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ツイノスミカ  作者: 日丘
12/19

第4話⑴ 準備

 竹本さんの事故を機に深緑の郷の職場の空気は変わった。

 これに違和感を感じているのは住吉だけではなかった。そして深緑の郷のスタッフの中には住吉よりもお節介な人がたくさんいる。


 その日、レクリエーション企画委員会の小林と田島からクリスマス会のレクリエーションの準備を始めていくことが発表された。

 夏祭りやクリスマス会のような大規模なイベントは毎年、企画委員だけでなく常勤スタッフが総出で準備から参加している。

 しかし、昨年のクリスマス会の準備は十二月に入ってから始めていたというから、本番までまだ一ヵ月以上もあるこの時期から準備を始めるのは職場の空気を変えるための意図がありそうだった。


 準備はちぎり絵作成と飾り付け作成の二つに大きく分けられる。企画委員会の中ではちぎり絵の担当を田島が、飾り付けの担当を小林がそれぞれ主導することになっていた。

 まずはその他の常勤スタッフのこの二つの担当への割り振りを決めることになった。

 住吉は消去法で飾り付けの方に立候補することにした。

 聞けばちぎり絵担当は絵から自分達で描いていくという。

 元々は漫画家を志すほどに絵を描くことが好きだったが、最近は全くペンを握っていない。漫画家のアシスタントの仕事を辞めた当初は何度か絵を描こうと試みたが、その度に漫画家になる事への未練が溢れ挫折感を思い出してしまった。

 今はしばらく絵を描くことから距離を置いておきたかった。



 希望者がちょうどよく分かれたようで、この担当の割り振りはすんなりと決まった。住吉も希望通り飾り付けの担当になった。

 他の飾り付け担当のメンバーには小林、門脇、ジョアンが割り振られていた。

 このメンバーで今日からさっそく飾り付けの準備に取り掛かる。

 これももちろん残業である。

 最近の門脇はこういったことに対して全く不満を隠そうとしない。

 作業中もレクリエーションを企画した小林に対してブチブチと遠慮なく文句を言っている。


「こういうのってレクの時間に入居者達にやってもらうんじゃ駄目なわけ?」


「レクの時間にもやってもらうのもあるけど、こういう細かい作業は難しいと思うから」


「年に一度のレクリエーションでそんなしっかりやる必要ある?」


「年に一度だからこそしっかり楽しんでもらいたいじゃん。それに飾り付けは十二月に入ったら、出来上がった順にしていくからさ」


「それでも今度からは残業のない範囲でやってもらいたいな」


「まあね。今度山上くんと相談してみるよ」


 小林が門脇の不満を上手に受け流してくれたから事なきを得たが傍で聞いていた住吉はヒヤヒヤしていた。


 また、門脇の不満の矛先はジョアンにも向いていた。


「これ日本語何て書いてあるですか?」


 ジョアンが隣で作業する門脇に尋ねた時のことである。

 門脇は「こんなのも読めないのかよ」とボソッと呟き、そっぽを向いた。

 これに対し、「あっ?」と聞き返すジョアンに逆隣で作業していた小林が「どれどれ?」と尋ねて慌ててフォローしていた。

 竹本さんの事故の原因が判明して以降、門脇はジョアンを見るたびにぶつぶつ愚痴を溢している。


「なんでいつまでもとぼけてるんだよ。山際さんの事故は誤魔化せると思ってんのか。さっさと白状しろよ」


 たしかに竹本さんの事故のミーティングの時なかなか名乗りを上げなかったジョアンなら誤魔化しかねない、と住吉も思う。あの場に門脇がいなくて良かった。いたら今より面倒なことになっていただろう。

 一方的に不満を抱え込んでいる門脇とは対照的に、ジョアンはめげずに門脇に話しかけていた。


「あ、これは違いますよ。ここはこうですよ」


 それははたから見るとお節介に見えるほどだった。

 ジョアンは調子を取り戻して以降、前よりも他のスタッフと積極的に交流を図るようになった。

 小林がそのことを指摘すると、「みんな助けてくれるようになりましたし、ミーティングで言いたかた事ちゃんと言って良かったですよ」とジョアン本人も満足気だった。

 しかし、ここでも門脇が茶々を入れる。


「肝心なことを言ってないだろ」


「さっきからあなたどうしたのよ?」


 本気でわかっていない様子で眉をひそめたジョアンに対し、門脇が口を開いた。とうとう核心部分を追及するのかもしれない。

 住吉と小林は咄嗟にアイコンタクトを交わした。


「お前な……」


「門脇さん。ここで問い詰めてもまた誤魔化されるだけですよ」


「それよりジョアン、そんな奴ほっておいてここの折り方教えてくれない?」


 門脇が話し始めた時、住吉と小林がちょうど同じタイミングで門脇とジョアンの間に入って言った。

 二人の息のあった連携によって門脇は住吉の、ジョアンは小林の言葉しか聞き取れなかったようだった。

 空気を良くするために前倒しされたクリスマス会の準備なのに、逆にこれまで以上に空気を悪くされたのではたまらない。


 目的が一致していた住吉と小林はその後も二人の会話に目を光らせた。

 ジョアンはその後も門脇に積極的に関わっていくのを止めなかった。

 二人の間で衝突が起きそうな時は、すかさず住吉と小林が上手く連携をとってフォローした。

 するとそのうちに門脇とジョアンの二人の間の空気にも徐々に変化が訪れていた。


「上手よ。もと右側使った方が上手くいくよ」


 こうしたジョアンのお節介に対し、門脇は溜息をつきながらも言われた通り作業を進めるようになっていった。

 ジョアンと門脇が直接やり取りを交わすことは最後までなかったが、四人の中では徐々に会話も盛り上がってきた。


「ジョアンさんの担当の和田さん、前より落ち着いてきて良かったね」


「ほんとですよ。あれ、住吉さんのおかげですよ。この前、和田さんのモニタリング住吉さん手伝ってくれてアドバイスもらったの。あの日はホントありがとう」


「そんなたいしたことしてないですよ」


「そうだったんだ。そういえば私もこの前の夜勤の時手伝ってもらったし、住吉くんて優しいよね」


「へー、住吉ってやる気なさそうに見えて、意外と色々やってあげてんだな。そういえば俺の愚痴もいつも聞いてくれるもんな」


「どれも大した事はしてないですって」


 その後も自然と会話が弾んだ。

 門脇とジョアンのわだかまりが解消されるのも時間の問題かもしれない。

 ジョアンの積極性とひたむきな前向きさを見ているとそう思える。

 住吉も自然とこの輪の中に溶け込んでいた。共同作業がそうしてくれるのかもしれない。

 そして同時に、住吉はこの時間を楽しいと感じている自分を実感した。

 それは絵を描くのを止めてから初めての感覚だった。

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