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スラムギーク、ビリオネア!!  作者: 夕野草路
歌姫の計画[The Project of Diva]
102/204

歌姫の受難。――EP.7

[ Diva's Ordeal.――EP.7]




 試練クエスト:【星海航路】が始まった。

 そして流された南海の孤島ことう

 しかし、未だ何をすれば良いのかは不明。

 そんな時に見つけた巨大な壁。

 スミレはこれを


「植物ですぅ……」


 と言うのだが。


「で、これを登るわけか」


 どこまでも平坦な壁だ。

 手を掛ける凹凸など無い。

 しかも硬度は金属並み。

 杭を打ちながら登ることも難しい。

 不可能ではないが、かなりの金が掛かる。


「そ、それならウチがぁ……」


 スミレがオドオドと名乗り出た。

 インベントリから取り出した種を地面に埋める。


宣言:関数デクラレーション・ファンクション  急成長ラピッド・ベジテーション


 瞬間、ツタが伸びる。

 蛇のように壁面を這いながらするすると上へ。


「「「おおー!!」」」


 吸盤のような葉が壁をつかむことで、凹凸の無い壁面にも張り付くことができた。


「み、みなさん……。【楽園】まで急ぎましょう……!」


 カゴ入り娘のシイカを背負った俺が先陣を切る。

 続いてスミレ。

 ツヅリが一番危険な最後尾を務める。


「おー! エレベータみたいだー!」


 背中でシイカが歓声を上げる。


「エレベータってこんな気持ちなんですねぇ……。初めて知りましたよぉ……」


 動力源の俺は呟く。

 ツタを掴み、腕に力を入れる。

 ぐい、と身体を引き上げる。

 その繰返し。


「ご、ごめんて! あ。歌おうか?」


 シイカは慌ててそんな提案をする。


「え?」


 耳を澄ませば、彼女の息遣いまで聴こえる距離だ。

 世界の歌姫がこの距離で歌ってくれるのだと言う。

 それはちょっと贅沢過ぎないか。


「……じゃあ、1曲だけ頼める?」

「あいよー」


 すぅ、と息を吸う。

 そして、シイカは最初の一節を歌い上げた。


「――あなたを追って津軽湾!!」

「何でだよ!?」


 何故、演歌。

 しかも歌詞が景色と合ってない。

 見渡す限りエメラルドグリーンの海だ。


 ただ、歌自体は上手かった。

 この南国で真冬の海を思い浮かべて身震いするほどの表現力だ。


「何でって、こぶしを利かせたい気分だったから……」


 歌い終わったシイカが答えた。


「そんな気分あるの?」

「私はあるよ」

「そうか……」


 歌姫ともなるとそんな気分もあるのか。

 知らないけど。


「って言うか、やっぱり歌姫なんだよな……」


 空気の読めない選曲はさておき、歌唱力は本物だ。


「まだ疑ってるのー!?」

「いや。そうじゃないんだけどさ」

「じゃあ、どうなのさ?」

「有名人なのに、リアルアバタを使ってるんだなって……」


 【計画ザ・プロジェクツ】において、本物の金が取引される。

 身バレの危険性は通常のVRゲームの比ではない。

 彼女ほどの有名人だ。

 現実と同じ姿の分身アバタを使うのは危険。


「あっはっは」


 しかし、シイカは笑いだす。


「天才シイカちゃんはそこも抜かりは無いのですよねー」


 天才とは……?


「この姿、リアルの私とは違うよ」


 歌姫は言う。


「だけど、俺の知ってる歌姫も、【計画】のシイカも同じだ」

「だから、歌姫の私も分身なんだって」

「あ、そういうことか……」


 それはVRアイドルという21世紀初頭に生まれた表現形式だ。

 生身の人間なのだが、姿はさらさない。

 分身アバタに声を吹き込むという形式で活動する。

 つまり、世界的な歌姫、シイカの正体もVRアイドルだったのだ。


 シイカは歌姫の姿で【計画】を始めたではない。

 【計画】の分身で、歌姫を始めたのだ。


「別の分身を用意するのが面倒でさー。【計画】のアバタが良く出来てるから、これで良いかなって。ちょっと歌ってみたら、いつの間にか人気になってたんだよねー」


 そういえば、詩歌しいかは1度もリアルライブを行ったことが無い。

 基本的に仮想空間で開催される。

 メディアの露出も最低限。

 人前に姿を現すのは歌う時だけ。

 その裏にこんな理由があったとは。


 謎に包まれた歌姫。

 それはまるで星のよう。

 見えているのに決して届かない。

 そんな神秘的なキャラづくりに役立っていた。

 しかし、


「あっはっは」


 と口を開けて笑っている。

 ファンが見たら何て言うだろう。


「……いや。ちょっと待てよ。これ、ヤバくないか?」

「うん?」

「【計画】って違法だろ」


 もちろん罰則は無い。

 仮に、このことでシイカが捕まるということも無い。

 しかし、世界には【計画】を良く思わない人間も少なくない。

 何故なら【計画】こそが世界大恐慌の引き金。

 多くの人の職を、家を、家族を、そして命までも奪った原因なのだから。

 そんな【計画】で歌姫が遊んでいると知ったら。


「大丈夫!」


 と胸を張るシイカ。


「……本当かよ?」

「うん。だから、このことは公表してないよ。誰にも言ってない!」


 え。


 ええ……?


 俺はどうすれば良いの。


「…………それなら、俺にも言っちゃダメじゃないの?」


「あーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


 シイカが叫ぶ。

 思わず耳を塞ごうとして、崖登りの途中だと思いとどまる。


「ダメじゃん!!」

「ダメだよ」

「ど、ど、ど、どうしよう!?」


 知らんよ。


「あ、あの、ウチも聞こえましたぁ……」


 下の方からスミレが言う。


「ボクも聞こえたよねぇ。シイカの声は良く通るから」


 後ろを見れば、半泣きのシイカ。


「ぶ、ぶん殴ったら記憶失くすかな?」

「止めとけよ」


 ツヅリは3億円級、スミレは4000万円級のプレイヤだ。

 それぞれシイカの300倍と40倍。

 敵うはずがない。

 そして、俺を殴ればカゴの中のスミレは地上まで真っ逆さまだ。


「心配するな。俺は別に誰にも言わないから」

「本当!?」

「俺の言うことを聞く限りはなぁ……。ぐっへっへ」


 と言ったのはツヅリだ。

 俺は


「ぐっへっへ」


 とか笑わない。


「ひぇっ……。エンくん……」

「泣くな! 別に変な要求なんてしない!」

「……本当?」

「たりめーだろ」


 正直、彼女を脅して金をせしめるのもアリかと思った。

 しかし、俺たち兄妹の夢は真っ当に生きること。

 普通に幸せになること。

 誰かを脅さないと成り立たない生活を、普通とは言わない。

 それに、人を陥れて手に入れる金をめいは喜ばないから。

 命が悲しむようなことは絶対にしない。


「俺の妹に感謝しろよ」

「う、うん! 何かよく分からないけど分かった! ありがとー! エンくんの妹!!」


 青空に向かって讃美歌を歌い始めるシイカ。

 その歌がめいのためだと思うと気分が良い。


 ツヅリに関しても他言はしないだろう。

 そもそも彼女は【計画】の開発者の子どもだ。

 シイカどころの騒ぎではない。


 一方、スミレは


「ど、どうでも良いです……。そ、それより、早く【楽園】に行きたいので……」


 そもそも他人が嫌いだった。

 世間に興味が無い。

 言わないメリットも無いが、言うメリットだって無い。

 シイカが強く頼むならわざわざ他言しないだろう。


「ふぅ……。良かった……。3人が黙っていてくれるなら、もう1人だね」


 シイカが言った。


 3人が黙っていてくれるなら、もう1人だね


「え?」


 人数を数えてみる。


 ツヅリ。

 スミレ。

 俺。


 どう数えても、シイカ以外には3人しかいない。


「なあ、シイカ。もう1人って?」

「うん。崖の上に座ってる人」


 彼女の優れた耳は、4人(・・)目に気付いていた。





—―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

総資産:-42,858,602(日本円)

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