君は壊れていたんだよ。――EP.3
[You Were Broken, Already.――EP.3]
「宣言:関数――――」
ツヅリが関数を呼び出す。
俺の意識はここで途切れた。
◆
目が覚めると、俺は脱衣所の床に転がされていた。
一応、服は着ている。
「目が覚めたか?」
そこにムムムトがいた。
何故か正座をしている。
「なあ、小僧……」
神妙な面持ちで言う。
「お前さん、とんでもない変態だったんだなッ!?」
「そんな訳ねえだろっ!」
「謙遜する必要は無い」
「いや。謙遜とかじゃ……」
「全裸で女湯に突入などワシでもやらんぞ!?」
俺の行為は他人からそう見えるのか。
「ち、違うんだよ……!!」
俺は貧困街生まれの孤児院育ち。
生まれて初めて温泉に入った。
と言うか、湯舟に浸かったことも初めて。
あそこまで温泉が気持ち良いとは知らなかったのだ。
あまりの快感に電子ドラックだと誤解した。
それにしても、あの快感。
どうして法規制されていないのか。
そういえば大麻が方法な国もあるらしい。
温泉もその類か。
どうなってんだよ世界。
「……正直、小僧のことを侮っておったぞ」
「侮ってて良い! 侮ってて良いから!!」
ふと、ムムムトは言う。
「お前さん、やっぱりまともな育ちじゃなさそうじゃのぉ……」
現実の詮索はモラルに反する。
非難しようとして、こいつはNPCだと思い出す。
そう。
NPCなのだ。
NPCが俺の人生を推し量っている。
何だよ、この人工知能は。
「そうかもな……」
とだけ答えておく。
「お前さんが使ってた技、あれも良くないのぉ」
「何の話だよ?」
「剣を出してたじゃろ」
「ああ……」
関数:早業のことか。
ムムムトには2回見せている。
1回目は遭遇した直後。
2回目は先ほどの温泉で。
「あの技を見て、お前さんがろくな人生を送ってないことは分かるのぉ」
「関数だろ?」
関数はあくまでゲームのシステム。
それで俺の何が分かるというのか。
「関数そのものではないのじゃ。使い方じゃな」
「……使い方?」
武器を瞬間的に持ち変えて戦うスタイル。
それを見てツヅリは、
「断言する。キミは、必ず最強になる」
と言った。
しかし、この戦い方をする者とは出会ったことが無い。
普通はできないからだ。
俺以外には。
ただ、その理由まではツヅリも分からなかった。
このジイさんには分かったと言うのか。
身構えていると、彼はこんな提案をする。
「どれ。風呂上がりの運動じゃ。手合わせせんかね?」
突飛な提案だった。
「……手合わせ? どういうことだよ?」
「言葉じゃ伝わらんこともあるんじゃ」
ムムムトは言う。
「言葉では伝わらないこと……?」
そんな曖昧で、まるで人間のような何かを、人工知能《NPC》に過ぎない彼が伝えると言うのか。
もしくは、単に試練【星海航路】の強制的イベントに過ぎないのかもしれない。
興味はある。
「分かった。じゃあ頼むよ」
俺は手合わせを受けることにした。
◆
再び、樹の天辺。
湖の畔で向かい合う。
「殺す気で来るのじゃ」
ムムムトは言った。
しかし、言葉とは裏腹に彼は素手だ。
「ジイさん、武器は?」
「要らんよ。風呂上がりの運動だと言ったじゃろうが」
「ふざけてんのかよ……」
「このくらいじゃないと運動にならんからのぉ……。あ、そうじゃ」
「何だよ?」
「お前さんがやる気を出してくれるように、1つ条件を付けよう」
「……条件?」
「かするだけで良いぞ。1撃でもかすったら、シイカちゃんが工具を取りに行く時は付いていっても良い」
好条件だ。
俺たちが抱える1番の課題は、100万円級のシイカが工具を手に入れること。
それが一気に解決できる。
しかし、
「俺が負けた時は?」
「何も無いのぉ」
「は?」
「何も無い」
「良いのか?」
「お前さんには本気で戦ってくれたらそれで良いんじゃよ」
「何でだよ?」
「言ったじゃろう。このくらいじゃないと運動にならんと」
「後悔するなよ」
「させて欲しいのぉ」
くっくっ、とムムムトは笑った。
風が吹く。
鏡面のように凪いだ湖面にさざなみが立つ。
「――――来なさい」
ムムムトが言った。
それが合図だった。
短剣を構える。
投げる。
指先から離れる瞬間、
「宣言:関数 早業」
短剣は大剣に変化。
寸分の狂いも無い。
ムムムトに迫る。
しかし、衝突の寸前、刃は方向を変えた。
ムムムトの後方へ飛んでいく。
「何をした?」
「押した」
簡単に言ってくれる。
しかし、まだ攻撃は終わっていない。
「宣言:関数 早業 蛙の帯」
大剣には髪の毛ほどの鋼線が結び付けてあった。
それが帯に変わる。
ゲーテの大迷宮1層。
そこで倒した唸音蛙の皮でできた帯。
頑丈で伸縮性に富む。
その帯が勢いよく縮む。
引っ張られる俺。
同時に地面を蹴る。
加速。
独力では出せない速度。
さらに、
「宣言:関数 早業 愚者の槍」
速度は保ったまま。
手には巨大な槍が現れる。
高速で突進する大質量の槍。
それがほんの1メートル先に現れたのだ。
躱せまい。
しかし、
「…………え?」
手元から槍が無くなっていた。
何処に……?
周囲を見渡すがどこにも無い。
しかし、数秒後。
遠くで水しぶき。
湖に波紋ができていた。
あの巨大な槍を、あそこまで弾き飛ばしたのか。
それも素手で。
驚愕する俺の顔を見ながら、ムムムトは呟く。
「見れば見るほど哀しい技じゃなぁ……」
「……何の話だよ?」
「こっちの話じゃ。なぁに。死にゃあせんからのぉ」
彼が言った直後。
俺の身体は宙を舞っていた。
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総資産:-42,858,711(日本円)




