俺、貧乏で良かった……。――EP.11
[I Am Poor...and Good!! ――EP.11]
先読みを使えるようになって互角だと思っていた。
しかし、ムムムトはさらにその先を行っていた。
自分が成長してようやく気付けた。
冷や汗がこめかみを伝う。
ムムムトは笑う。
「お主ではワシには勝てんよ」
知っている。
そんなことは知っている。
しかし、今までの人生、勝てそうな敵だった試しがあるか。
親がいないこと。
金が無いこと。
【計画】なんてゲームのせいで、ずっと不況が続いていること。
どうしようもないことばかり。
「俺はずっと、お前より強い敵と戦ってきた」
「ほう?」
「金が要る」
だから、考えろ。
こんな人工知能1匹に躓いている場合じゃない。
「金が要るッ!」
「愚かなり。エン」
「ほざけっ!!」
何も知らないくせに。
蹴りがくる。
腕を上げて受ける。
しかし、蹴りは来ない。
代わりに、がら空きの腹に拳がめり込む。
「エン!」
「エンさん……!」
「エンくん!!」
「……大丈夫」
寸前で後ろに跳んだ。
致命傷は避けた。
しかし、フェイントか。
これが厄介だ。
先読みが通じない。
むしろ、生半可に動きが察知できるので、身体が勝手に反応してしまう。
結果、隙が生じるのだ。
考えろ。
どうすれば勝てる。
考えろ。
加速する思考。
熱い。
考えろ。
脳が熱い。
考えろ。
「……あ」
そもそも先読みとは何か?
未来予知ではない。
それはもう超能力。
オカルトの類だ。
呼吸や視線、姿勢や重心。
全身の筋肉の力の入り方。
そうした情報に先の行動を予測しているのだ。
そして、ムムムトはそんな微妙な動きすら制御できる。
敢えて俺が錯覚するように、微かに身体を動かすのだ。
あるいは、息遣いや視線を乱すのだ。
だから、間違った予測をしてしまうのだ。
それがフェイントの正体。
ならば、
「宣言:関数 黙劇――」
それは原典:道化師の関数だ。
プロ並みのパントマイムができるという関数。
原理は簡単。
使用者にしか見えない物体が出現する。
例えば、壁。
そして、プレイヤはその壁を触るだけで完璧なパントマイムができる。
使用者以外にその壁は見えていないのだから。
完全にギャグ。
ネタ関数だ。
それが、こんな場面で役に立つとは。
「――引数:殺陣」
指定したパントマイムの種類は殺陣。
つまり、見えない何者かに殴られて、蹴られて、笑いを誘う道化。
ムムムトの隣にのっぺりとした人形が出現する。
そのマネキンがファイティングポーズを取る。
俺にしか見えない幻の人形だ。
「お主、何をした……?」
ムムムトの表情が曇る。
当然だ。
俺は今、ムムムトとマネキンの2人の敵と戦っている。
2人の敵に注意が向いている。
しかし、マネキンは俺にしか見えない。
ムムムトからしたら、俺の注意がどこに向いているか分からない。
何が起きているか分からないはずだ。
結果、先読みは使えない。
「フェイントだよ。身についたな。一瞬で」
踏み込む。
短剣を突きこもうとした寸前、マネキンが蹴りを繰り出す。
俺がそれを避ける。
「なっ」
ムムムトが驚愕で目を見開く。
完全に突きが来ると予想していたらしい。
しかし、寸前で俺は攻撃を止めた。
マネキンの蹴りを避けるためだ。
ただ、マネキンが見えないムムムトからしたら、何が起きたか分からない。
だから、虚を突かれる。
それがフェイントとして作用した。
一瞬の隙。
短剣を払う。
切っ先がムムムトの胸を撫でる。
しかし、浅い。
ボサボサのひげを数本、刈り取る。
さらに、
「宣言:関数 物真似」
つまり、モノマネ。
誰かの動きを真似することで笑いを取る行為。
関数の効果としては、事前に登録した誰かの行動を再現する。
もちろん、物理的に不可能な動きや、自分の能力値では不可能な挙動も再現できない。
あくまでネタ関数;。
しかし、この物真似。
重要なのは身体が勝手に動くということ。
つまり、俺の意思は介在しない。
だから、先読みもできない。
「あ、ボクだ!!」
俺が再現したのはツヅリの踏み込み。
ゲーテの大迷宮から何度も目にした。
もちろん、全力の踏み込みではない。
俺の能力値では再現できないから。
しかし、十分な速度。
気付いた時には、目の前にムムムトがいた。
短剣を振るう。
さらに多くのひげを刈り取る。
「……エン。お主、無心の境地にまで?」
「へえ。無心の境地って言うの? コレ」
確かに何も考えていない。
関数が勝手に身体を動かすから。
「宣言:関数 早業 冬の訪れ」
白銀の槍を呼び出す。
手持ちの武器の中では一番の高性能。
これなら、ムムムトにも届く。
勝ち筋は見えた。
関数:黙劇を使った強制フェイント。
関数:物真似を使った意思を省いた挙動。
ムムムトは対応しきれていない。
このまま押し込む。
上段の突き。
しかし、寸前でマネキンが割り込む。
その拳を払う過程で槍の軌道が変化。
切り下げに変わる。
「っし!」
うまい具合にフェイントが絡んだ。
この一撃は防げまい。
交錯する視線。
地面を蹴る。
その勢い。
全体重。
腕の力。
全てを切っ先、ただ1点へと集約。
刃はムムムトへ伸びる。
その時だった。
すっ……。
ムムムトの腕が静かに動いた。
高速の斬撃。
刃の側面を、彼の無骨な指がそっと押した。
槍の軌道が逸れる。
空を切る。
この一瞬が異様に長く感じた。
しかし、驚愕も一瞬。
後ろに跳ぶ。
と、同時に
「宣言:関数 物真似」
身体が勝手に動く。
ツヅリの動きをなぞる。
意思の介在しない踏み込み。
先読みはできない。
勢いのままにムムムトを突く。
「甘いッ!」
しかし、蹴りが一閃。
ムムムトのつま先が柄を捉えた。
穂先は宙を突く。
「……お主、それ、同じ動きしかできんじゃろ?」
ムムムトが問う。
その通りだ。
しかし、幾つかパターンはあった。
それがこの短時間で見抜かれるとは。
さらに、彼は目を細める。
「むぅ……」
鋭い眼光で周囲を見渡す。
そして、ありえないことを呟く。
「誰かおるのぉ……」
見えるはずがない。
黙劇で生み出した物体は使用者にしか見えない。
しかし、ムムムトは勘づいている。
そうか。
俺の反応を見て、そこからマネキンの存在を推測したのか。
確かに、先読みができるならそれも可能か。
「あっはっは」
笑いが零れる。
勝ったと思った。
しかし、俺のわずかばかりの優位はもう消えてしまった。
「こんなばっかりだな……」
食べ物を手に入れれば年上の孤児に奪われて、
金を稼いだと思ったらチンピラに巻き上げられる。
【計画】で生計を立てる目途がついたと思えば、強盗に命を刺される。
「こんなんばっかりだよッ!!」
視線を横に向ける。
ツヅリが俺を見ていた。
真っすぐに見ていた。
「あれをやる」
5文字。
口早にそれだけを伝える。
「本当にやるの?」
なんて野暮なことは訊かない。
ツヅリは俺の決意を知っている。
ただ、静かに頷いた。
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総資産:-42,890,911(日本円)




