キミが最強になることを、今から証明しようか。――EP.7
[You'ill be invincible.――EP.7]
「勝ち筋は教えられないけど、勝ち筋を造るための道具はあげる。そういうこと」
そして、彼女は目を細める。
◆
翌日、【計画】にログインする。
しかし、迷宮には潜らなかった。
「しっかし、すごい人だな」
スカイツリーを超える巨木。
その根元に広がる迷宮都市ゲーテ。
日本サーバにおいて最も栄えた都市だ。
メインストリートの人込みは東京の中心部にも負けない。
大勢のNPCやプレイヤが行き交っている。
「深夜帯はもっと増えるけどね」
「これ以上に?」
「当然。日本サーバだけで300万人もプレイヤがいるんだよ? もちろん、|定期的にログインしてる人だけでね」
300万。
実に日本国民の約3パーセントだ。
「そいつら全員、犯罪者だな」
「500円を拾うのと変わらないからね」
ツヅリは言う。
道に落ちていたコインを懐に収めることだって厳密には犯罪だ。
【計画】のプレイも犯罪としては同じ部類。
いや。
【計画】はそれ以上かもしれない。
罰則が無いのだ。
300万もの人間が現在進行形で遊んでいる。
アカウントだけ持っている人間も含めれば1000万にも届くと言われている。
それらを全て裁くことなどできない。
しかし、政府は立場上、このゲームを合法と認めるわけにもいかない。
だから、一応は
「それは禁止ですよ」
とアナウンスしている。
アナウンスしているだけだが。
要するに建前なのだ。
「で、どこに行くんだっけ?」
「着いてからのお楽しみ」
「……だと思ったよ」
勿体ぶって驚かそうとする。
ツヅリの性格も段々と理解してきた。
ふと、彼女が立ち止まる。
それは小さな屋台だった。
油が張られた大きな鍋に、たこ焼きほどのきつね色の球体が浮んでいた。
「あ、おじさん。2人前」
ツヅリは茶色い硬貨を6枚ほど渡す。
「あいよっ!」
オジサンは威勢の良い返事と共に、球体を箸でつまみ上げる。
慣れた手さばきで。
葉っぱの容器に6つほど放り込む。
それを2セット。
ツヅリは受け取ると片方を俺に渡す。
「ん。おごり」
「何これ?」
「ポテチチ」
どうやら食べ物らしい。
この世界の独自料理か。
ツヅリは1つ口に放り込んで
「熱っ、……でも、おいひぃー」
と満足げな声を漏らす。
俺も試しに1つ齧ってみる。
「美味っ!」
「ほうへお!?」
ツヅリが迫る。
「よせ。食べながら喋るな」
ちなみに、
「そうでしょ!?」
と言いたかったらしい。
しかし、これは美味い。
例えるなら、揚げ餅が近いか。
現実世界でも廃棄されたモチで作ったことがある。
カリカリの外側を食い破ると、中からトロリとしたモチが溢れだす。
塩を振っただけで無限に食べられた。
ただ、このポテチチという食べ物はそれ以上かもしれない。
基本は揚げ餅だが(米を使っているかは不明。ここは【計画】の中なので)、その周囲を薄切りの肉(何の肉かは不明)で巻いてある。
つまり、揚げ餅の外側にさらにもう1層、香ばしい旨味の層が存在する料理。
それがポテチチ。
美味くないはずがない。
だから、
「返すよ。悪いな」
残りをツヅリに渡す。
「……口に合わなかった?」
「いや。美味かったよ。だから、俺だけ食うのも悪いと思ってな」
家で待つ命の顔が浮んだ。
「ふーん」
今の一言で、だいたいの理由は察したらしい。
それ以上訊かないのは、リアルの詮索がモラルに反するから。
「でもさ、キミがここで食べても、誰かさんには分からないよね?」
ポテチチを串で刺しながらツヅリは言う。
「俺には分かるだろ」
「ふふっ。キミ、面倒な性格してるねぇ」
「ほっとけよ」
「嫌いじゃないけどね。えい」
完全に不意を突かれた。
串に刺さったポテチチを、ツヅリが俺の口に押し込んだのだ。
「なっ――」
まさか食べ物を吐き出すわけにもいかず、仕方なく呑み込む。
それでもポテチチは美味かった。
抗議の声を上げようとするが、
「ボクのせいにして良いから」
そう言われては、言い返す言葉も無い。
「悪いな」
気を遣わせて。
「ボクの方こそごめんね。だけど、勿体ないと思ってさー」
ツヅリは言う。
「何が?」
「食べ納めになるかもしれないし」
「どういう意味だよ?」
「教えない」
そんな不穏な言葉を残し、俺たちは目的地に到着した。
メインストリートから細い路地に入った、やや人気の少ない場所だった。
「ここは?」
赤々と燃え盛る炉が一基。
それから金床と水桶。
壁面には、大きさ別に分けられて、整然と吊るされた工具類。
「見ての通り工房だよ」
「客かー!?」
その時、奥の部屋から職人と思わしき人物が姿を現す。
年季の入ったつなぎの上からでも分かる盛り上がった筋肉。
頭にはハチマキのようなバンドを巻いている。
オジサンと呼ぶには若いが、お兄さんにしては老けている。
そんな年齢か。
「お! ツヅリじゃねえか!?」
やたらとでかい声で喋る。
彼はNPCなのか、プレイヤなのか。
【計画】の世界はどこまでも精緻。
見た目から判断することは不可能。
そんな俺の疑問にツヅリが気づく。
「この人はノォムさん。生まれも育ちもこのゲーテだよ。鍛冶一筋30年」
俺にだけ伝わるニュアンスでツヅリは言う。
生まれも育ちも、ということはNPCか。
「まあな」
へへっ、と鼻の下を指でこするノォム。
悪い人では無さそうだが。
「ま、腕は3流だけどね」
「おい! 言って良い冗談が有るだろうがよぉ!」
「……冗談?」
「てめっ!」
ノォムさんが凄む。
「きゃー」
ツヅリは、そんな微塵も怖がっていない悲鳴を上げて、俺の背後に回ると、
「こわーい」
などと言う。
白々しい。
圧倒的に強いくせに。
「ご新規さん連れてきたから許してよー」
「仕方ねえな……。兄ちゃんに免じて許してやるよ。で、アンタは何が欲しい?」
「えっと……」
戸惑っていると、背中に引っ付いていたツヅリが言う。
「素材。出して」
「……あ、ああ。これを頼む」
インベントリから素材を取り出す。
ゲーテの大迷宮1層で倒した敵が落としたモノだ。
「おおっ! 良いじゃねえか! 編隊刃虫の翅か。…………こっちは唸音蛙。うん? 削虫の甲殻に、それから、毒藻蝲蛄も有るな。お前さんが仕留めたのか? なかなかやるじゃないか」
素材の山を前にして、子どものようにはしゃぐノォム。
「なるほど。強くなるって、こういうこと……」
つまり、手に入れた素材で装備を整えるということ。
「1層とは言えゲーテの大迷宮。今のキミの装備より数段はマシなのができるよ」
それは楽しみだ。
「ツヅリがわざわざ連れてきたってことは、凄腕なんだろ?」
すると、ツヅリは俺の耳に口を寄せた。
一瞬、距離の近さに身構える。
彼女は素材を吟味するノォムさんには聞こえないように囁く。
「言ったじゃん。ド三流だって」
「は?」
「その辺のプレイヤの方が遥かに良い仕事するよね」
「……今からでも別の工房に行かない?」
「だけど、ある特定の条件では圧倒的な仕事をする」
「条件?」
「うん。「ゲーテの大迷宮の浅層で採れた素材だけで武具を造る」かな」
「ピーキィだな」
「まあね。ボクの考察なんだけど、彼は生まれも育ちもこの街なんだよね」
「そういう設定らしいな」
「うん。だから、この周辺で採れる素材は扱い慣れてるんだと思うよ。きっと、子どもの頃から使ってるから」
「……偶然じゃねえの?」
「それが、似たような現象がかなり在るんだよね……。パラメータは貧弱なのに、街周辺の動的対象《MOB》にだけはやたらめったら強いNPCとか」
「馬鹿げてる……」
経験によって能力に違いが生じる。
それはつまり、NPC1人1人に人生が在るということ。
この街ですれ違った膨大な数のNPCに。
「……【計画】って、何なんだよ?」
「文字通り、【課題】なんでしょ?」
耳元でツヅリの笑い声。
その息がうなじをくすぐる。
思わず背筋が伸びた。
「ツヅリ。何か知ってるのか?」
しかし、その答えを聴けなかった。
ノォムが死んだ目で俺を見ていたから。
「あのさぁ。神聖な鍛冶場でいちゃつくの、止めてもらっても良いかな?」
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総資産:93,881(日本円)




