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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
166/204

新たな旅立ち。――EP.6

[The Pilgrims Begin.――EP.6]


「悪い。待たせたな」


 舳先へさきにいたツヅリに話しかける。


「じゃあ行こうか」


 彼女は言う。

 スミレとシイカがうなずいた。


発動:能力アクティベーション・アビリティ 【魔王ザ・デーモン・ロード】――」


 ツヅリが能力を発動させる。


「――引数アーギュメント:30倍」


 30倍。

 マジかよ。


 司書ライブラリアンの効果とも合わせて、消費する金は300倍。

 しかし、すさまじい威力だ。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション 奔流トーレント


 直後、背後の湖が膨れ上がる。

 山のような膨大な水だ。

 その水が一気に流れる。

 その流れが、巨大な船を押し流す。


「達者でのおー!」


 ムムムトが叫んでいた。

 

「爺さんもなー!!」

「おじいちゃんバイバーイ!!」

「ひ、ひえぇ……!! 飛んでる!」


 思い思いの歓声で答える。

 ツヅリだけは前を向いていた。


 即席の滝が創り出す、水の放物線。

 その流れに乗って船は滑り落ちる。

 しかし、


「ツヅリ。飛距離が足りない」


 このままでは、海に着く前に地面に激突してしまう。


「問題無し。宣言:関数 空衝エアハンマ


 それは威力30倍の関数だ

 強烈な風圧が船を加速。

 船体を浮かび上がらせる。

 いつの間にか下に人がる景色が、南国の密林から、青い海原に変わる。


「何かに掴まって!!」


 ツヅリが叫ぶ。

 直後、衝撃。

 船が海面に着いたのだ。

 身体が跳ねる。

 欄干らんかんに掴まり、何とか踏みとどまる。


「ひゃあーーー!!」


 しかし、約1名、掴まり損ねたヤツがいた。


「シイカ!!」


 すでに身体が船外へ投げ出されていた。

 瞬間、俺は甲板を蹴っていた。

 空中でシイカの腕を掴む。


「宣言:関数 早業クイック・チェンジ 愚者の剣」


 大剣を呼び出す。

 それを蹴り飛ばして反対側に加速。

 甲板に転がり落ちる。


「お前、本当に気を付けろよ?」

「……う、うん。いきなり冒険が終わるところだったよ」


 はあ、とシイカは安堵あんどの息を漏らす。


「それで、2人はくっついてるのかな?」


 ツヅリが俺を見下ろしていた。

 すがめた目で俺を睨む。


「あ、シイカ。悪い」


 着地に失敗したのだ。

 シイカは折り重なるように俺の上に倒れ込んでいた。


「大丈夫。私は全然、嫌じゃないから」

「エンが嫌なの!」

「うわー」


 ツヅリがシイカを押しのける。


「それで、ツヅリは。進路は決まってるのか?」

「さあ? 未踏破領域は地図も無いからねぇ」

「そうだよな」

「とりあえず、北にあることはだけ分かってかな」

「じゃあ、とりあえずは北に進むか」


 俺が帆を張ろうとすると、


「え、エンさん……」


 スミレに声をかけられる。


「どうした?」

「か、風。思いっきり南向きですけど……?」


 北には進めないのでは、とスミレが首を傾げる。


「そうじゃん!」


 シイカも言う。


「確かに、困ったかも……」


 ツヅリも悩ましげだ。

 しかし、


「いや。進めるぞ」


「「「え!?」」」


「まあ、口で説明するのも難しいんだけどな――」

 

 事実、帆船はんせんは風に逆らって進むことができる。

 

 向かい風が吹いている時。

 その風に対して、斜めに帆を構えるのだ。

 すると、帆の前側は空気が早く流れる。

 逆に、後ろ側では空気が遅く流れる。

 つまり、帆の前方と後方で流れの速度が違う。

 それによって、進行方向へ圧力が生じるのだ。

 その圧力によって船は前に進む。


「――って感じだな」


「あ。飛行機が飛ぶのと同じ原理だね」


 と、納得したのはツヅリ。


「そういうことだな」


 圧力を上方に向けることで飛行機は浮く。

 揚力ようりょくだ。

 一方、圧力を前に向けることで前進するのが帆船。


「「うーん……?」」


 スミレとシイカは首を傾げていた。


「見る方が速いかな」


 俺は帆を張った。

 本当は筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の水夫すいふが数人がかりで張るのだろう。

 しかし、俺はこれでも2000万円級のプレイヤだ。

 片手でロープを引けば、簡単に帆を張れる。

 感覚として、自転車のハンドルを切ることと変わらない。


「バッ!!」


 と帆の布地が張る音。

 風をはらみ、膨れ上がる。

 そして、船体はゆっくりと進み始めた。

 向かい風に向かって。


「「「おおーっ!!!」」」


 3人が歓声を上げる。


「すごい! 本当に風に向かって進んでるよっ!!」

「え、前に……。なんで……!?」

「頭では分かってても、体験してみると不思議な感じだねぇ」

「まあ、完全に真っすぐってわけにはいかないけどな」


 実際には45°程度、傾いている。

 だから、風に対してジグザグに進む。


「え、エンさんって、博識ですよね……」


 スミレがそんな言葉を漏らす。


「博識と言うか、残ったのが知識だけだったんだよ」

「……ど、どういうことですか?」


 スミレが問う。


「もっと詳しく!!」


 シイカが目を輝かせていた。


「……まあ、もうさっしてるかもしれないけど、俺はスラムギークだ」


 2人の表情が曇る。

 余計なことを訊いてしまった、という気まずさ。

 ツヅリは別段、普段と変わらない。


「気にすんなよ。俺は自分が恵まれていると思っている」

「そうなの?」

「ああ」


 確かに、孤児だったことは不運だ。

 しかし、それを補って余りある幸運に恵まれている。


「うちの妹は世界一かわいいからな」


 これで普通の家庭に生まれていたら世界は不公平すぎる。


「「「お、おう……」」」


「知識だけじゃない。金だって集めようとした」

「キミ、色々やってるもんね」


 ツヅリが言う。


「そうだな」


 廃墟の空き地で野菜を育ててみたり、東京湾で魚を取ってみたり、大道芸を披露してみたり。

 金になりそうなことは大体試した。


「でもさ、金は奪えるんだよ」


「「…………」」


 ごくり。

 シイカとスミレがつばを呑む。


「殴って、蹴って、それで奪える」


 特に外周区なんて現金が普通に使われてる。

 電子通貨ではなく、現金だ。

 だから奪いやすい。

 少しばかり上手く稼いでいると、それだけで目立ってしまう。

 年上の孤児や、ヤクザ崩れのチンピラに目を付けられる。

 そして、後は数と暴力で奪われる。

 こちらは何の後ろ盾も無い孤児だ。

 命まで奪われるわけには行かないから、引き下がるしかない。


「だけど、知識は違う。いくら殴っても、いくら蹴り飛ばしても、俺の知識は俺のものだ」


 頭の中だけは決して奪えない。

 仮に俺を殺したとして、その知識を自分のモノにできるわけではないのだ。


「で、最終的に残ったのが知識だけだった」

「そ、壮絶です……」


 スミレが言う。

 シイカはしきりに頷いた。


「まあ、後は必死さが違うんだよ」


 この知識が、いつか、どこかで生死を分けるかもしれない。

 そんな切羽詰せっぱつまった状況で学習をする人間がどのくらいいるのか。

 真剣さが違うから、学習の速度が違う。


 ツヅリは笑う。


「知識をお金にできたら、キミはお金持ちだろうね」

「ああ。だから、これから未踏破領域に行くんだろ?」


 知識を活かして、もっと強い敵を倒す。

 そして、もっと稼ぐのだ。 


 遠ざかる島影しまかげが見えた。

 巨大な大地の樹(だいちのき)も見える。


「ムムムトは、……流石に見えないか」


 この距離だ。

 しかし、船は巨大。

 向こうからこちらは見えているだろう。

 歓声を上げているだろうか。

 もう戻ってくることも無いか。

 3週間ほど過ごしただけだが、その島影が妙に懐かしい。

 その時だ。


「そう言えば、よく未踏破領域って言ってるよね」


 シイカが呟く。


「あ、ああ……」


 嫌な予感がする。


「どんな所なの?」


 彼女は問う。


「……お前さん、知らなかったのか!?」

「知らない」


 あっけらかんとシイカは答え。


「島から出れたら、まあ、良いかなーって思ってた」

「あ、そうなの……」

「話を聞く感じだと、お金がたくさん手に入りそうなんだよねぇ?」


 ツヅリとスミレ、俺は顔を見合わせる。

 仕方ないので、俺が真実を伝えることにする。


「非常に言いにくいんだけど……」

「どうしたのー?」

「未踏破領域、ムムムトの島よりも全然、危険だからな?」

「え?」

「金が儲かるってことは、それだけ敵が強いってことなんだよ……」

「ええっ!?」


 シイカが涙目になる。


「……軍隊アーミィゴリラよりも?」

「全然、強いと思うぞ」

「帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る――」


 シイカが泣き出した。


「私、ここから動かないからねっ!?」


 そう言って、シイカは帆柱マストにしがみついた。

 コアラみたいだ。


「良いんじゃないかなぁ……?」


 ツヅリが言う。

 確かに、帆柱に抱きついたシイカ自身は1ミリも動いていない。

 しかし、彼女を乗せた帆船はゆっくりと進んでいく。

 無慈悲むじひにも、未踏破領域へ向けて。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-43,510,203(日本円)

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