新たな旅立ち。――EP.15
[The Pilgrims Begin.――EP.15]
「次は俺の番だな」
そう言って笑う。
「宣言:関数 早業」
短剣を投げる。
大剣に変化。
ドラゴンが寸前で避ける。
避けたところに、
「宣言:関数 早業 大地の槍」
槍を突き込む。
しかし、こちらも躱される。
「俺の番じゃねえの!?」
「アホか、お前」
これは早い者勝ちのゲームなのだ。
先に相手を殺《PK》した方が勝ちのゲーム。
順番なんてあるか。
「宣言:関数 早業」
畳み掛ける。
「宣言:関数 早業」
それでも、全ての攻撃が届かない。
「宣言:関数――」
その時だ。
ドラゴンの一閃。
関数の発動前に、握った短剣を叩き落とされる。
「――早業」
当然ながら関数は不発。
「あー、それはもういいや。他の技も見せてくれよ」
幾分かつまらなそうに、ドラゴンは言った。
俺は短剣を抜く。
「宣言:関数――」
しかし、発動前に短剣を弾かれる。
「――早業」
不発。
「だから、飽きたって。その技」
ドラゴンが言い放つ。
この短い時間で見切ったと言うのか。
「今度こそ俺の番な」
ドラゴンが構えた。
瞬間、切り込む。
その斬撃は、もはや肉眼が役に立つ速度ではなかった。
目では追えない。
ほとんど勘だった。
短剣で受ける。
重い衝撃。
金属が噛み合う甲高い音。
吹き散る火花。
大地の樹でできた短剣が、刃こぼれしていた。
「マジかよ……」
先読みが使えなければ、今の一撃で終わっていた。
「おいおいおいおい!!!」
突然、1人で盛り上がりだすドラゴン。
「……な、なんだよ?」
「初めてだよ! 俺の攻撃をちゃんと防がれたのは」
「は?」
「今までもいたんだよなー。俺の攻撃を防ぐ奴は。でも、たいていは関数だったり、アイテムの効果だったりだけどな。自力で避けたのはお前が初めてだぜ!」
「ああ。なるほどな……」
今までのやり取りだけでも、こいつの性格は理解できる。
自分の実力に自信を持っている。
過信ではない。
相応しいだけの能力がある。
そして、その実力を試したいと望んでいる。
このドラゴンとか言うプレイヤは間違いなく格上だ。
ただ、ゲームを楽しんでいる。
遊んでいるのだ。
そこにつけ入る隙があるか。
「お前、勘違いしてるよ」
俺は言う。
「何をだー?」
「お前が強いんじゃない。お前が今まで、弱いやつとしか戦ってこなかったんだ」
もちろん、嘘だ。
しかし、彼は素直なんだろう。
こんなハッタリにもきちんと反応してくれる。
ドラゴンの顔から笑いが消えた。
「弱いんだよ。お前は。……かかって来いよ、三下が」
ドラゴンはあっけに取られる。
そして、彼は口を開いた。
「三下って何?」
言葉の選択、間違えたかな。
◆
ツヅリは空を見上げていた。
空中に浮かぶ飛行船のようなオブジェクト。
「とりあえず、落とそうかな。宣言:関数 無重力」
重力が消えた。
とんっ、と甲板を蹴る。
ふわりと浮かび上がる身体。
夜空を一直線に上昇。
「発動:能力 【魔王】――」
ツヅリが能力を発動させる。
「――引数:1/10」
さらに、
「宣言:関数 空衝」
頭上に向けて、圧縮された空気の塊を放つ。
反動で上昇が止まる。
飛行船と同じ高度。
夜空を背景にツヅリは浮遊する。
「こんばんは。良い夜だね」
ツヅリは言う。
「こんな良い夜を邪魔したんだからね。ゲームオーバ、してくれるんだよね? 宣言:関数――」
ツヅリが関数を使おうとしたその時、
飛行船の中から2人の人間が飛び出した。
「――落星」
直後、空の1点がキラリと光る。
瞬間、はるか上空から高速で飛来する物体。
バスケットボールほどの岩石だった。
白い炎を纏ったそれが飛行船を射貫く。
衝撃音。
飛び散る火花。
一瞬、まるで花火のように夜空を照らす。
その余波で空中のツヅリが揺れる。
飛行船が姿勢を傾ける。
そのまま緩やかに下降。
海中に消えた。
「よし。次はプレイヤか……」
ツヅリが周囲を見渡す。
すると、下方に2人のプレイヤを見つけた。
真っ逆さまに落下している。
その時だ。
落下中のプレイヤが泣きそうな声で関数を呼び出した。
「《計画》ってこんなんばっかじゃん! 宣言:関数! 鳥呼びッ!!」
直後、どこからともなく巨大な鳥が飛来する。
漆黒のカラスだ。
カラスは2人のプレイヤを背中で拾うと、力強く羽ばたく。
「へぇ。珍しい原典だね。鳥飼いかぁ……」
天高く登っていくカラスを見上げながら、ツヅリは呟いた。
「さて。どう料理しようか」
口の端を吊り上げて笑う。
白い犬歯を覗かせながら。
一方、カラスの背中で2人の少女は会話を交わしていた。
「や、ヤバいよ透子! 飛行船、落ちたよっ!?」
「落ちただけ」
「え?」
「落ちただけだって。大丈夫。あのくらいじゃ壊れない。あとで回収できる」
「う、うん……」
「それより、あれがツヅリだよね……?」
「たぶん……」
「あれはヤバいでしょ……」
トーコは唇を噛む。
「って言うか、浮いてるよね!? あの人!」
ツグミが声を上げる。
「浮いてるね」
「あの関数なに!?」
「知らないよ……」
あんな重力を消すなんて関数など見たことも聞いたこともない。
「それに、さっきの爆発何だったの?」
「流れ星だと思う」
「はぁ!?」
「……とにかく、やるしかないよ」
これほどの強敵だ。
簡単に見逃してくれるとは思えない。
戦うしかないのだ。
「いつも通りで」
そう言って、トーコはカラスの背から飛び降りた。
そこは丁度、ツヅリの真上だった。
重力に引かれ急加速。
背負った金色の鎚を構える。
堕星鎚。
異様に重い金属でできたハンマだ。
落下の勢いに任せて、ツヅリに叩きつける。
「宣言:関数 空衝」
ツヅリが手の平から気流を生み出す。
反動で横滑りする。
そのまま攻撃を躱す。
一方、空振りしたトーコ。
そのまま落下。
しかし、
「トーコ!」
ツグミが先回りしていた。
トーコは鳥の背中に着地。
そのまま距離を取る。
「空中だったらこっちの方が速いね」
カラスの背中でツヅミは言う。
「うん。距離を取りながら速度を活かして戦えば、勝機はある」
トーコが答える。
「……へぇ。上手いじゃん」
そんな2人を眺めながら、ツヅリが言葉を漏らす。
夜風に吹かれて目を細める。
遠巻きに旋回するカラス。
「ボクも乗り物、欲しいかな。宣言:関数 竜巻」
ツヅリは手を上げて関数を宣言。
その指先で、空気は渦を巻く。
渦はみるみるうちに成長。
巨大な竜巻となる。
周囲の空気が竜巻に流れ込む。
ツグミたちが乗ったカラスも、その流れに吞み込まれる。
「え、やばっ!?」
ツグミが叫んだ。
みるみる竜巻が近づく。
その根元で、悪魔のように笑うツヅリ。
しかし、美しい。
現実離れした光景に背筋が凍る。
その時だ。
「あ、やば……」
トーコはツヅリの狙いに気付く。
「ツグミ! カラス消してっ!!」
「わ、分かった!」
しかし、遅かった。
その時、ツヅリは目の前にいた。
その目が鋭く光る。
彼女が拳を引き絞る。
少女らしい華奢な手足。
しかし、なんという圧力か。
「宣言:関数 隷属の一撃」
ツヅリの拳が、カラスの腹を射貫く。
その時だ。
2人を乗せたカラスが急に羽ばたく。
「く、くーちゃん! どうしたの!?」
カラスは空中で急旋回。
2人を振り落とす。
空中に投げ出される。
「宣言:関数 鳥呼び《バード・コール》!」
ツグミが新しい鳥を呼び出す。
銀色の羽を持ったフクロウだ。
動的対象:銀翅梟。
機動力はカラスに負けるが、高い耐久性を誇る。
その背中に飛び乗って、なんとか空中に踏みとどまる。
「今の何!?」
ツグミが声を上げる。
「関数:隷属の一撃でしょ」
トーコが周囲を見渡す。
上空、カラスの背に乗るツヅリがいた。
先ほどまで、自分たちが乗っていたカラスの背に乗っている。
カラスを奪われたのだ。
ツヅリは誇らしげに笑う。
「え、でも、それって調教師の関数だよね」
「うん」
「でも、ツヅリ、竜巻とかも使ってなかった?」
「使ってたね」
「ええ!? どーゆーことっ!?」
「複数の原典の関数を使えるんだと思う……」
「ず、ずるくない?」
あまりの強敵に、ツグミは言葉を漏らす。
「勝ち目、あるかな……?」
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総資産:-43,764,899(日本円)




