新たな旅立ち。――EP.12
[The Pilgrims Begin.――EP.12]
さて、どうするか。
悩んでいる時だった。
「うわっ! 船が光ってる!?」
シイカが驚く。
「……いや。違う。船自体じゃなくて、船の周りの海水が光ってるんだ」
「え? 水が!?」
シイカが船の縁から身を乗り出す。
「あ、本当だ! でも、どうして!?」
「大地の樹が溶けているんだろうな」
「どゆこと?」
大地の樹。
枝も、葉も無く、一見すると岩にしか見えない。
そんな物体を、造園師であるスミレは
「しょ、植物です……」
と言った。
今、海水に溶けて光っている微粒子こそが、大地の樹の正体なのだ。
「大地の樹って名前だけど、実は藻の1種なんだよ」
「「「モ!?」」」
3人が驚く。
「エン。藻って、池とかに生えてるドロドロしたやつ?」
「そうだな」
「でも、大地の樹って岩みたいだったけど?」
「そういう藻もあるんだよ」
堆積物を粘液で固めながら成長するのだ。
結果、岩の柱のような構造物を造る藻。
現実にも存在する。
ストロマトライトと呼ばれる藍藻の1種。
オーストラリアなどで見られる。
大地の樹は、その途轍もない巨大版だ。
その藻が一部、海水に溶けだしたのだ。
溶けだした藻が波の刺激で光っている。
「で、でも、今までも夜に航海しましたけど、ひ、光ったことなんて一度も……」
「この船速だろうな」
数十ノットを超える速さ。
それによってはじめて、藻が船体から剥離。
海中に溶けだすのだ。
「夜光虫ってやつかぁ……」
ツヅリは言う。
「そうだな」
「ロマンティックなんだけどね。こんな状況じゃなければ」
「あっはっは。ツヅリちゃんでもロマンティックとか分かるのかぁ―」
こんな状況で笑いだすシイカ。
お前、そういうところだからな。
「で、でも、船が光ったところで、どうすれば……?」
確かに、光で視界はマシになったけれど。
しかし、それだけだ。
すでに渦は目の前に迫っていた。
360°、見渡しても、見渡しても、水平線。
逃げ場は無い。
その時だ。
「よいしょっ!」
ツヅリがおもむろに舵を切る。
面舵の方向。
「ツヅリ!?」
「エン。海、見てごらん」
言われて視線を下に落とす。
「あ」
藻が溶けだして光る海水。
その海水が広がっていた。
船よりも先行して流れていく。
そのほとんどは、大きな渦に呑まれて海底に消えていく。
しかし、ごく一部、渦に呑まれずに流れていく。
「そういうことかっ!!」
つまり、その流れを追っていけば渦には呑まれない。
ツヅリが舵を切る。
「エン」
「あいよ!」
舵だけでは方向転換が間に合わない。
ロープを引いて帆の向きを変える。
船の進路を切り替えるのだ。
跳ね上がる飛沫。
「くふっ」
ツヅリが笑いを零す。
「攻略法、見えたね」
船から漏れだす光る海水。
それが前方へ流れていく。
そのほとんどは渦の中に消えるが、一部は流れ続ける。
それを追っていけば、船も沈まない。
渦巻く海面に、光の路が描き出される。
「そういうことか……!」
実は出発前、ムムムトには念を押されていたのだ。
「渦は必ず夜に超えるのじゃ」
その理由が明らかになる。
確かに、
「む。ムムムトさんも人が悪いです……。き、きちんと説明してくれれば良かったのに……」
スミレが不満を漏らす。
「まあ、私たちなら自力で気付けるって信頼だろうねっ!!――」
はしゃぐシイカ。
「――って、うわぁ!!」
船体が傾く。
投げ出されそうになって帆柱にしがみつくシイカ。
急速な方向転換のせいだ。
船が平衡を崩したのだ。
しかし、
「宣言:関数――」
急斜面のように傾いた甲板。
そこを一息に駆け上がる。
「――早業 愚王の剣」
巨大な剣が出現。
一軒家ほどもあるかという巨大な黒い剣。
その刀身もこの船と同じ、大地の樹でできている。
その重みで、傾いていた船が元に戻る。
「エンくん! さすがっ!!」
シイカが歓声を上げる。
しかし、喜んだのも束の間。
今度は反対の方向へ船が傾く。
「やばっ――!」
駆けだす。
しかし、間に合わない。
その時だった。
「宣言:関数 急成長」
突如、甲板の上に巨大な樹が出現。
その重みでバランスが取れる。
水平に戻る船体。
沈没を免れる。
しかし、樹が重すぎた。
再び逆方向へと傾いていく船。
俺は短剣を抜いた。
振り抜く。
「宣言:関数 早業」
瞬間、それは巨大な剣へ変化。
もちろん、それを振るうSTR(筋力)は無い。
しかし、振るう必要は無い。
速度は短剣と同じ。
だから、そのままぶつけるだけで良い。
一閃。
樹を切り倒す。
ゆっくりと傾く大樹。
海に落ちる。
「え、エンさん……!」
「スミレ。良くやった」
「ほ、褒められましたぁ……!!」
広大な海面。
ひしめく巨大な渦。
唯一の命綱は、光る一筋の航路だけ。
夜光虫が照らし出すその航路。
一回の方向転換が毎回、命取りだ。
それでも俺たちは暗い海を進んでいく。
舵を切り、帆を傾け、進む向きを整える。
それでも間に合わないときは、大剣を呼び出し、樹を生やし、平衡を保つ。
大地の樹で造られた頑丈な船体が軋む。
それでも沈もうとはしない。
波を割って進んでいく。
「ははっ」
腹の底かくすぐったい。
笑いが零れる。
このスリル。
こんな状況でも、愉しい感じてしまう。
思えば、太古の時代も人間は、丸太をくりぬいただけのような粗末な船で大海を渡っていた。
それから何千年と立った2064年現在。
俺たちにも、そんな本能は息づいているのか。
言うなれば、冒険者の遺伝子。
再び渦を超える。
その度に強まる確信。
行ける。
「ねえ。天の川みたいだよっ!!」
その時、シイカが叫んだ。
発言の意図が分からず、一瞬、あっけに取られる俺たち。
しかし、すぐに気付いた。
青く光る海水。
渦巻きながら、蛇行しながら流れていく。
それが描き出す光の軌跡。
確かに、それは天の川にも見える。
「エン」
ツヅリは言う。
「どうした?」
「この試練の名前、思い出した」
「ああ。俺もだよ」
「う、うちもですぅ……」
「あれ。何だっけ?」
【星海航路】。
それがこの試練の名前だ。
その名前は、この現象のことを示していたのか。
広がる暗い海。
そこに輝く1本の航路。
それはどこまでも美しい。
まるで天の川のように。
「よくわかんないけど、綺麗だから歌っちゃうぞぉー!」
シイカがそんなことを言う。
「エンくん。ロープ貸して」
「お、おう……」
インベントリからロープを具現化。
それをシイカに手渡す。
シイカは慣れた手つきで自分自身を帆柱に結び付けた。
「あいつ、縛られ慣れてきてるな……」
「は、はい……」
海に落ちる心配が無くなったシイカは、歌い始める。
奏でるのは天上の歌声だ。
渦巻く海水の地響きのような音。
それすらも伴奏に聞こえるほど。
「よしっ! 面舵一杯!!」
ツヅリが舵を切る。
唸る海をかき分けて、船は進む。
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総資産:-43,764,608(日本円)




