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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
118/204

君は壊れていたんだよ。――EP.11

[You Were Broken, Already.――EP.11]


 俺のトラウマは治らない。

 何故なら、そもそもトラウマではないから。

 痛みが怖いことは正常なのだ。

 壊れていたのが正常に戻っただけ。

 だから、治せないのだ。




「あの人、学校の先生なの?」


 学校からの帰り道、自転車の荷台でつづりは言う。

 背後からゆるく回された彼女の腕。


「まあ、教師だな。一応は」


 教育者としての役割は求められていないだろう。

 純粋に論文数を稼ぐためだけに雇われている。

 大学の格を上げるためだ。

 論文を書いてくれるならあとはご自由に、と言った具合。


「それにしては仲良くなかった? やけに距離が近いって言うかさぁ……」

「先生は他人との距離感が分からないんだよ。そもそも他人と付き合わないから」

「そのわりには、キミ、気に入られてなかった?」

「そういうんじゃねーよ」

「じゃあ、どういうんだよっ」


 わき腹を小突かれる。


「止めろ。……からかって遊ばれてるんだろ?」

「はぁ……。えんもデレデレしてるしさぁ」

「してねえよ」

「キミって年上が好きなの?」

「別に……」


 好きになった人が好きだ、と言いかけて呑み込む。

 馬鹿にされる気がした。


「そうだった。キミはシスコンだったね」

「シスコンでもない」


 ぽん、と肩に手を置かれる。


「いい加減、認めて楽になれって」

「何をだよ……」


 俺をシスコンだと思っているヤツが多いから不思議だ。

 東雲家はごく一般的な兄妹だ。

 少しだけ特別なことがあるとすれば、それはめいが世界一かわいいということくらい。

 それ以外はごくごく普通の兄妹なのに。


「だけど、何も解決しなかったな」


 トラウマではなく、正常に戻っただけ。

 しかし、原因はどうだって良いの。

 どちらにしろ戦えないことに変わりはないのだから。


「ボクならこういう時、まずは解決できそうな問題から手をつけるかな」

「解決できそうな問題?」

「アパート問題とか?」

「あ、そっちもあったな……」


 最近、忙しくて忘れていた。


 東雲家は現在、引っ越しを考えていた。


 1つめは心理的な理由。

 事件があった場所に住み続けるのは、命にとっても精神的な負担が大きいだろう。


 2つめは防犯上の理由だ。

 この先も兄妹2人で暮らしていくなら、もっと治安の良い住処は必須だ。

 ただ、これが難しい。

 治安の良いまともな物件は家賃が高い。

 仮に金を用意できたとしても、俺のような社会的信用の無い人間を入居させない。

 だからこそ治安が良いのだけれど、という本末転倒ほんまつてんとう

 結果、見つかるのは今のボロアパートと似たり寄ったりの物件ばかり。


「良い物件、ありそう?」

「無いな……」


 金は払えないけど良い家に住みたいです。

 つまり、俺の要望はそういうこと。

 そもそも無理な話なのかもしれない。


「こうなったらボロアパートを借りて、防犯グッズで埋めつくすか……」


 防犯ベル、電気柵、催涙ガス、ナイフを持った俺、などなど。

 大田市場で探せば安く揃うか。


「ボクが紹介したところは?」

「いや。まだ当たってないな」

「なんでだよー。ボクの紹介だぞ?」

「……なんと言うか、家まで厄介になるのは申し訳ないと思ってな」

「気にすんなよ。ボクとキミの仲だろ」

「どういう仲?」

「ボクに言わせるつもり? 照れるなー」


 きゃー、と歓声をあげる綴。

 もちろん、わざとだ。


「そんな仲でもないだろ」

「言っておくけど、キミのためだけじゃないからね?」

「どういう意味?」

「キミにはお金を返してもらわないとだから。これはボクのためでもあるんだよって話」


 と言う建前たてまえだろう。

 俺が気を遣わないように。


「ありがとな」

「別に―」


 自転車をぐこと十数分。

 間もなく、命の入院する病院に辿り着く。


「あ、しまった……」

「うん?」


 綴のことを考えないで病院まで来てしまった。


「悪い。どこまで送れば良い?」

「ボクはここで良いよ」


 そう言って自転車からぴょんと降りる綴。


「ボクの教えた電話番号、かけてみなよ」


 そう言い残し、道路の向こうに消えていった。


「そういえばアイツ、どこに住んでんだろうな……?」


 雑踏に溶け込んだ綴を見送りながら、ふと、そんなことを呟く。


 いや。


 他人の住居を気にしている場合ではない。

 命が退院した後、安心して住める場所を見つけなければ。

 なりふり構ってもいられない。

 端末を取り出す。

 ケースに挟んだメモ。

 綴からもらったその紙切れには数字の羅列られつが記されていた。

 端末のカメラで読み取る。

 ポップアップから通話を選択。

 3回目のコールで繋がった。


「もしもし。突然の連絡失礼します。私は東雲遠しののめんと言います。不動産を探しておりまして、ご連絡差し上げました」


 すでに何度も繰返して、慣れてしまった挨拶の文言。

 しかし、端末のスピーカからは笑い声が聞こえた。


だってー。いつもはなのにー! 遠の余所よそ行きの声も初めて聞いたかも。嫌いじゃないよ」


 思わず、溜め息を吐く。


「……綴。メモの電話番号、間違えてるぞ」


 しかし、綴は言う。


「間違えてないよ」

「いや。その電話番号にかけたら、綴につながったんだけど……」

「うん。ボクの電話番号だからね。ボクに繋がるよね」

「え?」

「お電話ありがとうございます。 葛ノ葉綴(くずのはつづり)不動産です」


 たちの悪い冗談だ。


「切るぞ? じゃあな」

「あー! 待って待って! アパート紹介するのは本当だから!!」

「…………家賃は?」

「300万円だね。1か月」

「バイバイ」

「うそうそ! 東雲遠って名前の人は特別に安くするから!!」

「何だよその条件……」

「ちなみに、未成年で、親がいなくて、定職についてなくても入居できるよ」


 何だその物件は。

 外周区の孤児でも入居可能で、名前が「東雲遠」だと安くなる。

 怪しいにもほどがある。


「敷金礼金も要らないから」


 敷金礼金まで要らないらしい。


「それ、間違いなくまともな物件じゃないだろ」

「キミが入居できる時点でまともじゃないよ」

「そうだけどさ」


 結局、住居問題は未解決か。

 そうあきらめかけた時だった。

 しかし、綴は言う。


「セキュリティは間違いなく安全。ボクが保証する。信じて」


 綴は何の根拠もなく、


「信じて」


 などと言わない。

 そう思えるくらいには、綴を信用してしまっている。

 彼女のいうことは突飛とっぴだが、虚言ではない。


「大金を稼ぐ!」


 と宣言した彼女は、実際に3億円を稼いでいるのだから。


 何件も不動産屋を周った。

 結局、ろくな物件はなかった。

 それどころか、俺のような外周区の未成年、客として扱ってくれる不動産屋の方が珍しかった。


「…………とりあえず、内見だけでも頼めるか?」

「もちろん!」





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-42,859,010(日本円)

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