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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
168/204

新たな旅立ち。――EP.8

[The Pilgrims Begin.――EP.8]


「……実は、ちょっと寂しかったんですよ?」


 はにかみながら命はそんなことを言う。


「え?」

「だって、病院だと1人でご飯を食べてるから……」

「命……」


 今まで口出さなかったのは、俺を気遣ってか。

 命は怒るかもしれないけど、お祝いくらいは豪華にしよう。

 俺は密かに決意した。



 夜の海。

 果てしない海原を照らす無数の月たち。

 大地の樹(ツリィ・オブ・アース)で造られた船は、そんな月明かりの下で氷漬こおりづけにされていた。


「あ、エンさん。おかえりなさい」

「遅いよー」


 命が手術を終えた夜、【計画】にログインする。

 ツヅリとスミレに迎えられる。

 彼女たちはすでにログインしていたらしい。


「シイカは?」

「船室で寝てるよ。忙しいんだって」

「何かあるのかよ?」

「歌姫じゃん」

「あ」


 そう言えば、あいつは星零せいれいの歌姫だった。

 普段の言動を見ていると忘れてしまう。


「とりあえず3人で進めようか」

「そうだな」

「じゃあ、行こうか」


 そう言ってツツリは舳先へさきに立つ。

 見渡す海原。

 しかし、船の周囲の海面は凍っていた。

 敵の襲撃ではない。

 船を氷漬けにしたのはツヅリ自身(・・・・・)だから。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション  劫火インフェルノ


 船を中心に炎が渦を巻く。

 空間が歪んで見えるほどの高音。

 氷が解け、亀裂きれつが入る。


「行けるかな?」

「ああ」


 甲板に伸びていたロープを張る。

 帆が膨らむ。

 風を捕まえたのだ。

 そのまま船体がゆっくりと前に進む。

 分厚い氷とこすれる。

 しかし、頑丈な船はビクともしない。

 残った氷を砕きながら前進。

 やがて、凍った海面を突き抜けた。


「うーん。毎回、これをやるのは大変かもなぁ」


 船が海面を滑る。

 夜風に吹かれながらツヅリは言う。


「だけど、ログアウト中は無防備むぼうびだからな……」 

「そうなんだよね」


 【計画】の世界は、現実と同じ時間が流れていた。

 現実世界で1秒が過ぎれば、【計画】の中でも1秒進む。

 そして、その間もプレイヤの分身アバタは無防備な状態で放置されるのだ。


 船の周囲を氷漬けにしたのはそのためだ。

 ログアウト中も海から湧いてくる敵を防ぐため。

 とは言え、完璧かんぺきではない。

 なるべく、ログアウトのタイミングをずらして、無人の時間を減らそうとはしているが。


「す、すいません……。うちが使い物にならなくてぇ……」


 スミレならば安全地帯を造り出すのは容易いか。

 ただ、植物を生やすという性質上、海上では使いにくいのだ。

 しかし、ツヅリは言う。


「大丈夫。どうにかなるよ。今までもどうにかしてきたから」

「ツ、ツヅリさん……」

「そうなると、まずはお金だね」


 ツヅリの原典は司書ライブラリアン

 あらゆる関数を使える代わりに、通常よりも10倍の金を消費する。

 ログアウトのたびに海面を氷漬けにしていては大赤字だ。


「でも、金なんてどうするんだよ?」

「ふっふっふ。愚問ですな」

 

 しかし、ツヅリは笑う。


「エン。ここは【計画】だよ? 【計画】でお金を稼ぎたいなら、動的対象《MOB》を倒せば良いんだよ」

「動的対象《敵》なんてどこに?」

「釣ろう」

「へ?」


 運が良いことにここは海だ、とつぶやきながら、ツヅリはインベントリから釣り竿を取り出す。


「キャッチ・アンド・デストロイで行こう!」


 こうして、唐突に釣り大会が始まった。

 しかし、






 「釣れない……」


 ツヅリがぼやいた。

 同じことをもう何回言ったか分からない。


「うーん。悪いことではないけどな……」


 敵に出くわさないということは、それだけ安全ということだ。


「エサが悪いのかなぁ?」


 ツヅリはぼやく


「かもしれないな」


 釣りをする予定なんてなかった。

 だから、とりあえずインベントリの中にあった肉を使っていた。

 釣り用のアイテムがあれば結果は違ったのかもしれない。


 その時だ。 


「あ」


 ツヅリが何かを思いついたらしい。

 そのまま船室に消えた言った。


「スミレ」

「は、はい……」

「今のツヅリの顔、見たか?」

「き、綺麗でした……」

「それは知らんけど、あの表情をしているツヅリはろくなことを考えてないぞ」

「ひ、ひえ……」


 間もなく、ツヅリが戻ってきた。

 満面の笑み。

 その手には歌姫(・・)を抱えていた。


「「え……?」」


 俺たちの顔が曇る。

 シイカはログアウト中だ。

 何をしても動かない。

 ひたすら眠っている。


「ツヅリ。それ、何?」

「シイカだけど?」

「それは知ってるけど……」

「ほら。動的対象って人間を襲うじゃん」

「まあ、そうだな……」

「だから、シイカ。エサ」

「え……?」

「だから、シイカをエサにすれば動的対象も釣れるかなぁ、って」

「「えぇ……」」


 合理的かもしれない。

 しかし、恐ろしい発想だ。


「大丈夫。ログアウトしてるから分からないよ」

「そうかもしれないけど……」

「シイカがログインするまでに終わらせれば、誰も悲しまないで済むから」


 止める間も無かった。


「宣言:関数 鉄檻アイロン・ケージ


 人間が入る大きさの鉄檻が出現。

 そこにシイカを押し込む。


「ほら。これなら敵が噛みついてきても大丈夫でしょ?」


 カゴと釣り竿を極太の鎖で結ぶツヅリ。

 釣りってなんだっけ?


「よいしょ」


 船のへりから竿を突き出すツヅリ。

 海面すれすれに、シイカの入ったカゴが揺れている。

 その時だった。


「ただいまー! 世界の歌姫、詩歌しいかちゃんが戻って来たよー!! 私を歓迎して、ってどこココ!?」


「「た、タイミング……」」


 流石に不憫ふびんすぎる。


「ええっ!? 海の上!? なんでなんでなんでなんで!? 誰か助けて―!!!」


 シイカが泣き叫ぶ。


「や、やめようかな……」


 流石にやりすぎたと思ったらしい。

 ツヅリが檻を引き上げようとした時だ。


「つ、ツヅリさん……!」


 シイカの真下に浮かびあ上がる巨大な黒い影。

 海面が割れた。

 海の中から巨大な触手が生える。


「うわあああああああああああああああ!!!」


 シイカ、絶叫。


「よいしょ!!」


 ツヅリが竿を思い切り上げる。

 シイカの入ったカゴが甲板デッキに乗り上げる。

 そんな彼女を追って、触手も船に乗り込む。


「「「「タコだ!!!」」」」


 巨大な蛸だった。

 そう言えばこの敵、ゲーテの大迷宮でも遭遇そうぐうした。

 海にも住んでいたのか。

 なんという生息範囲。


「ラッキー」


 ツヅリは笑う。

 剣を抜いた。

 三代目マサツグ。

 刃の輝きだけで分かる、その切れ味。

 数分後、8本の脚を無くしたタコが転がっていた。

 ツヅリがとどめを刺す。


「赤字分、少しは回収できたかな」






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-43,511,899(日本円)

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