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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
178/204

新たな旅立ち。――EP.18

[The Pilgrims Begin.――EP.18]



 そうなのだ。

 ドラゴンはいまだ、関数を使用していない。


「宣言:関数――」

 



 巨大なカラスの背に乗って、ツヅリは腕を組んでいた。

 不敵に笑う。

 相対するのは、ツグミとトーコ。

 フクロウ型の動的対象:銀翅梟シルバー・オウルの背に乗っている。

 緊張した面持おももちでツヅリの様子をうかがう。

 どちらも4000万円級のプレイヤ。

 間違いなくトップクラス。

 しかし、目の前の敵は規格外だ。

 ゲーテの大迷宮を爆破し、数百名のプレイヤを殺害《PK》したのだ。

 計算すると、資産は数億円代になるらしい。


「と、トーコ。どうしよう……?」

 

 ツグミが問う。


「勝てないと思うよ」


 しかし、あっさりとトーコは答える。


「ええ!?」


 複数の原典ライブラリを使える、数億円クラスのプレイヤだよ? 勝てるはずが無い。


私たちには(・・・・・)って意味ね」

「あ、そういう……」


 勝機があるとしたら、それはドラゴンだけだ。

 だから、ツヅリを倒す必要は無い。

 彼が船上の敵を片付けるまで、生き延びれば良い。

 これはそういう戦いだ。


「ちょっと教えてくれないかなー?」


 その時、カラスの背中からツヅリが呼びかける。


「風の音で聞こえなーい。もう1回言ってー!!」


 トーコは聞こえていた。

 しかし、時間を引き延ばしたい彼女は、敢えて聞き返す。


「ちょっと教えてくれないかなー?」


 1回り大きな声量で、ツヅリが言う。


「なにー?」

「さっきの飛行船みたいな対象オブジェクトだけど、あれって何ー?」


 さて。

 何と答えよう。

 トーコは悩む。

 できれば、だらだらと会話を引き延ばして時間を稼ぎたい。

 そんなことを思った時だ。


「教えるわけないじゃん!!」


 声を上げたのはツグミだった。


「ちょ、ちょっとツグミ」

「へぇ……。教えてくれないの……?」


 ツヅリが笑う。

 その温度は一段と低い。

 その笑みに気圧けおされながらも、ツグミは叫び返す。


「あ、アンタなんか、龍ちゃんに倒されるんだから!」

「龍ちゃんて誰ー?」

「ドラゴンってプレイヤ。さっき、船に降りてきたでしょ」


 答えたのはトーコだ。

 時間を引き延ばせるなら、話題は何でも良いのだ。


「ああ。あのプレイヤかぁ……」


 ツヅリはつぶやく。


「残念だけど助けはこないかな」


 ツヅリは言った。


「理由を聞かせてもらっても?」


 トーコが問う。

 ツヅリは胸を張って答えた。


「簡単だよ。そいつじゃ、うちのエンには勝てないから」


 もうエンに倒されてるかもよ、とツヅリは付け足す。


「そんなわけないじゃん!」


 ツグミが反論する。


「龍ちゃんは天才なんだからっ! 武術の天才!!」

「くふっ」


 しかし、ツヅリはくぐったそうに笑っただけだった。


天才なんか(・・・・・)が、エンに勝てるわけないじゃん」

「……そのエンってプレイヤ、何か特別な能力があるの?」


 トーコが問う。

 答えがもらえるとは思っていない。

 手の内をさらすなんて馬鹿な真似まねはしないだろう。

 ただ、会話を引き延ばしたいだけだ。


「別に、そういうのじゃないよ――」


 しかし、意外にもツヅリは答える。


「――天才なんかよりもっと強い敵と、生まれた時からずっと戦ってただけだから」

「天才よりも強い敵?」


 トーコが聞き返す。

 そんな強敵が存在するのか。

 しかし、ツヅリは答える。


理不尽りふじん


 生まれは外周区がいしゅうく

 親もいなければ、金もない。

 そんな理不尽を退けて、真っ当に幸せになろうと足掻あがいているのだ。


「エンは天才なんかに負けない。負けるはずがない」


 ツヅリは言う。


「さあ。ボクは君達を倒しちゃおうかな。エンを待たせると良くないからね」



 

 そうなのだ。

 ドラゴンはいまだ、関数を使用していない。


「宣言:関数 隼の構え(ハヤブサ・スタンス)


 原典ライブラリサムライの関数だ。

 自身のSTR(筋力)を上昇させる。

 代償だいしょうとして、「突き」を使用した場合にデバフがかかる。

 行動を制限することで能力を上昇させる。

 原典:侍らしい関数だ。


 ドラゴンの刀がはしる。

 彼はただ一振りで手近な樹を切り倒す。

 そして、その樹を掴んだ。


「せいっ!」


 両手で抱えたその樹で周囲を薙ぎ払った。 

 関数によって底上げされたSTR(筋力)とあいまって、樹々をなぎ倒す。


「うおおおおおおおおっ!」


 ドラゴンは止まらない。

 小型の台風のように、樹を持って回転。

 その樹が砕ければ、別の樹を持って薙ぎ払う。

 気付いた時には、樹々はほとんどへし折られていた。

 それどころか風圧によって、霧雨も吹き飛ばしてしまった。

 

「まじか!?」


 俺の乗っていた樹も折られた。

 甲板に着地する。

 そこにドラゴンが待ち構えていた。


「よう。勝負しようぜ」


 彼は剣を抜く。

 スミレが慌てて苗木を撒く。

 しかし、もう遅い。

 数メートル先にドラゴンがいる。

 森が生えるよりも早く、決着が着く。

 俺は両手に短剣を抜いた。

 ドラゴンの切り込み。

 刃が消えたのか。

 そう錯覚するほどの速度。

 しかし、読んでいた。

 左手の短剣で弾く。

 逆に右の短剣を突き込む。

 ドラゴンは1歩退()いた。

 最小限の動きでかわす。

 しかし、


「宣言 関数 早業 愚者の槍」


 突き込んだ短剣が巨大な槍に変化。

 しかし、ドラゴンはそれすらも躱す。

 姿勢を低くしながら踏み込んだ。

 槍の下に潜りこむように前へ。

 俺は後ろへ跳ぶ。

 しかし、ドラゴンの方が速い。

 

「宣言:関数 早業 鋼鉄の槍」


 手のひらに槍が出現。

 それが床を押す。

 反動で加速。

 ドラゴンとの距離が空いた。

 俺は短剣を抜きながら投げる。


「宣言:関数 早業 愚者の槍」


 瞬間、それは巨大な槍に変化。

 ドラゴンに迫る。

 しかし、彼は突進とっしんする速度を緩めなかった。

 背中を丸めながら前方へ跳躍ちょうやく

 そのまま槍の上をくるりと前転。

 着地すると、何事も無かったかのように走り出す。

 ドラゴンが止まらない。

 気付けば、背後に船の欄干らんかんがあった。

 もう後ろには下がれない。

 ここで迎え撃つしかない。

 先読み。

 右下からの切り上げだと予想。

 両手で短剣を構える。

 しかし、


「……え?」


 構えたはずの短剣が無い。

 と言うか、そもそも腕が無かった。

 ひじから先の腕が無い。

 確かに、俺はドラゴンの動きを予測した。

 そして、彼より先に動きだした。

 しかし、後から動いたにも関わらす、彼の斬撃の方が速かった。

 それだけの話。

 斬り別れた左腕が、くるくると回りながら飛んでいく。

 ドラゴンが次々と斬撃を繰り出す。

 途切れなく降り注ぐ致命ちめいの刃。

 先読みにより予測。

 しかし、速すぎる。

 そのほとんどは防げない。

 何とか身体を動かし、致命傷だけは避ける。

 身体に無数の切り傷が引かれる。

 時間の流れが異様に緩やかだった。

 いや。

 今わのきわで、思考が加速しているのか。

 身体中を切り刻まれながら、生存の可能性を探す。

 何か無いのか。


「あ」

 

 そして、見つける。

 足元に硬い感触。

 攻防の中で落とした俺の短剣だ。

 瞬間、身体が動いた。

 爪先ですくいあげるように蹴る。

 残った右腕で掴む。

 辛うじて、ドラゴンの斬撃を弾き返す。


「宣言:関数 早業」


 弾きながら関数を呼び出す。

 突き出す腕。

 関数が発動するまで。

 その一瞬すらも長い。

 早く。

 念じたところで、発動速度は変わらないけれど。

 切っ先がドラゴンの胸元に届く。

 決まる。

 後はこの短剣が大剣に変われば。

 しかし、不発。

 握った短剣が、手のひらからポロリと零れた。

 遅れて、全身に激痛が走る。

 肩口にドラゴンの刃が食い込んでいた。

 その時だ。


「宣言:関数 急成長ラピッド・ベジテーション


 スミレの関数。

 横向きに成長する巨大な樹。

 それがドラゴンに迫る。

 しかし、ドラゴンは刀を一振りしただけ。

 それだけで、その大樹を縦に割る。

 ただ、スミレの攻撃はここで終わらなかった。

 彼女自身が成長する樹の先端に乗っていたのだ。

 いつの間にか、ドラゴンの

 彼女はスコップを振り上げる。

 確かに、スミレは4000万円級のプレイヤだ。

 近接戦闘もそれなりにこなすだろう。

 しかし、相手が悪すぎる。


「スミレ! 止めろ!!」


 俺は叫ぶ。

 ドラゴンはスミレを見もせずに剣を振るった。

 その斬撃がスコップを叩く。


「へ!?」


 驚きの声だけをその場に残して、スミレは吹っ飛んだ。

 帆柱マストに叩きつけられて止まる。


 それでも、わずかに時間ができた。

 上がらない右手で短剣を抜く。


「宣言:関数 早業」


 しかし、関数が発動するよりも早く、短剣が手から落ちた。


「勝負は着いたよ」


 ドラゴンは言う。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-43,765,211(日本円)

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