船舶をつくろう!!――EP.20
[Let's Build The Ship!!――EP.20]
「やあ。勝ったよ」
目が合うと、ツヅリは笑った。
◆
「不景気だなぁ……」
コンソールを開いて、ツヅリはそんなことを言う。
そこには1本のログ。
[>>> blue-gem dragon defeated. 1,323,445.08(JPY) aquired]
つまり、
「青い宝石の竜を撃破。約132万円を獲得」
という意味だ。
「これじゃあ、赤字だねぇ」
ツヅリは言う。
「勝っただけけで十分すぎるだろ」
強敵だった。
ツヅリは3億円プレイヤ。
そのの一撃を無傷で受けたのだ。
能力値で言えば、間違いなく最強格。
しかし、終始ツヅリが優勢のまま決着がついてしまった。
これに関してはツヅリが強すぎた。
【魔王】の能力が優秀だった。
「とにかく、これで工具は4つ集まったね」
「ああ」
「だけど、工具は?」
あるのは竜の死骸だけ。
工具はどこにも見当たらない。
「あれ? 倒した敵、間違えた?」
「合っておるのぉ」
答えたのはムムムトだった。
「爺さん。いつの間に?」
「最初からじゃ。遠くから見ておった。まさか勝ってしまうとはのぉ……」
竜の死骸を眺めながら、彼は言葉を漏らす。
「爺さん。だけど、工具が無いんだよ」
「工具ならその竜に呑み込まれたんじゃよ……」
踏んだり蹴ったりだな。
「……ってことは、この死体を解剖するのか」
この硬い死骸。
これは骨が折れる。
「なに。そのくらいならワシが捌くかのぉ」
ムムムトはノコギリを見せる。
辰金の鋸。
しかし、ノコギリといえども竜を切るのは難しいのでは。
「竜を倒してもらったんじゃ。このくらいはワシに任せてくれんか? 1晩もあればどうにかなるじゃろ」
◆
翌日、【計画】にログインする。
俺たちが目にしたのは、腹を開かれた竜だった。
「竜の開きじゃ」
近くの木陰で休んでいたムムムトは言う。
「アジの開きみたいに言うなよ……」
開かれた腹からは臓物が溢れだしていた。
「一晩かかったのぉ……」
そう言って、ムムムトは額の汗を拭う。
竜の身体は尋常ではない硬さ。
辰金の工具をもってしても、並大抵ではない。
「これ、鳥じゃないか……?」
あふれた臓物を眺めながら俺は呟く。
それにしてもリアルな臓物だ。
他のVRMMOなら修正が入るらしい。
流石は非合法。
「それで、爺さん。工具は?」
「この中のはずじゃあ」
ムムムトが1つの臓器をアゴで指す。
他の臓器に比べて、やたらと色が黒い。
筋張った内臓だ。
「心臓?」
ツヅリが問う。
「いや。違う。これは……」
竜の臓器。
なぜか既視感があった。
当然、見たことなんてあるはずがないのに。
その正体に気付く。
「砂肝だろ」
「砂肝?」
「ああ。この竜、身体の構造が鳥に似てるんだよ」
それが既視感の正体だった。
「よく分かったのぉ……」
ムムムトが感心する。
「スナギモって、焼き鳥にすると美味しいアレ?」
シイカが問う。
「ああ。アレだな」
「なんで、砂肝の中に工具があるの?」
「見ておれば分かる」
そう言いながら、ムムムトがその臓器の入口に手を突っ込む。
「……んんっ? おお! あったぞ!!」
その中から石塊を引きずり出した。
血まみれになった、長方形の石だ。
「最後の工具。砥石じゃ!!」
それを掲げるムムムト。
「あ、それで呑み込まれたのか……」
なるほど、とツヅリも頷いている。
「なんでー?」
シイカが言う。
「シイカ。このドラゴン、歯が無いだろ?」
「あ、本当だ。これ、クチバシだね。鳥みたい」
「ああ。鳥と一緒だ」
「でも、それだとどうして砥石を呑み込むの?」
「歯が無いと噛めないだろ?」
「あ、そうだ。噛めないじゃん!」
鳥や、この竜には歯が無い。
では、どうやって食物を噛 《か》み砕くのか。
その答えが砂肝だ。
「砂肝の中には小石が入ってるんだ。飲み込んだ食べ物は、その小石ですりつぶすんだよ」
つまり、小石が歯の代わりなのだ。
「すごっ。でも、どうして身体の中に小石があるの?」
「飲み込むんだよ」
「飲むの!?」
「ああ。飲み込む。で、この砥石も飲み込まれたんだろうな」
それが、竜の内臓から砥石が見つかった理由だ。
鳥は恐竜から進化したと言うが。
ドラゴンとも近しい関係なのか。
【計画】の世界観が分からない。
「ふむ。ツヅリちゃん。その刀を貸しおくれ」
「えー」
露骨に嫌そうな顔をするツヅリ。
俺を半殺しにしたことを、未だに根に持っているらしい。
「心配いらん。悪いようにはせんから」
「壊したら吊るすから」
そんな物騒な言葉を吐きながら、ツヅリは刀を渡す。
三代目マサツグ。
かなりのレアアイテムだ。
受け取ったムムムトは、その刃を砥石に当てる。
そして、懐から容器を取り出すと、それを砥石にかけた。
どろりとした赤い液体。
「それは?」
「竜の血じゃ」
「え?」
「知らんのか? 竜の血で研ぐと、金属は強くなる。」
「どういう原理だろ?」
耳元でツヅリが囁く。
「さあ……?」
化学反応によって表面に薄い膜を張るのか。
例えば、アルミ。
表面に酸化物の薄膜で覆うことで硬くなる。
竜の血液にも同じ作用があるのか。
ムムムトが砥石の上で刀を滑らせる。
しゃららん、と美しい音色。
「んんっ!? 今の音、めちゃくちゃ良くない!?」
反応したのはシイカ。
ムムムトが刃を研ぐ。
そのたびに澄んだ音が響く。
そこには単純だけどリズムがあった。
シイカが宣言する。
「1曲歌います!! しばしも休まずつち打ちひびき。飛び散る火花よ――」
童謡?
しかし、ムムムトも興が乗ったらしい。
歌に合わせて刀を研ぐ。
最初の音楽は、こうやって生まれたのだろうか。
そんなことを思う。
シイカが歌い終わること、刀は研ぎ上がった。
「ほれ」
ツヅリがその刀を受け取る。
「綺麗……」
ツヅリがそんな言葉を零すほど。
研ぎ上がった刀は、より一層、澄んでいた。
鏡のように顔を映すほど。
「確かに、綺麗だ」
「うん。ボクの顔がはっきり写ってる。綺麗だね……」
「お前、マジかよ……」
綺麗って、自分の顔が。
「ほれ。試し切りしてみんさい」
ムムムトが拾った小石を放る。
放物線を描く小石。
一閃。
刃が走る。
まるで抵抗もなく、石ころを一刀両断。
ムムムトがその片割れを拾い上げる
滑らかな切り口。
「むぅ……。ここまで切れ味が良くなるとは思わなんだ……」
研いだ本人が驚いている。
「シイカちゃんの歌のおかげかのぉ……」
「え、本当!? 私の歌のそんな効果が!?」
えっへっへ、と笑い始めるシイカ。
歌のリズムが研ぎに良い影響を及ぼした。
そんなことも意外にあるのかもしれない。
ムムムトは鼻を鳴らす。
「これで造れるのぉ……」
「造るって何を?」
とぼけたことを訊くのはシイカだった。
「忘れたのかよ?」
腕をまくりながらムムムトは応えた。
「船じゃよ!!」
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総資産:-43,199,184(日本円)




