新たな旅立ち。――EP.14
[The Pilgrims Begin.――EP.14]
◆
空からソレが降って来たのはそんな時だった。
「ドンッ!!」
と鈍い衝撃音。
それから、澄んだ金属音。
何事かと周囲を見渡せば、傾いていく帆柱が見えた。
最初は目の錯覚かと思った。
しかし、確かに傾いていく。
轟音。
そして、倒れた。
そのまま海中に消える。
目を凝らせば、そこに人影がいた。
「よう――」
彼が立ち上がる。
月明かりに照らし出される。
刈り込んだ短髪。
筋肉で盛り上がる体躯。
「――俺はドラゴン」
そのプレイヤ・ネームを聞いて、
「ダサい」
「ダサいな」
「だ、ダサいです……」
「ダサいね!」
全員が反射的に口に出していた。
「ダサくねえよっ! 格好良いだろ!? ドラゴン!!」
男が声を荒げる。
「「「全然」」」
3人が首を振る。
「……確かに、ダサくないかもね」
しかし、そう答えたのはツヅリだった。
遅れて、俺もその意図に気付く。
帆柱は断面は滑らかだった。
まるで、鋭利な刃物で切断されたかのように。
そして、ドラゴンと名乗った男の腰には日本刀のようなオブジェクト。
「その柱、アンタが斬ったのか?」
俺が問う。
「……ん? ああ。俺が斬った」
悪びれる様子もなく、ドラゴンは言う。
「何のために?」
「はっはー! 愚問だよなぁ!?」
笑い飛ばされる。
「これ以上、先に進めないようにするために決まってんだろ」
「あー、良く分からんが、お前が敵ってことで良いんだな?」
「そうだな。悪いけど、お前らの冒険はここでお終いだ」
「ったく……。本当、こんなんばっかりだよ……」
大渦を超えた。
目指す未踏破領域まであと少し。
しかし、そこに立ちふさがる敵。
「本当、こんなんばっかりだよ……」
別に、大金持ちになりたい訳じゃない。
人並みに暮らしたいだけ。
それなのに、こうして邪魔ばかり入る。
「分かった。そっちがそのつもりなら、ぶっ殺してやるよ」
俺は短剣を抜く。
ドラゴンは笑った。
「……良いねぇ。あんた、気に入ったよ」
ドラゴンは刀を抜く。
月明かりを跳ね返して、剣呑に光る。
「名前は?」
ドラゴンは問う。
面倒なので答えない。
どうせすぐに倒す。
「エン。アイツ、強いよ」
その時、ツヅリは言う。
「あいつの装備。どっちも1級品だよ」
彼が装備している、軍服のような上衣と長靴のことか。
「まあ、そうだろうな……」
未踏破領域にいるのだ。
つまり、例のチュートリアルをクリアしたのだ。
弱いはずが無い。
「任せても大丈夫?」
「ああ。装備を見た感じ、物理主体みたいだからな。相性も悪くないだろ」
「分かった。じゃあ、ボクはあっちかな」
「あっち?」
ツヅリは空を見上げる。
「あれか……」
夜空に飛行船のような物体が浮かんでいた。
なるほど。
ここは大海原のど真ん中。
どこからこのプレイヤが湧いたかと思えば、あの飛行船から落ちてきたということか。
「了解」
ツヅリは頷く。
「スミレは援護と、シイカの護衛。シイカは大人しくしてて!」
「は、はい……!」
「全力で大人しくするよ!!」
「おう。話し合いは終わったか?」
その時、ドラゴンが問う。
律儀にこちらの話し合いが終わるまで待っていたらしい。
「始めようぜっ!!」
ドラゴンが笑う。
刀を真正面に構えた。
正眼の構え、と言うのだったか。
その姿が様になっている。
ゲーマーが雰囲気で剣を構えているのとは明らかに違う。
あ。
こいつ、強い。
向かい合っただけで感じる。
初めての感覚だ。
先読みが使えるようになったからか。
「来ないのか? それじゃあ、俺から行くぜ」
本能がマズいと感じていた。
反射で踏み出していた。
突貫。
「宣言:関数――」
短剣を振るう。
敵が強い。
ならば、何かをする前に殺《PK》してしまえば良い。
「――早業」
振り抜いた短剣は、瞬間、巨大な剣に姿を変えた。
黒い刀身。
硬さも、密度も、鋼鉄を遙かに上回る。
そんな剣が、わずか10センチ手前に現れたのだ。
もちろん、速度は短剣のそれだ。
こんな技、初見で躱せるはずがない。
しかし、
「――おっと!」
斬撃と身体の間に、ドラゴンは刃をすべり込ませた。
衝撃。
ドラゴンが後方へ吹き飛ばされた。
靴底で甲板に線を引きながら止まる。
「痛ってえな!!」
叫ぶ。
あれだけの大質量をぶつけたのだ。
相当な衝撃だろう。
しかし、その程度。
一線級のプレイヤからすれば軽傷だ。
「おい、何だよ! 今の技!?」
ドラゴンは目を輝かせる。
今の一撃、初見で躱せるのか。
ならば、
「宣言:関数 早業」
短剣を投じる。
手首の捻りを利かせる。
強烈な回転が加わる。
そして、指先から離れる瞬間、それは大剣に変化。
巨大な鉄塊が横回転しながら迫る。
狭い船の上。
左右に避ける空間は無い。
ならば、ドラゴンは上に逃げるはず。
だから、俺は先に飛んでおく。
無防備に跳び上がった所を叩くのだ。
しかし、
「せいっ!!」
裂帛の気合。
一閃。
ドラゴンの刀が、回転する大剣を弾いた。
大剣の軌道が変わる。
そのまま明後日の方向へ飛翔。
遠くの海面に落ちた。
「マジかよ……」
あの大質量を弾くのか。
予想が外れた。
俺は意味もなく空中に飛び出したことになる。
いや。
状況はむしろ悪い。
空中で身体の自由が利かない。
ドラゴンの切り上げ。
「宣言:関数 早業っ!」
寸前、大剣が出現。
刃を防ぐ。
俺はその大剣を蹴り飛ばして、後ろへ跳ぶ。
「参ったね……」
強いことは分かっていた。
しかし、俺よりも強い。
数回のやりとりで分かってしまった。
だからと言って、勝負を投げるわけにはいかない。
生活が懸かっているのだ。
「アンタ、強いなッ……!!」
声を上げたのはドラゴンだ。
心底嬉しそうな声。
「次は俺の番だな」
そう言って笑う。
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総資産:-43,764,688(日本円)




