新たな旅立ち。――EP.11
[The Pilgrims Begin.――EP.11]
「それじゃあ。行こうか」
ツヅリは言う。
「宣言:関数 劫火」
周囲を覆う氷が溶ける。
俺は船尾から垂れる巨大な鎖に触れる。
そして、関数を呼び出した。
「宣言:関数 早業」
鎖が、短剣に変わる。
俺はそれを懐に納める。
「碇は上がったぞ」
「出向!」
ツヅリが声を上げる。
彼女は舳先で舵を握る。
俺はロープを引く。
帆を張った。
これでもかと広げられた帆が風を掴む。
前進。
「うん。良い風だ」
ツヅリは言う。
「う、渦までどのくらいでしょうか……?」
スミレが問う。
「そうだな……」
海上は障害物が無い。
遠くまで見渡せる。
マストの上から見えたということは、数十キロは先か。
今はかなり良い風が吹いている。
順風だ。
ほとんど進行方向と同じ向きの風だ。
15ノットは出ているか。
「まあ、1、2、時間はかかるかな」
「結構あるねー」
シイカは言う。
「あまり近くで休むわけにもいかないからな」
「それもそうかぁ」
「今すぐに渦とぶつかるわけじゃないから、緊張しすぎるなよ」
しかし、俺はすぐにその言葉を訂正することになる。
「船が、加速してる……?」
最初に気付いたのは俺だった。
確かに良い風が吹いている。
風向き、速度、ともに申し分ない。
しかし、それにしても船が速すぎる。
20ノットは出ているか。
帆船としては限界だ。
「エン。海面」
「ああ……。流れが速いな……」
その流れに乗って、船が加速しているのだ。
渦に向かって。
「なるほど。だから、渦に挑んだプレイヤは、誰も戻って来なかったのか」
恐らく、風も常に渦に向かって吹いているのだろう。
海流と風。
最早、抜け出す術は無いだろう。
あとは渦に呑まれるのみ。
船はさらに加速する。
「エンくん! めちゃくちゃ速いよ!?」
マストにしがみつきながら、シイカが声を上げた。
「……ああ」
速度は25ノットを超えたか。
すでに限界を超えている。
しかし、加速は止まらない。
海面は、もはや川のように流れていた。
30ノットを超える。
40、45、さらには50ノット……。
まだまだ加速する。
これが普通の帆船なら、速度に船体が耐えきれない。
既に壊れても不思議ではない。
しかし、この海原を駆ける。
ビクともしない。
大地の樹という頑強な素材から造られた、一切の継ぎ目が無い船。
普通の船なら渦に辿り着く前に沈没してもおかしくない。
「爺さん、やるじゃねえか……」
良い仕事だ。
その時だ。
「エン! あれ!!」
舳先でシイカが指差す。
「あれが……!!」
見えた。
海面を横断する巨大な渦だ。
海の底でも抜けたのか。
そんな勢いで莫大な水が、暗い海底へと流れ込んでいく。
そんな渦が幾つも。
水平線の向こうまで続いている。
「なるほどな……」
「エン?」
「渦の原因が分かったよ」
「え?」
見れば、遠くに巨大な雪山が見えた。
山脈と呼ばれる標高10,000メートルを超える大山だ。
そこから流れる氷河が、海に落ちているのだ。
つまり、冷たい海流がより冷たく冷やされてる。
一方、暖流は相当に温かい。
スミレが釣りあげていた魚を思い出す。
南の島で、ムムムトが採っていた魚と同じ種類が混じっていた。
あの島から1000キロ以上も北上したにも関わらずだ。
海底に大規模な火山でもあるのか。
大量の熱水が吹き出しているのだ。
これだけ大規模な山脈の近くだ。
地殻が活発に動いていても不思議ではない。
結果、生まれるのが地獄のような光景だ。
「すごいね」
ツヅリが言葉を漏らす。
「ああ。こんな渦、現実世界にも無いな」
「違うよ。ボクがすごいって言ったのは渦じゃない」
「え?」
「キミだよ」
「どういう意味?」
「ちょっと景色を見ただけで、そこまで推測するキミの洞察力だよ」
「……大げさだな」
俺が答える。
「謙遜だねぇ」
ツヅリは笑う。
「大丈夫。これくらいの困難、キミがいれば超えられそうだよ」
船はもう戻れない。
巨大な渦が造り出す流れに飲み込まれていた。
「で、でも、このまま進んでも渦に呑まれるだけでは……!?」
スミレが言う。
確かにその通りだ。
巨大な渦は海面を埋めつくしている。
目を凝らす。
「……渦と渦の間に、微妙に通れそうな隙間はあるな」
「あるけどねぇ」
ツヅリは言う。
「あ、あんなの、船で綱渡りをするような物だよ!!」
シイカが叫んだ。
上手い例えだ。
確かに、それほど至難の業だ。
少しでも進路を誤れば渦に呑まれてしまう。
そのまま暗い海底まで一直線だ。
さて、どうするか。
悩んでいる時だった。
「うわっ! 船が光ってる!?」
シイカが声を上げた。
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