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ツイノスミカ  作者: 日丘
19/19

エピローグ 後日談

 

「好きです。付き合ってください」


 住吉はあまりの衝撃にしばらく開いた口が塞がらなかった。


 クリスマス会の数日後。

 住吉がパントリーで夕食の準備をしていると、そのすぐ隣で小佐田が告白した。

 相手はジョアンだ。

 三人はそれまでパントリーでそれぞれの作業をしていた。それは突然の出来事だった。

 小佐田が真理子に告白した際もこんな感じだったのだろうか。

 その時の広岡の気持ちが痛いほどわかった。

 何故この子は人前で、しかも勤務中に告白するのだろう。

 食事の時間より少し早く食堂に到着し、くつろいでいた入居者達も何事かとチラチラとパントリーを見ている。


「ごめんなさい」


 周囲の注目を浴びる中、ジョアンはキッパリと断った。

 バッと顔を上げた小佐田に対し、ジョアンが申し訳なさそうに言う。


「私、結婚、してるから」


 そう言って左手を目の前に出し、指輪を見せた。

 小佐田は呆然と立ち尽くした。

 住吉も呆気に取られていた。

 あんなに一日中ベタベタくっついていたのに、結婚指輪の存在にも気づかなかったのか。

 小佐田は好きになると周りが見えなくなる性質なのだろう。


 その後は夕食が始まるまで、住吉達三人はパントリー内で気まずい時間を過ごした。とんだ巻き込み事故である。


「今日なんか空気重いね。どうしたの?」


 ジョアンが誘導業務でパントリーを離れると、外からパントリー内の空気を気にかけていた広岡が住吉を手招きして尋ねてきた。

 住吉が簡単に事情を説明すると、広岡は少し笑みを浮かべ「なるほどね」と相槌をうった。そしてパントリーの方へと向かった。

 小佐田をフォローしに行ったらしい。

 思えば、広岡は事あるごとに小佐田をフォローする役目を担っている気がする。

 小佐田の恋模様をいつも気にかけている節もあるし、もしかしたら広岡は小佐田に好意を持っているのかもしれない。

 フォローされた小佐田の好意が広岡に向くことがあれば、案外二人は上手くいくのではないか。

 健気に小佐田を励ましている広岡に対し、住吉は心の中でエールを送った。


 この二人の関係と同時に気になるのが真理子と谷川の関係だ。

 最近は以前に比べ二人で話しているところを見かけることが減り、不倫関係に亀裂が入ったのかと思ったが、そうではなかった。


 後日、真理子は深緑の郷を退職した。

 看護師を目指し看護学校で勉強するのだという。

 クリスマスの頃まで谷川とよく話していたのは、谷川を通して谷川の奥さんから色々と情報を教えてもらっていたからだった。

 広岡と同様、真理子も以前谷川の奥さんと会っていて顔見知りだったらしい。


 思えば、真理子が谷川と接近していたのはハナさんが亡くなった後の頃からだった。

 真理子も田島と同じように自分が出来る事について悩んでいたのだ。

 そして、田島が普段の介護で自分の出来る事を増やそうとしたのに対して、真理子は看護師になり技術的に自分の出来る事を増やそうと考えた。

 深緑の郷を去ってしまうのは悲しいが、新たな道を踏み出した真理子のことを、住吉は心から応援したいと思った。


 去ってしまうと言えば、ケアマネージャーの鶴見も深緑の郷を去ることになった。

 こちらはまた別の介護施設でケアマネージャーとして働くということなので、そちらでは本来の調子を取り戻して頑張ってもらいたい。

 入居者に対する気持ちは誰よりも強い人だ。口の悪ささえ治せば、きっと上手くいくはずである。


 田島は後日、レクリエーションでピアノ演奏に再チャレンジした。

 結果は見事大成功だった。

 多くの入居者やスタッフに祝福されている田島は幸せそうだった。

 入居者や同僚に加え、自分をも幸せにするその姿を住吉は見習いたいと思った。


 年が開け、門脇からもSNSで連絡があった。

 門脇はツテを使ってプロレスの世界に戻ることが出来たという。

 ただ、また一からの再出発となるため、厳しい道のりになる事を覚悟しているということだった。それでも最後には『好きな道に進んだからにはがむしゃらにやる』という前向きなメッセージがあり、住吉は『試合の時は招待してください』と返信した。その時は全力で応援しようと思った。


 住吉にとっては、門脇のことが羨ましい面もある。

 しかし、住吉はこの深緑の郷で介護職を続けていくことにした。

 漫画家になる夢は諦めた。

 ただ絵を描くことは止めない。クリスマス会の準備で似顔絵を描いて以降、絵を描くことに躊躇することは無くなった。

 深緑の郷で介護の仕事をしながら、今も絵を描き続けている。


 先日の忘年会では、住吉がクリスマス会で描いた入居者の似顔絵についても話題にのぼった。

 みんな手放しで大絶賛してくれ、これからもぜひお願いしたいと言ってくれた。

 住吉としても、これからはこの深緑の郷の人達のためにも前向きに絵を描いていきたいと思った。

 今まで住吉は漫画家を目指すという一心で絵を描き続けてきた。

 だが今回、ボランティアだがクリスマス会のために絵を描いてみて、誰かのために絵を描くことの喜びと他人から喜んでもらえることの喜びを知った。

 何より、また深緑の郷の人達の笑顔が見たいと思った。

 これが今の自分の気持ちだ。

 この気持ちに従って前進していけば、自分のゴールが見えてくると思えた。

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