船舶をつくろう!!――EP.6
[Let's Build The Ship!!――EP.6]
「だ、大丈夫です……」
しかし、スミレは言った。
「は、生える毒でいきます……」
「「「生える毒?」」」
聞いたことがない。
「こ、これは、う、うちの母親の発言から思いついた植物です……」
「どんな発言だよ?」
それはそれは恐ろしい発言です、と前置きしてからスミレは言う。
「……す、スイカの種を食べると、お腹で育って、おへそから芽が出るよって」
「え?」
どういうこと?
しかし、
「あ、それ、ボクも言われた。小さいころ」
「私も!!」
ツヅリとシイカが答える。
何それ。
そんなに全国的に知られてる事象なの。
聞いたことが無い。
「エンは言われなかった?」
「いや、うち、母親がいないから……」
「あ、そっか」
「と、とにかく、こちらがその種です……」
スミレがインベントリから種を具現化する。
黒い小粒の種。
つやつやと光っている。
「い、生きている動物の肉でしか育たない植物ですぅ……」
「お、おう……」
「成長するにつれて、根から毒を出します……」
「ええぇ……」
生物の身体でしか生きられないのに、その生物を殺してしまう。
生命として欠陥品なのではないか。
いずれにせよ、殺意が高い。
「そんな植物、なんのために?」
「そ、それはぁ……」
えへへ、と恥ずかしそうに笑うスミレ。
「悪い。愚問だったな」
パリピーを殺すためか。
「さ、さあっ! 植えに行きましょう!!」
◆
再び、例の洞窟の中。
相も会わらず、巨大な魚は佇んでいた。
何をするでもなく、闇の中、海水に洗われている。
圧倒的な耐久を備えた不死の魚。
「じゃ、じゃあ、行ってきます……」
スミレは小舟から跳んだ。
魚の上に飛び移る。
撃退者ではないと言え、4000万円級のプレイヤ。
このくらいは訳もない。
彼女が手にしたのはスコップだった。
金色に輝く曲線美。
豊穣の円匙
優秀な基本性能に加えて、それで植えた植物の成長を促すという機能を備えている。
「えいっ」
躊躇いはなかった。
その鋭利な先端で、魚の肉を掘る。
しかし、魚は動じない。
巨大な魚にとって、わずか30センチの穴など傷とも呼べないのか。
スミレがその穴に種を植える。
傷はすぐさま再生。
体内に種を残したままで。
スミレは同じことを繰り返す。
穴を掘る。
種を埋める。
そして、また穴を掘る。
傍からは畑作業にしか見えない。
それが巨大魚の上で行われていることを除けば。
やがて、準備が整ったらしい。
スミレが舟に戻る。
軽やかな着地。
小舟を中心に、かすかに波紋がた立つ。
「い、行きます……。宣言:関数 急成長!」
不死の魚のぬめった背中が、緑の草原に変わる。
草原と言うより、ネギ畑と言った方が正確か。
ネギ、ネギ、ネギ。
生えては茂るネギのような植物。
わずか1分弱。
魚の背中にネギの森が完成する。
しかし、
「き、きかないです……」
魚は動じない。
相も変わらず、
口を半分開いて、間抜けな顔を晒している。
「ま、まだです。宣言:関数 肥沃化」
それは土壌を改良する関数だ。
植物の成長を促進する。
今回の土壌は生きた魚なのだが。
しかし、効果はあったらしい。
さらに激しく、ネギが生える。
爆発的な成長具合。
その時だ。
不死の魚がぶるりと巨体を震わせた。
効いているのか。
スミレが妖しく笑う。
「う、植えますよぉ……」
スコップを突き刺す。
掘っては埋め、掘っては埋め。
さらに種を撒く。
背びれを中心に、ネギが茂っていた。
遠目には巨大なブロッコリィのようだ。
あれが全て毒を吐いているのか。
しかも、増殖を続けている。
怪魚がいくら毒に強くても、膨大な量の毒を注入し続ければいずれは死ぬ。
その時だ。
怪魚が身体を捻る。
海水が持ち上げられ、巨大な波が押し寄せた。
小舟は波の先端で弾き飛ばされる。
いとも簡単に空中へ投げ出された。
ゆるやかに回転。
もはや、船体は真横に倒れていた。
「エン!」
「あいよ」
短剣を抜く。
「宣言:関数 早業」
短剣を投げる。
指から離れる直前、それは巨大な剣に変化。
巨大な剣が高速で飛んでいく。
反動で、逆向きの力が生じる。
作用反作用の法則だ。
舟は体勢を戻す。
水面に軟着陸。
飛沫の向こう。
笑うツヅリ。
「すっかり元通りだね」
彼女は言う。
「まあな」
「また泣いても良いんだよ? ボクの胸で」
「記憶に無いな」
本当に無い。
「あ! スミレがいないよ!?」
その時、シイカが叫ぶ。
海水の中、苦しそうにのたうち回る怪魚。
毒が効いているらしい。
しかし、魚の背中に乗っていたスミレの姿が無い。
海中に引き込まれたら不利か……。
「いや。いたぞ!」
洞窟の壁面だ。
松のような植物を生やし、その枝に避難していた。
毒は効いているらしい。
魚は暴れまわっていた。
揺れ続ける地面。
天井は崩れて降り注ぐ。
激しく波打つ海は、もはやどこが水面か分からない。
舟は何の役割もはたしていなかった。
その時、ツヅリが関数を呼び出す。
「宣言:関数 石灰華柱」
直後、洞窟の壁面から無数の柱が伸びた。
鍾乳石だ。
それが縦横無尽に伸びる。
壁面や天井を支える。
即席の耐震工事。
揺れが収まる。
しかし、魚はまだ暴れ続けていた。
「……いや。ダメだ」
自らの身体を壁面にぶつける巨大魚。
その度に、身体の表面がこそげ落ちる。
生い茂った毒草も一緒に。
いつの間にか、森のように茂っていたネギは半分以下に減っていた。
松の上に避難したスミレ。
彼女も気付いているらしい。
枝にしがみつきながら、魚を見つめていた。
「なあ、ツヅリ……」
「どうしたの?」
「このままだとスミレ、負けないか?」
「奇遇だね。ボクも同じことを訊こうとしてた」
目線を合わせて頷く。
考えていることは同じか。
「お願いしても良い?」
「ああ」
工具集めは失敗に終わるかもしれない。
それでもスミレを失うわけにはいかない。
彼女は手練れのプレイヤだ。
スミレほどの建築者はなかなか見つからない。
俺は短剣を抜く。
「スミレを助けてくる」
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総資産:-42,942,401(日本円)




