗っていなかったか。


東雲遠しののめえん。……取られた金は取り返す。覚えておけよ」

林堂龍之介りんどうりゅうのすけ。楽しみにしてるぞ」


 龍之介が刃を振り上げた。

 その時だ。


「だっめええええええええええええええ!!!」


 シイカの叫び声が聞こえた。




 フクロウの銀色の翅は、すでに擦り切れてボロボロだった。

 空中に浮かぶだけで精一杯だった。

 ただ、その背中に乗ったツグミとトーコは、それ以上に満身創痍まんしんそういだった。


「ツグミ。使える鳥は?」


 トーコが問う。

 しかし、ツグミは悲しそうに首をふった。


「もう飛べる子は残ってないよ……」

 

 龍之介はまだ戦っているのか。

 トーコは唇を噛む。


「それじゃあ終わりにしようか」


 ツヅリは笑う。


「ちょ、ちょっと待って!」


 トーコが声を上げる。


「うん?」


 もはや自分の勝利はくつがえらないと考えているのだろう。

 ツヅリは耳を傾ける。


「私たち、円卓騎士のメンバなんだけど!!」


 【計画ザ・プロジェクツ】において、プレイヤの連合を組合ギルドと呼んだ。

 円卓騎士もその1つだ。


「だから何?」


 ツヅリが答える。


「うちの副団長、あなたのお姉さんじゃないの!?」

「だったら、何?」

「誤解があるんじゃないかな。ゲーテの大迷宮を爆破したのも、何か事情があったんじゃない?」


 詭弁きべんだ。

 トーコも分かっている。

 ただ、少しでも時間を稼ぎたかった。

 闇雲に会話を続ける。

  

「関係ないよ。お金が欲しかっただけ」


 ツヅリは言い放つ。


「万事休すか……」


 トーコがゲームオーバを覚悟したその時だった。


「だっめええええええええええええええ!!!」


 歌姫の肺活量から放たれる大音量の声。

 そんな切羽詰せっぱつまった声が、はるか下、船の方から届いた。


「ツヅリちゃああああああぁんっ!!! エンくんが死んじゃああああああうっ!!!!!」


 その声が聞こえた瞬間、ツヅリは跳んでいた。

 カラスの背中から飛び降りる。


「宣言:関数 重力」


 ツヅリの周囲だけ重力が強まる。

 彼女はさらに加速。

 高速で船に落下。

 その衝撃で、甲板デッキが水を被るほどに船が沈む。

 

「エン!!」


 叫ぶ。

 叫びながら周囲を見渡す。 

 そして、見つけた。

 刀を振り下ろすドラゴン。

 そして、その先にエンがいた。

 満身創痍まんしんそうい欄干らんかんに倒れかかっている。

 もはや、指先を動かす力も残っていないらしい。

 もう間に合わない。

 斬撃はすでに最高速度。

 エンの身体まで、あと数センチの距離。

 ツヅリは全ての関数を使えたが、エンを助けるすべだけは無かった。

 彼女にできたのは、鋼鉄の刃がエンを切り裂く風景を見ることだけだった。




 |ブレイン・マシン・インターフェース《BMI》を脱ぐ。

 綺麗な石材の天井が見えた。

 地下のシェルタだ。

 現実世界に戻ってきたのだ。

 

「俺、死んだのか……」


 思わず呟く。


 気のいた演出なんて無かった。

 画面が真っ黒になり、そのままログアウトするだけ。

 あまりにも淡々としていた。

 だから、何かの勘違いで、実はまだゲームオーバしてないのでは。

 そんな淡い期待があった。

 しかし、そんな期待はすぐに消え去った。

 もう一度、BMIを被り、【計画ザ・プロジェクツ】にログインを試みる。

 すると、キャラメイクが始まってしまう。

 すぐに強制中断する。


「死んだのか……。やっぱり……」


 「エン」という分身アバタは跡形もなく消え去っていた。

 2000万円。

 それがその分身の値段だった。

 俺はそれを失ったのだ。


「2000万……」


 口に出す。

 意味は無いけれど。

 

 身体が動かない。


 思考が回らない。


 ただ、柔らかいベッドに身体が沈むに任せる。


 このまま消えて無くなりたい。

 

 そんなことを思っていた。


 そして、どのくらい時間が経っただろうか。


「エン!!」


 部屋の扉が勢いよく開いた。

 飛び込んできたのはつづりだった。


「え? 鍵は!?」

「マスター・キィ」


 誇らしそうに、銀色のカードを見せる綴。


「大家だからってやって良いことと――」


 悪いことがあるだろう、と言おうとした。

 言えなかった。

 綴に抱きしめられていたから。

 彼女は俺の頭を両腕で抱え込むと、自分の胸に思い切り引き寄せる。

 少女特有の高い体温。

 とくん、とくん、と規則正しく響く鼓動。

 少し速い。

 この鼓動は自分のものか。

 あるいは、綴のものか。

 分からない。

 そのくらいの距離感。


んんい(つづり)


 上手く喋れなかった。


んんいい(くるしい)


 しかし、彼女には聞こえていないようだった。

 仕方ないので無理矢理、引きがす。


「……綴。……どうしたんだよ?」

「だって!」


 彼女は瞳をうるませていた。


「……どうして綴が泣くんだよ?」


 俺が問うと、彼女はますます涙ぐむ。


「……だ、だって。……えん、……ゲームオーバして。……ぼ、ボク、助けられなかった。……キミのこと、助けられなかったからっ!」


 ひっく、ひっく、と嗚咽おえつ交じりに彼女は言葉を紡ぐ。

 俺の境遇きょうぐうを本気で心配してくれているらしい。

 そんな事実に励まされる。

 だから俺は、


「あっはっは」


 なんとか笑ってみる。


「……遠?」

「何かを奪われるなんて日常茶飯事だよ。心配すんなよ」

「え?」

「こちとら外周区育ちだからな。慣れてるよ。泣くようなことじゃない」


 すると、上目遣いに綴は問う。


「……本当に?」

「ああ」


 しかし、綴は言った。

 涙を貯めた目で、俺のことをにらみながら。


「うそつき……」


 ねたように俺をなじる。


「嘘じゃないよ。本当に、こんなことばかりだったから――」


 確かに、嘘は吐いてない。

 ただ、


「――今回のは少しこたえたけど……」


 明日にはめいも退院する。

 未踏破領域にも辿たどり着いた。

 これから稼ごうというところだったのに。


 そして何より、失った分身アバタが痛い。

 あの分身には2000万円以上の価値があったのだ。


 だからだろうか。

 思わず、口から本音がこぼれた。

 もしくは、そのくらい綴に気を許してしまったのか。


「本当に、もう、こんなんばっかりだよ……。流石に、キツいかも……」


 再び、抱きしめられる。


「悪い。もう少しだけ……」

「ん」


 綴はそれ以上、何も言わないで抱きしめてくれた。

 綴の体温と、鼓動。

 甘い香りと、かすかに混じった汗の匂い。


「……綴」

「んー?」

「もう1回、【計画】を攻略するよ。さいしょから」

「うん」

「待っててくれ。すぐに追いつくから」






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-69,181,372(日本円)


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