新たな旅立ち。――EP.18
[The Pilgrims Begin.――EP.18]
そうなのだ。
ドラゴンは未だ、関数を使用していない。
「宣言:関数――」
◆
巨大なカラスの背に乗って、ツヅリは腕を組んでいた。
不敵に笑う。
相対するのは、ツグミとトーコ。
フクロウ型の動的対象:銀翅梟の背に乗っている。
緊張した面持ちでツヅリの様子を伺う。
どちらも4000万円級のプレイヤ。
間違いなくトップクラス。
しかし、目の前の敵は規格外だ。
ゲーテの大迷宮を爆破し、数百名のプレイヤを殺害《PK》したのだ。
計算すると、資産は数億円代になるらしい。
「と、トーコ。どうしよう……?」
ツグミが問う。
「勝てないと思うよ」
しかし、あっさりとトーコは答える。
「ええ!?」
複数の原典を使える、数億円クラスのプレイヤだよ? 勝てるはずが無い。
「私たちにはって意味ね」
「あ、そういう……」
勝機があるとしたら、それはドラゴンだけだ。
だから、ツヅリを倒す必要は無い。
彼が船上の敵を片付けるまで、生き延びれば良い。
これはそういう戦いだ。
「ちょっと教えてくれないかなー?」
その時、カラスの背中からツヅリが呼びかける。
「風の音で聞こえなーい。もう1回言ってー!!」
トーコは聞こえていた。
しかし、時間を引き延ばしたい彼女は、敢えて聞き返す。
「ちょっと教えてくれないかなー?」
1回り大きな声量で、ツヅリが言う。
「なにー?」
「さっきの飛行船みたいな対象だけど、あれって何ー?」
さて。
何と答えよう。
トーコは悩む。
できれば、だらだらと会話を引き延ばして時間を稼ぎたい。
そんなことを思った時だ。
「教えるわけないじゃん!!」
声を上げたのはツグミだった。
「ちょ、ちょっとツグミ」
「へぇ……。教えてくれないの……?」
ツヅリが笑う。
その温度は一段と低い。
その笑みに気圧されながらも、ツグミは叫び返す。
「あ、アンタなんか、龍ちゃんに倒されるんだから!」
「龍ちゃんて誰ー?」
「ドラゴンってプレイヤ。さっき、船に降りてきたでしょ」
答えたのはトーコだ。
時間を引き延ばせるなら、話題は何でも良いのだ。
「ああ。あのプレイヤかぁ……」
ツヅリは呟く。
「残念だけど助けはこないかな」
ツヅリは言った。
「理由を聞かせてもらっても?」
トーコが問う。
ツヅリは胸を張って答えた。
「簡単だよ。そいつじゃ、うちのエンには勝てないから」
もうエンに倒されてるかもよ、とツヅリは付け足す。
「そんなわけないじゃん!」
ツグミが反論する。
「龍ちゃんは天才なんだからっ! 武術の天才!!」
「くふっ」
しかし、ツヅリはくぐったそうに笑っただけだった。
「天才なんかが、エンに勝てるわけないじゃん」
「……そのエンってプレイヤ、何か特別な能力があるの?」
トーコが問う。
答えがもらえるとは思っていない。
手の内を晒すなんて馬鹿な真似はしないだろう。
ただ、会話を引き延ばしたいだけだ。
「別に、そういうのじゃないよ――」
しかし、意外にもツヅリは答える。
「――天才なんかよりもっと強い敵と、生まれた時からずっと戦ってただけだから」
「天才よりも強い敵?」
トーコが聞き返す。
そんな強敵が存在するのか。
しかし、ツヅリは答える。
「理不尽」
生まれは外周区。
親もいなければ、金もない。
そんな理不尽を跳ね退けて、真っ当に幸せになろうと足掻いているのだ。
「エンは天才なんかに負けない。負けるはずがない」
ツヅリは言う。
「さあ。ボクは君達を倒しちゃおうかな。エンを待たせると良くないからね」
◆
そうなのだ。
ドラゴンは未だ、関数を使用していない。
「宣言:関数 隼の構え」
原典:侍の関数だ。
自身のSTR(筋力)を上昇させる。
代償として、「突き」を使用した場合にデバフがかかる。
行動を制限することで能力を上昇させる。
原典:侍らしい関数だ。
ドラゴンの刀が奔る。
彼はただ一振りで手近な樹を切り倒す。
そして、その樹を掴んだ。
「せいっ!」
両手で抱えたその樹で周囲を薙ぎ払った。
関数によって底上げされたSTR(筋力)とあいまって、樹々をなぎ倒す。
「うおおおおおおおおっ!」
ドラゴンは止まらない。
小型の台風のように、樹を持って回転。
その樹が砕ければ、別の樹を持って薙ぎ払う。
気付いた時には、樹々はほとんどへし折られていた。
それどころか風圧によって、霧雨も吹き飛ばしてしまった。
「まじか!?」
俺の乗っていた樹も折られた。
甲板に着地する。
そこにドラゴンが待ち構えていた。
「よう。勝負しようぜ」
彼は剣を抜く。
スミレが慌てて苗木を撒く。
しかし、もう遅い。
数メートル先にドラゴンがいる。
森が生えるよりも早く、決着が着く。
俺は両手に短剣を抜いた。
ドラゴンの切り込み。
刃が消えたのか。
そう錯覚するほどの速度。
しかし、読んでいた。
左手の短剣で弾く。
逆に右の短剣を突き込む。
ドラゴンは1歩退いた。
最小限の動きで躱す。
しかし、
「宣言 関数 早業 愚者の槍」
突き込んだ短剣が巨大な槍に変化。
しかし、ドラゴンはそれすらも躱す。
姿勢を低くしながら踏み込んだ。
槍の下に潜りこむように前へ。
俺は後ろへ跳ぶ。
しかし、ドラゴンの方が速い。
「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」
手のひらに槍が出現。
それが床を押す。
反動で加速。
ドラゴンとの距離が空いた。
俺は短剣を抜きながら投げる。
「宣言:関数 早業 愚者の槍」
瞬間、それは巨大な槍に変化。
ドラゴンに迫る。
しかし、彼は突進する速度を緩めなかった。
背中を丸めながら前方へ跳躍。
そのまま槍の上をくるりと前転。
着地すると、何事も無かったかのように走り出す。
ドラゴンが止まらない。
気付けば、背後に船の欄干があった。
もう後ろには下がれない。
ここで迎え撃つしかない。
先読み。
右下からの切り上げだと予想。
両手で短剣を構える。
しかし、
「……え?」
構えたはずの短剣が無い。
と言うか、そもそも腕が無かった。
肘から先の腕が無い。
確かに、俺はドラゴンの動きを予測した。
そして、彼より先に動きだした。
しかし、後から動いたにも関わらす、彼の斬撃の方が速かった。
それだけの話。
斬り別れた左腕が、くるくると回りながら飛んでいく。
ドラゴンが次々と斬撃を繰り出す。
途切れなく降り注ぐ致命の刃。
先読みにより予測。
しかし、速すぎる。
そのほとんどは防げない。
何とか身体を動かし、致命傷だけは避ける。
身体に無数の切り傷が引かれる。
時間の流れが異様に緩やかだった。
いや。
今わの際で、思考が加速しているのか。
身体中を切り刻まれながら、生存の可能性を探す。
何か無いのか。
「あ」
そして、見つける。
足元に硬い感触。
攻防の中で落とした俺の短剣だ。
瞬間、身体が動いた。
爪先で掬いあげるように蹴る。
残った右腕で掴む。
辛うじて、ドラゴンの斬撃を弾き返す。
「宣言:関数 早業」
弾きながら関数を呼び出す。
突き出す腕。
関数が発動するまで。
その一瞬すらも長い。
早く。
念じたところで、発動速度は変わらないけれど。
切っ先がドラゴンの胸元に届く。
決まる。
後はこの短剣が大剣に変われば。
しかし、不発。
握った短剣が、手のひらからポロリと零れた。
遅れて、全身に激痛が走る。
肩口にドラゴンの刃が食い込んでいた。
その時だ。
「宣言:関数 急成長」
スミレの関数。
横向きに成長する巨大な樹。
それがドラゴンに迫る。
しかし、ドラゴンは刀を一振りしただけ。
それだけで、その大樹を縦に割る。
ただ、スミレの攻撃はここで終わらなかった。
彼女自身が成長する樹の先端に乗っていたのだ。
いつの間にか、ドラゴンの
彼女はスコップを振り上げる。
確かに、スミレは4000万円級のプレイヤだ。
近接戦闘もそれなりにこなすだろう。
しかし、相手が悪すぎる。
「スミレ! 止めろ!!」
俺は叫ぶ。
ドラゴンはスミレを見もせずに剣を振るった。
その斬撃がスコップを叩く。
「へ!?」
驚きの声だけをその場に残して、スミレは吹っ飛んだ。
帆柱に叩きつけられて止まる。
それでも、わずかに時間ができた。
上がらない右手で短剣を抜く。
「宣言:関数 早業」
しかし、関数が発動するよりも早く、短剣が手から落ちた。
「勝負は着いたよ」
ドラゴンは言う。
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総資産:-43,765,211(日本円)




