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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
162/204

新たな旅立ち。――EP.2

[The Pilgrims Begin.――EP.2]


 順調に行けば、来週には手術を受けられる。


「退院祝いに何か食べたいものはあるか?」


 帰り際、命に問う。


「兄さんと一緒に食べられるなら、なんでも」


 命は答えた。




「これはすごい船ができるぞ……」


 思わず言葉を漏らす。


 大地の樹(ツリィ・オブ・アース)、例の巨大な樹の天辺だ。

 【計画ザ・プロジェクツ】にログインすると、ムムムトが船を造っていた。


 上半身裸のムムムト。

 老いてなお隆々《りゅうりゅう》とした筋骨きんこつ

 玉の汗が吹き出す。


「せいっ!!」


 ハンマを振るう。

 俺たちが取り戻した工具の1つだ。

 それがミノを打つ。

 刃が樹に穴を穿うがつ。


「すごい船って、分かるの?」


 隣にいたツヅリが問う。


「造り方がおかしいだろ」

「そうなの?」

「あの爺さん、船をるつもりだ」

「うん?」

「普通の船の構造は知ってるか?」

「知らないなぁ」


 大雑把に説明する。


 木造船であれば、キールという1本の柱を用意する。

 別名、竜骨りゅうこつとも呼ばれる巨大な柱だ。

 そんな柱を中心にいくつも小さな柱を組み合わせ、板を張る。

 そうして巨大な船が出来上がる。


 鋼鉄の船であれば、幾つものブロックを溶接ようせつで繋げ合わせる。

 さながら立体パズルのように。

 そうしてタンカのような巨大船が出来上がる。


「この造り方だと必ず弱点ができる。どこだか分かるか?」

部品パーツの継ぎ目だね」

「ああ。話が早いな」


 これは船に限った話ではない。

 どんな物も、部品のつなぎ目はどうしても弱くなる。

 日常でも経験がある。


「だけど、ムムムトは船を彫ろう(・・・)としてる」


 彫刻と同じだ。

 彫刻は部品を組合わせるのではない。

 木材から余計な部分をそぎ落とす。

 だから、継ぎ目が無い。

 ムムムトは船の彫刻を造ろうとしていた。

 外洋がいようを航海できるほどの巨大船の彫刻だ。

 1つの船が、1つのパーツから出来上がるのだ。

 パーツが1つしか無いから、継ぎ目も無い。

 だから、弱点が無い。


 現実世界に帆船を掘り出せるほどの木材は無い。

 しかし、ここは【計画ザ・プロジェクツ】。

 山よりも大きな樹、大地の樹(ツリィ・オブ・アース)というオブジェクトが存在していた。

 だからこそ可能なのだ。


「この船なら、大渦を超えられそうだね」


 ツヅリが言う。

 未踏破領域に辿り着くには、大渦を超えなくてはならない。


 接合部が全くない船。

 しかも、その材質は、鉄よりもしなやかで硬い大地の樹。


「ああ。たいがいの荒波なら超えるだろうな」

たいがい(・・・・)の?」


 ツヅリはにやりと笑う。


「そうだったな……」


 ここは【計画】の世界。

 現実では起こり得ないことも起こる。

 俺の想像なんて簡単に超えるはず。


「だけど、平気だと思うよ」


 シイカは言う。


「まあ、この船ならな」

「ボクが言ってるのはそういうことじゃないけどね。分かる」


 隣からのぞき込むように俺の顔を見る。


「どういう意味だよ?」

「キミがいるからさ」


 どうも本気で言っているようでたちが悪い。

 その時だ。


「おじいちゃーん」


 やけに鼻にかかった甘ったるい声が聞こえた。


「ここに私専用の舞台ステージが欲しいなぁ。それから、私の部屋は普通の10倍の大きさにしてくれないかなぁー?」


 無茶な注文を付けてる歌姫が1人。


「おおーっ!! 良いとも、良いとも。シイカちゃんは可愛いのぉ」


 鼻の下を伸ばすムムムト。


「あ! そらから、それから、甲板デッキにはプールも作って欲しい!!」

「ぷーる?」

「泳ぐ場所だよ。水がいっぱい溜まってて」

「おお! 水浴みずあび場のことじゃな。任せんるのじゃ!!」


「エン」

「分かってる」


 止め無ければ。

 せっかくの船がボロボロにされかねない。


「爺さん、今のは全部、取り消しだ」

「ええー!?」


 分かりやすく膨れるシイカ。


「見てみろ」


 親指で背後を示す。


「え?」


 シイカが振り向く。

 彼女が目にしたのは、笑顔で立って居いるツヅリ。


「で、宣言:関数 急成長ラピッド・ベジテーション


 スミレが関数を呼び出す。

 瞬間、急激に生えるトゲだらけのいばら

 毒々しい紫色。

 植物なのにうねうねと動いている。


「う、うん……。キャンセルで良いかなぁ……」

「なんじゃ。つまらんのぉ……」


 ムムムトはしょぼくれる。


「爺さん。何か手伝えることはあるか?」


 俺が問う。

 しかし、


「無いのぉ。素人に手伝われるとかえって邪魔じゃ」


 素っ気なく断られる。


「未踏破領域はこんなもんじゃないぞ。今のうちに身体を休めておくのじゃ」


 その言葉を耳聡みみざとく聞きつけたシイカ。


「んんっ? バカンス!? バカンスしちゃうの!?」


 その時にはすでに、インベントリからサンベッドを取り出す。

 寝転がれる縦長のベンチ。

 よく海辺で金持ちがくつろいでるアレだ。

 【計画】にもそんなアイテムがあったのか。


「ひぇえ!? パリピーの匂いがするっ!!」


 スミレが錯乱していた。


「へぇ。最近、頑張ったし、たまには良いかもねぇ」


 ツヅリはいたずらっぽく笑う。


れるなよ? 宣言:関数 早業クイック・チェンジ――」


 ツヅリが関数を呼び出す。


「――華風かふう水着ビキニ


 瞬間、ツヅリの服が変わる。

 袴風の防具から、水着姿に。

 華柄のビキニだ。

 腰回りを覆うのは白い半透明のパレオ。

 すらりと伸びた脚の輪郭りんかくが浮かび上がる。


「どうかな?」


 はにかみながら問うツヅリ。

 しかし、そこに見え隠れする自身。

 こちらの答えは分かったうえで訊いている。


「ひゃ、ひゃー!?」


 スミレが顔を手のひらで覆う。

 その割には指の隙間が広い。

 鼻息も荒い。


「き、綺麗すぎますぅ……」


 シイカも溜め息をこぼす。


「うわぁ……。スタイル良いなぁ……」


「くふふっ」


 くすぐったそうに笑う。

 気を良くしたらしい。


「みんなの分もあるよ」


 インベントリから次々と水着を取り出す。


「あ。私はこれ」


 躊躇ためらいもぜずに黄色いビキニに飛び着くシイカ。


「う、うちはこれでぇ……」


 スミレが選んだのは、爪先から首元まで多いう縞模様の水着だ。

 囚人服しゅうじんふくみたいだ。


「それで良いの?」


 ツヅリが問う。


「は、はい……。み、皆様に見苦しい物をお見せするわけにはぁ……」

「スミレも可愛いと思うけどねぇ」


 ツヅリが言う。


「そ、そんな……」


 顔をそむけるシイカ。


「あ、キミはこれね」


 ツヅリが指差す。

 赤いふんどしだった。


「絶対に嫌だ」






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-43,250,388(日本円)


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