新たな旅立ち。――EP.19
[The Pilgrims Begin.――EP.19]
上がらない右手で短剣を抜く。
「宣言:関数 早業」
しかし、関数が発動するよりも早く、短剣が手から落ちた。
「勝負は着いたよ」
ドラゴンは言う。
俺の左腕は無かった。
右腕も上がらない。
肩口から流れる血も止まらない。
「……まだだ」
それでも右脚を振り上げた。
蹴りのつもりだった。
しかし、ドラゴンはそれを避けることもしなかった。
代わりに鬱陶しそうに刀を振った。
刃が俺の脚を撫で斬りにする。
いくら力を籠めても、立っていられなくなった。
その場に膝から崩れ落ちる。
「今まで戦った中で、あんたが一番強かった。あんたは強い。誇って良い」
「ざけんな……。誇りなんて、1円にもならねえだろ……」
「最後に、名前を教えてくれるか?」
そう言えば、名乗っていなかったか。
「東雲遠。……取られた金は取り返す。覚えておけよ」
「林堂龍之介。楽しみにしてるぞ」
龍之介が刃を振り上げた。
その時だ。
「だっめええええええええええええええ!!!」
シイカの叫び声が聞こえた。
◆
フクロウの銀色の翅は、すでに擦り切れてボロボロだった。
空中に浮かぶだけで精一杯だった。
ただ、その背中に乗ったツグミとトーコは、それ以上に満身創痍だった。
「ツグミ。使える鳥は?」
トーコが問う。
しかし、ツグミは悲しそうに首をふった。
「もう飛べる子は残ってないよ……」
龍之介はまだ戦っているのか。
トーコは唇を噛む。
「それじゃあ終わりにしようか」
ツヅリは笑う。
「ちょ、ちょっと待って!」
トーコが声を上げる。
「うん?」
もはや自分の勝利は覆らないと考えているのだろう。
ツヅリは耳を傾ける。
「私たち、円卓騎士のメンバなんだけど!!」
【計画】において、プレイヤの連合を組合と呼んだ。
円卓騎士もその1つだ。
「だから何?」
ツヅリが答える。
「うちの副団長、あなたのお姉さんじゃないの!?」
「だったら、何?」
「誤解があるんじゃないかな。ゲーテの大迷宮を爆破したのも、何か事情があったんじゃない?」
詭弁だ。
トーコも分かっている。
ただ、少しでも時間を稼ぎたかった。
闇雲に会話を続ける。
「関係ないよ。お金が欲しかっただけ」
ツヅリは言い放つ。
「万事休すか……」
トーコがゲームオーバを覚悟したその時だった。
「だっめええええええええええええええ!!!」
歌姫の肺活量から放たれる大音量の声。
そんな切羽詰まった声が、はるか下、船の方から届いた。
「ツヅリちゃああああああぁんっ!!! エンくんが死んじゃああああああうっ!!!!!」
その声が聞こえた瞬間、ツヅリは跳んでいた。
カラスの背中から飛び降りる。
「宣言:関数 重力」
ツヅリの周囲だけ重力が強まる。
彼女はさらに加速。
高速で船に落下。
その衝撃で、甲板が水を被るほどに船が沈む。
「エン!!」
叫ぶ。
叫びながら周囲を見渡す。
そして、見つけた。
刀を振り下ろすドラゴン。
そして、その先にエンがいた。
満身創痍で欄干に倒れかかっている。
もはや、指先を動かす力も残っていないらしい。
もう間に合わない。
斬撃はすでに最高速度。
エンの身体まで、あと数センチの距離。
ツヅリは全ての関数を使えたが、エンを助ける術だけは無かった。
彼女にできたのは、鋼鉄の刃がエンを切り裂く風景を見ることだけだった。
◆
|ブレイン・マシン・インターフェース《BMI》を脱ぐ。
綺麗な石材の天井が見えた。
地下のシェルタだ。
現実世界に戻ってきたのだ。
「俺、死んだのか……」
思わず呟く。
気の利いた演出なんて無かった。
画面が真っ黒になり、そのままログアウトするだけ。
あまりにも淡々としていた。
だから、何かの勘違いで、実はまだゲームオーバしてないのでは。
そんな淡い期待があった。
しかし、そんな期待はすぐに消え去った。
もう一度、BMIを被り、【計画】にログインを試みる。
すると、キャラメイクが始まってしまう。
すぐに強制中断する。
「死んだのか……。やっぱり……」
「エン」という分身は跡形もなく消え去っていた。
2000万円。
それがその分身の値段だった。
俺はそれを失ったのだ。
「2000万……」
口に出す。
意味は無いけれど。
身体が動かない。
思考が回らない。
ただ、柔らかいベッドに身体が沈むに任せる。
このまま消えて無くなりたい。
そんなことを思っていた。
そして、どのくらい時間が経っただろうか。
「エン!!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
飛び込んできたのは綴だった。
「え? 鍵は!?」
「マスター・キィ」
誇らしそうに、銀色のカードを見せる綴。
「大家だからってやって良いことと――」
悪いことがあるだろう、と言おうとした。
言えなかった。
綴に抱きしめられていたから。
彼女は俺の頭を両腕で抱え込むと、自分の胸に思い切り引き寄せる。
少女特有の高い体温。
とくん、とくん、と規則正しく響く鼓動。
少し速い。
この鼓動は自分のものか。
或いは、綴のものか。
分からない。
そのくらいの距離感。
「んんい」
上手く喋れなかった。
「んんいい」
しかし、彼女には聞こえていないようだった。
仕方ないので無理矢理、引き剥がす。
「……綴。……どうしたんだよ?」
「だって!」
彼女は瞳をうるませていた。
「……どうして綴が泣くんだよ?」
俺が問うと、彼女はますます涙ぐむ。
「……だ、だって。……遠、……ゲームオーバして。……ぼ、ボク、助けられなかった。……キミのこと、助けられなかったからっ!」
ひっく、ひっく、と嗚咽交じりに彼女は言葉を紡ぐ。
俺の境遇を本気で心配してくれているらしい。
そんな事実に励まされる。
だから俺は、
「あっはっは」
なんとか笑ってみる。
「……遠?」
「何かを奪われるなんて日常茶飯事だよ。心配すんなよ」
「え?」
「こちとら外周区育ちだからな。慣れてるよ。泣くようなことじゃない」
すると、上目遣いに綴は問う。
「……本当に?」
「ああ」
しかし、綴は言った。
涙を貯めた目で、俺のことを睨みながら。
「うそつき……」
拗ねたように俺を詰る。
「嘘じゃないよ。本当に、こんなことばかりだったから――」
確かに、嘘は吐いてない。
ただ、
「――今回のは少し応えたけど……」
明日には命も退院する。
未踏破領域にも辿り着いた。
これから稼ごうというところだったのに。
そして何より、失った分身が痛い。
あの分身には2000万円以上の価値があったのだ。
だからだろうか。
思わず、口から本音が零れた。
もしくは、そのくらい綴に気を許してしまったのか。
「本当に、もう、こんなんばっかりだよ……。流石に、キツいかも……」
再び、抱きしめられる。
「悪い。もう少しだけ……」
「ん」
綴はそれ以上、何も言わないで抱きしめてくれた。
綴の体温と、鼓動。
甘い香りと、かすかに混じった汗の匂い。
「……綴」
「んー?」
「もう1回、【計画】を攻略するよ。さいしょから」
「うん」
「待っててくれ。すぐに追いつくから」
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総資産:-69,181,372(日本円)




