俺、貧乏で良かった……。――EP.7
[I Am Poor...and Good!! ――EP.7]
それからしばらく、彼女はぶつぶつと何かをつぶやいていた。
「……お、おい。綴?」
「勝てるかもしれない……」
綴はそんなことを言う。
「今のエンなら、ムムムトに勝てるかも」
「どういうことだよ?」
「その前に、幾つか確認させて欲しい」
「ああ」
「そのBMI、メモリはいくつ?」
「古いからちょっと少ないけど――」
記憶を辿る。
前に一度、確認したはずだ。
「――確か、2Tだったかな……」
「2T!?」
綴が目を見開く。
「あ、おい。近いって」
しかし、彼女はさらに迫る。
「CPUとGPUは!?」
「確か、ミネルヴァの3000番台だったはずだ……」
「3000番台!?」
「だから、近いって……」
いい加減、距離が詰まりすぎたので押しのける。
「綴。さっきからどうしたんだよ?」
「遠。そのBMI、古いにもほどがあるよ!!」
彼女が叫んだ。
「仕方ないだろ。金が無いんだ。ちょっとくらい古くて――」
「ちょっと!?」
綴に遮られる。
「骨董品でしょ。こんなの。ボクのBMI、見せてあげる」
そう言って、パタパタと部屋を出ていった。
1分も経たないうちに戻ってくる。
「遠。これがボクのBMIだよ」
「どれが?」
「これだよ!」
「……これが、BMIなのか?」
艶やかに光る銀色のボディ。
全体的に曲線の多い、滑らかなデザイン。
印象としては、アイマスクと合体したサンバイザという感じだ。
首に引っかければ、アクセサリと言っても通りそうなくらい華奢だ。
「持ってみなよ」
「あ、ああ……。軽っ!」
「200グラムちょっとしかないよ」
「マジかよ……」
一方、枕元に置かれた俺のBMIを見る。
ゴテゴテとした野暮ったい樹脂製のボディ。
被れば首から上をすっぽりと覆ってしまう。
バイクのヘルメットのようなデザイン。
重さも1キログラムをゆうに超えていた。
「本当に同じBMIなのか?」
「【計画】にログインできてるから、BMIだとは思うよ。それも」
「ちなみに、綴のBMIのメモリは?」
「64Tかな」
「……さ、さんじゅうにばい!?」
「ちなみに、CPUとGPUはミネルバの8000番台」
「8000!?」
と言うことは、俺のBMIの5世代先の演算装置を積んでいるということか。
「グレードは?」
「SSSSSだね。遠のは?」
「A……」
ミネルバ社の計算装置《CPU》は同じ世代でも6段階の等級に別れる。
下から順番に、A、S、SS、SSS、SSSS。
そして、最高のSSSSS。
「SSSSSって、ショップじゃ扱ってないんだろ?」
数量が出ないから、ミネルバ社に直接問い合わせる必要がある。
「そうだね」
綴はなんでも無いように言う。
「ボクのはハイエンドモデルだけどね。【計画】を普通にプレイするだけなら第6世代、16Tもあれば十分すぎるくらい」
「そんな性能のマシンを買う金なんて無いよ……」
こっちは外周区の孤児だ。
第3世代、メモリ2Tバイトのマシンを用意するのだけでも大変だったのだ。
「だけど、キミのは明らかに異常だ」
「ちょっと古いくらいでそこまで言うかよ……?」
「だから、ちょっとなんてレベルじゃないんだって」
綴が俺のBMIを拾い上げる。
「エン。このスペックの機械だと、【計画】はまともに動かないんだって」
「…………は?」
突拍子も無いことを綴は真顔で言う。
「そんなわけないだろ。現に一緒にプレイしてるだろ?」
「だから、出来てないんだって……」
「どういうことだよ?」
「無自覚かぁ……」
綴は溜め息を吐く。
「エン。遅延が酷かったんじゃない?」
「確かに、ラグる時はあった。古いBMIだからな。でも、プレイできないほどじゃない」
「どのくらい、どんな頻度で?」
「1秒くらいかな。戦闘中はラグるな」
「毎回?」
「毎回だな」
「エン……」
「確かに、ストレスを感じる時はあったけど普通にプレイできてる」
「はぁ……」
綴がベッドにへたりこんでしまう。
「遠。それは普通って言わないんだよ……」
「そうなの?」
「そうなの!」
キミって常識が通用しないよね、と綴は言う。
「……毎回、ラグるのに、戦闘はどうしてたの?」
「いや。そこは勘だよ」
「勘って?」
「いや。1秒くらいラグるから、1秒先に動いておくんだ。なんとなくで」
「え……?」
「だから、先に動いておくんだって」
「うん?」
「1秒先に敵が突っ込んで来ると予想するだろ? そしたら、1秒前に剣を振る。そうすると、1秒後に攻撃が当たるんだ」
時間がズレるのが分かっているのだから、その分だけ先に動けば良いだけだ。
「それがどれだけ人間離れしたことか分かってる?」
「いや、別に、ラグに合わせて動くだけだぞ……」
「それが異常なんだって。普通の人間はそんなことできないから」
「俺だって普通の人間だよ」
「キミは変態!」
とんでもない言われようだ。
「百聞は一見に如かずだよ。遠」
そう言って綴は立ち上がる。
自室に消えたと思うと、十数分後、また別のBMIを持って戻って来る。
子供向けと思わしき、パステルピンク。
最新式よりかはやや野暮ったいデザイン。
「ボクが昔使ってたBMI。第4世代のSSSS。16Tバイト」
俺のマシンの1世代先。
グレードも4つ上か。
メモリも8倍の容量。
「使用者登録は消したあるから使ってみなよ」
◆
ツヅリのBMIを借りて【計画】にログインする。
集合場所は、例の巨大な樹の上だ。
スミレがかつて生やしたツタを伝って登る。
「それで、感想は?」
頂上へ辿り着くと、待ち構えていた綴が問う。
「正直、驚いた……。すごいよ。予想以上だ……」
「へぇ。どうすごいの?」
綴がにやりと笑う。
「ああ。動かしたいと思った時に身体が動く」
「エン。それが普通だから」
苦笑する綴。
「でも、本当にすごいぞ……」
動かしたいと思った時に身体が動く。
これはすごい。
実際に、出せる速度が早くなったわけではない。
頭では理解している。
しかし、体感として、速度が2倍になったように思える。
そのくらいに身体が軽い。
自分は今まで透明な粘っこい液体の中にいたのか。
そんなことを思ってしまうくらい。
「じゃあ、遠。今から手合わせしようか」
突然、綴がそんなことを言う。
「待てよ。早業が使えないんだ」
「大丈夫。今のキミなら《そんなこと》は全然、問題にならないから」
綴は笑顔で短剣を抜き放つ。
ただの短剣では無い。
封剣:月華。
加えて、関数の仕様を制限する代わりに攻撃力を上昇させる機能付き。
それを抜きにしても、かなりの高性能。
「本気かよ!?」
問いかけに、斬撃が返ってきた。
一歩、退いて躱す。
「ん?」
しかし、違和感を覚える。
続けざまに繰り出される斬撃。
その連撃は鋭く、隙が無く、無駄が無い。
美しさすら感じるほどに。
それでも、
「……避けれるな」
簡単に避けられる。
綴の攻撃が遅いはずがない。
彼女は3億円級のプレイヤ。
STR(筋力)もAGI(速さ)も桁違いだ。
しかし、避けられる。
まるで怖くない。
「エン、キミって最高だよ!」
そう言って斬撃を繰り出すツヅリ。
満面の笑みだ。
弾ける汗が光る。
戦闘中に関わらず、そんな観察をするだけの余裕がある。
「あ、そうか」
ようやく、この現象の原理を理解した。
今までは古いBMIを使っていた。
だから、戦闘中は常にタイムラグが発生していた。
そのため、ラグの分だけ相手より先に動く必要があった。
1秒先の相手の行動を読む。
読んだ上で、自分が1秒先に動く。
そうすることで、ようやく相手に追いつくのだ。
古いBMI しか手に入らないのならば、それが普通だと思っていたのだ。
しかし、今は違う。
普通の性能のBMIを使用している。
ラグも無い。
だから、相手の動きを予想する必要も無い。
動きたいと思った時に動けるのだから。
「やべぇ……」
思わずつぶやいてしまうほどの全能感。
今までは、自分だけ1秒遅れていた。
だから、1秒早く動いても、相手に追いつけるだけ。
しかし、今は違う。
1秒早く動けば、それだけ先を制するのだ。
綴の体重が前のめりになる。
右足に力が入っている。
なるほど。
次は突きが来る。
右に身体を逸らす。
すると、一瞬遅れて綴が突きを繰り出す。
「駄目だよ。当たる気がしないや……」
ツヅリが短剣をインベントリにしまう。
「分かった? キミがムムムトに勝てると思った理由がこれだよ」
「俺は貧乏過ぎたんだな。あまりにも」
「そういうことになるかな」
貧乏過ぎたゆえに、古すぎるBMIを使わざるをえなかった。
発生するラグに対処するためには、常に先を予想しながら戦うしかない。
結果として、
「もう、未来予知だよね。これは」
ツヅリが言う。
そんな人間離れした能力が身についてしまったのだ。
「もしも、俺がもう少し金を持っていたら……」
「うん。キミは新しいBMIを買っていた。だから、こんな能力は身につかなかった」
確かに、【計画】を始めたばかりの頃は酷かった。
ラグが酷いからまともに敵と戦えない。
何度も、切られ、刺され、殴られては逃げる。
そんなことの繰返しだった。
それでも、骨董品のBMIを使うしかなかったのだ。
「そうか。俺、貧乏で良かった……」
—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
総資産:-42,890,842(日本円)




