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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
133/204

俺、貧乏で良かった……。――EP.11

[I Am Poor...and Good!! ――EP.11]


 先読みを使えるようになって互角だと思っていた。

 しかし、ムムムトはさらにその先を行っていた。

 自分が成長してようやく気付けた。

 冷や汗がこめかみを伝う。

 ムムムトは笑う。


「お主ではワシには勝てんよ」


 知っている。

 そんなことは知っている。

 しかし、今までの人生、勝てそうな敵だった試しがあるか。


 親がいないこと。

 金が無いこと。

 【計画】なんてゲームのせいで、ずっと不況が続いていること。

 どうしようもないことばかり。


「俺はずっと、お前より強い敵と戦ってきた」

「ほう?」

「金が要る」


 だから、考えろ。

 こんな人工知能1匹につまずいている場合じゃない。


「金が要るッ!」

「愚かなり。エン」

「ほざけっ!!」


 何も知らないくせに。


 蹴りがくる。

 腕を上げて受ける。

 しかし、蹴りは来ない。

 代わりに、がら空きの腹に拳がめり込む。


「エン!」

「エンさん……!」

「エンくん!!」


「……大丈夫」


 寸前で後ろに跳んだ。

 致命傷は避けた。


 しかし、フェイントか。

 これが厄介だ。

 先読みが通じない。

 むしろ、生半可に動きが察知できるので、身体が勝手に反応してしまう。

 結果、隙が生じるのだ。


 考えろ。

 どうすれば勝てる。

 考えろ。

 加速する思考。

 熱い。

 考えろ。

 脳が熱い。

 考えろ。


「……あ」


 そもそも先読みとは何か?

 未来予知ではない。

 それはもう超能力。

 オカルトの類だ。


 呼吸や視線、姿勢や重心。

 全身の筋肉の力の入り方。

 そうした情報に先の行動を予測しているのだ。


 そして、ムムムトはそんな微妙な動きすら制御できる。

 敢えて俺が錯覚するように、かすかに身体を動かすのだ。

 あるいは、息遣いや視線を乱すのだ。

 だから、間違った予測をしてしまうのだ。

 それがフェイントの正体。

 ならば、


「宣言:関数 黙劇パントマイム――」


 それは原典:道化師の関数だ。

 プロ並みのパントマイムができるという関数。

 原理は簡単。

 使用者にしか見えない物体が出現する。

 例えば、壁。

 そして、プレイヤはその壁を触るだけで完璧なパントマイムができる。

 使用者以外にその壁は見えていないのだから。

 完全にギャグ。

 ネタ関数だ。

 それが、こんな場面で役に立つとは。


「――引数アーギュメント殺陣ステージ・ファイティング


 指定したパントマイムの種類は殺陣。

 つまり、見えない何者かに殴られて、蹴られて、笑いを誘う道化どうけ

 ムムムトの隣にのっぺりとした人形が出現する。

 そのマネキンがファイティングポーズを取る。

 俺にしか見えない幻の人形だ。


「お主、何をした……?」


 ムムムトの表情が曇る。

 当然だ。

 俺は今、ムムムトとマネキンの2人の敵と戦っている。

 2人の敵に注意が向いている。

 しかし、マネキンは俺にしか見えない。

 ムムムトからしたら、俺の注意がどこに向いているか分からない。

 何が起きているか分からないはずだ。

 結果、先読みは使えない。


「フェイントだよ。身についたな。一瞬で」


 踏み込む。

 短剣を突きこもうとした寸前、マネキンが蹴りを繰り出す。

 俺がそれを避ける。


「なっ」


 ムムムトが驚愕で目を見開く。

 完全に突きが来ると予想していたらしい。

 しかし、寸前で俺は攻撃を止めた。

 マネキンの蹴りを避けるためだ。

 ただ、マネキンが見えないムムムトからしたら、何が起きたか分からない。

 だから、虚を突かれる。

 それがフェイントとして作用した。

 一瞬の隙。

 短剣を払う。

 切っ先がムムムトの胸を撫でる。

 しかし、浅い。

 ボサボサのひげを数本、刈り取る。

 さらに、


「宣言:関数 物真似イミテーション


 つまり、モノマネ。

 誰かの動きを真似することで笑いを取る行為。

 関数の効果としては、事前に登録した誰かの行動を再現する。

 もちろん、物理的に不可能な動きや、自分の能力値では不可能な挙動も再現できない。

 あくまでネタ関数;。


 しかし、この物真似。

 重要なのは身体が勝手に動くということ。

 つまり、俺の意思は介在しない。

 だから、先読みもできない。


「あ、ボクだ!!」


 俺が再現したのはツヅリの踏み込み。

 ゲーテの大迷宮から何度も目にした。

 もちろん、全力の踏み込みではない。

 俺の能力値では再現できないから。

 しかし、十分な速度。

 気付いた時には、目の前にムムムトがいた。

 短剣を振るう。

 さらに多くのひげを刈り取る。


「……エン。お主、無心の境地にまで?」

「へえ。無心の境地って言うの? コレ」


 確かに何も考えていない。

 関数が勝手に身体を動かすから。


「宣言:関数 早業 冬の訪れ(ウィンター・フォール)


 白銀の槍を呼び出す。

 手持ちの武器の中では一番の高性能。

 これなら、ムムムトにも届く。

 勝ち筋は見えた。

 

 関数:黙劇を使った強制フェイント。

 関数:物真似を使った意思を省いた挙動。

 ムムムトは対応しきれていない。

 このまま押し込む。

 上段の突き。

 しかし、寸前でマネキンが割り込む。

 その拳を払う過程で槍の軌道が変化。

 切り下げに変わる。


「っし!」


 うまい具合にフェイントが絡んだ。

 この一撃は防げまい。

 交錯する視線。

 地面を蹴る。

 その勢い。

 全体重。

 腕の力。

 全てを切っ先、ただ1点へと集約。

 刃はムムムトへ伸びる。

 その時だった。


 すっ……。


 ムムムトの腕が静かに動いた。


 高速の斬撃。


 刃の側面を、彼の無骨な指がそっと押した。


 槍の軌道が逸れる。


 空を切る。


 この一瞬が異様に長く感じた。


 しかし、驚愕も一瞬。


 後ろに跳ぶ。

 と、同時に


「宣言:関数 物真似」


 身体が勝手に動く。

 ツヅリの動きをなぞる。

 意思の介在しない踏み込み。

 先読みはできない。

 勢いのままにムムムトを突く。


「甘いッ!」


 しかし、蹴りが一閃。

 ムムムトのつま先が柄を捉えた。

 穂先は宙を突く。


「……お主、それ、同じ動きしかできんじゃろ?」


 ムムムトが問う。

 その通りだ。

 しかし、幾つかパターンはあった。

 それがこの短時間で見抜かれるとは。

 さらに、彼は目を細める。


「むぅ……」


 鋭い眼光で周囲を見渡す。

 そして、ありえないことをつぶやく。


「誰かおるのぉ……」


 見えるはずがない。

 黙劇で生み出した物体は使用者にしか見えない。

 しかし、ムムムトは勘づいている。


 そうか。

 俺の反応を見て、そこからマネキンの存在を推測したのか。

 確かに、先読みができるならそれも可能か。


「あっはっは」


 笑いがこぼれる。


 勝ったと思った。

 しかし、俺のわずかばかりの優位はもう消えてしまった。


「こんなばっかりだな……」


 食べ物を手に入れれば年上の孤児に奪われて、

 金を稼いだと思ったらチンピラに巻き上げられる。

 【計画】で生計を立てる目途がついたと思えば、強盗にめいを刺される。


「こんなんばっかりだよッ!!」


 視線を横に向ける。

 ツヅリが俺を見ていた。

 真っすぐに見ていた。


「あれをやる」


 5文字。

 口早にそれだけを伝える。


「本当にやるの?」


 なんて野暮なことは訊かない。

 ツヅリは俺の決意を知っている。

 ただ、静かに頷いた。






—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-42,890,911(日本円)


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