新たな旅立ち。――EP.2
[The Pilgrims Begin.――EP.2]
順調に行けば、来週には手術を受けられる。
「退院祝いに何か食べたいものはあるか?」
帰り際、命に問う。
「兄さんと一緒に食べられるなら、なんでも」
命は答えた。
◆
「これはすごい船ができるぞ……」
思わず言葉を漏らす。
大地の樹、例の巨大な樹の天辺だ。
【計画】にログインすると、ムムムトが船を造っていた。
上半身裸のムムムト。
老いてなお隆々《りゅうりゅう》とした筋骨。
玉の汗が吹き出す。
「せいっ!!」
ハンマを振るう。
俺たちが取り戻した工具の1つだ。
それがミノを打つ。
刃が樹に穴を穿つ。
「すごい船って、分かるの?」
隣にいたツヅリが問う。
「造り方がおかしいだろ」
「そうなの?」
「あの爺さん、船を彫るつもりだ」
「うん?」
「普通の船の構造は知ってるか?」
「知らないなぁ」
大雑把に説明する。
木造船であれば、キールという1本の柱を用意する。
別名、竜骨とも呼ばれる巨大な柱だ。
そんな柱を中心にいくつも小さな柱を組み合わせ、板を張る。
そうして巨大な船が出来上がる。
鋼鉄の船であれば、幾つものブロックを溶接で繋げ合わせる。
さながら立体パズルのように。
そうしてタンカのような巨大船が出来上がる。
「この造り方だと必ず弱点ができる。どこだか分かるか?」
「部品の継ぎ目だね」
「ああ。話が早いな」
これは船に限った話ではない。
どんな物も、部品のつなぎ目はどうしても弱くなる。
日常でも経験がある。
「だけど、ムムムトは船を彫ろうとしてる」
彫刻と同じだ。
彫刻は部品を組合わせるのではない。
木材から余計な部分をそぎ落とす。
だから、継ぎ目が無い。
ムムムトは船の彫刻を造ろうとしていた。
外洋を航海できるほどの巨大船の彫刻だ。
1つの船が、1つのパーツから出来上がるのだ。
パーツが1つしか無いから、継ぎ目も無い。
だから、弱点が無い。
現実世界に帆船を掘り出せるほどの木材は無い。
しかし、ここは【計画】。
山よりも大きな樹、大地の樹というオブジェクトが存在していた。
だからこそ可能なのだ。
「この船なら、大渦を超えられそうだね」
ツヅリが言う。
未踏破領域に辿り着くには、大渦を超えなくてはならない。
接合部が全くない船。
しかも、その材質は、鉄よりもしなやかで硬い大地の樹。
「ああ。たいがいの荒波なら超えるだろうな」
「たいがいの?」
ツヅリはにやりと笑う。
「そうだったな……」
ここは【計画】の世界。
現実では起こり得ないことも起こる。
俺の想像なんて簡単に超えるはず。
「だけど、平気だと思うよ」
シイカは言う。
「まあ、この船ならな」
「ボクが言ってるのはそういうことじゃないけどね。分かる」
隣から覗き込むように俺の顔を見る。
「どういう意味だよ?」
「キミがいるからさ」
どうも本気で言っているようで質が悪い。
その時だ。
「おじいちゃーん」
やけに鼻にかかった甘ったるい声が聞こえた。
「ここに私専用の舞台が欲しいなぁ。それから、私の部屋は普通の10倍の大きさにしてくれないかなぁー?」
無茶な注文を付けてる歌姫が1人。
「おおーっ!! 良いとも、良いとも。シイカちゃんは可愛いのぉ」
鼻の下を伸ばすムムムト。
「あ! そらから、それから、甲板にはプールも作って欲しい!!」
「ぷーる?」
「泳ぐ場所だよ。水がいっぱい溜まってて」
「おお! 水浴び場のことじゃな。任せんるのじゃ!!」
「エン」
「分かってる」
止め無ければ。
せっかくの船がボロボロにされかねない。
「爺さん、今のは全部、取り消しだ」
「ええー!?」
分かりやすく膨れるシイカ。
「見てみろ」
親指で背後を示す。
「え?」
シイカが振り向く。
彼女が目にしたのは、笑顔で立って居いるツヅリ。
「で、宣言:関数 急成長」
スミレが関数を呼び出す。
瞬間、急激に生えるトゲだらけの荊。
毒々しい紫色。
植物なのにうねうねと動いている。
「う、うん……。キャンセルで良いかなぁ……」
「なんじゃ。つまらんのぉ……」
ムムムトはしょぼくれる。
「爺さん。何か手伝えることはあるか?」
俺が問う。
しかし、
「無いのぉ。素人に手伝われるとかえって邪魔じゃ」
素っ気なく断られる。
「未踏破領域はこんなもんじゃないぞ。今のうちに身体を休めておくのじゃ」
その言葉を耳聡く聞きつけたシイカ。
「んんっ? バカンス!? バカンスしちゃうの!?」
その時にはすでに、インベントリからサンベッドを取り出す。
寝転がれる縦長のベンチ。
よく海辺で金持ちがくつろいでるアレだ。
【計画】にもそんなアイテムがあったのか。
「ひぇえ!? パリピーの匂いがするっ!!」
スミレが錯乱していた。
「へぇ。最近、頑張ったし、たまには良いかもねぇ」
ツヅリはいたずらっぽく笑う。
「惚れるなよ? 宣言:関数 早業――」
ツヅリが関数を呼び出す。
「――華風の水着」
瞬間、ツヅリの服が変わる。
袴風の防具から、水着姿に。
華柄のビキニだ。
腰回りを覆うのは白い半透明のパレオ。
すらりと伸びた脚の輪郭が浮かび上がる。
「どうかな?」
はにかみながら問うツヅリ。
しかし、そこに見え隠れする自身。
こちらの答えは分かったうえで訊いている。
「ひゃ、ひゃー!?」
スミレが顔を手のひらで覆う。
その割には指の隙間が広い。
鼻息も荒い。
「き、綺麗すぎますぅ……」
シイカも溜め息を零す。
「うわぁ……。スタイル良いなぁ……」
「くふふっ」
くすぐったそうに笑う。
気を良くしたらしい。
「みんなの分もあるよ」
インベントリから次々と水着を取り出す。
「あ。私はこれ」
躊躇いもぜずに黄色いビキニに飛び着くシイカ。
「う、うちはこれでぇ……」
スミレが選んだのは、爪先から首元まで多いう縞模様の水着だ。
囚人服みたいだ。
「それで良いの?」
ツヅリが問う。
「は、はい……。み、皆様に見苦しい物をお見せするわけにはぁ……」
「スミレも可愛いと思うけどねぇ」
ツヅリが言う。
「そ、そんな……」
顔をそむけるシイカ。
「あ、キミはこれね」
ツヅリが指差す。
赤い褌だった。
「絶対に嫌だ」
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総資産:-43,250,388(日本円)




