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第7話 嫉妬

 俺の転生したこの世界は、人族と魔族とに二分されていた。


 魔族は、特殊な魔力を持ち力も強いが数が少なく全世界の二割の領土に約一億の民が住んでいた。

 人族は、魔族のような特殊な力は無いが技術力があり、何より人口が多く世界の八割を占める領土に約二十億の民が住んでいる。

 魔族と人族の間を隔てるように、ドレスト山脈という高く険しい山脈が連なり、僅かに開いた平地と東側の海から人族の侵攻を受けて来た。


 魔族と人族の戦争は数千年前から続いているが、時代により激しさを増したり停戦状態になったりを繰り返している。

 それというのも、人族側には大小幾つもの国が存在し人族同士で戦争をしている為、近年人族が一致団結して魔属領に攻め入る事が出来ずにいた。

 現在、人族側ではドレスガルド帝国とアメリア共和国の二大国がいがみ合っており、ここ五十年は魔族側との大きな戦いは起きておらず、開けた平地側で国境を接しているドレスガルド帝国との間で散発的に戦闘が起きているだけだ。

 

 大昔は魔力を持ち力の強い魔族側がまさっていたのだが、人族側が近代兵器を次々と開発し軍事バランスが崩れてきているとの報告もある。

 常に近隣諸国と戦争をし軍事力を高め兵器を開発している人族と、戦闘を中央から離れた辺境に任せっきりで平和ボケしている魔族では、自ずと力の差は開いて行くのは明らかだろう。



 この硬直した世界に、アベル……佐々木透矢という転生者がイレギュラーとして現れ、この先の歴史がどう変わって行くのか、まだ誰にも分らなかった。


 ――――――――――――――――




 校内教練を終え更衣室で着替えているアベルは、隣で着替えているビリーの首にかけたネックレスが気になる。

 チラチラと見ている視線に気付いたのが、ビリーがアベルに話し掛けてきた。


「これは、母の形見なのです」

「すると母君は……」

「はい、二年前に……家は貧乏で満足な治療も出来ず……」

「それは……お気の毒に……」

「この士官学校に入ったのは、特待生だと学費免除だからなのです。ボクは潜在力が高かったので、特待生として入る事が出来て。軍で出世すれば家族に仕送りも出来るので」


 ビリー……

 中肉中背で黒髪、真面目を絵に描いたような顔をした男だ……

 真面目で一生懸命……だが、真面目なヤツはいつも損をするのだ。

 前世での俺もそうだった……

 異世界に転生したが、どこの世界でも悪いヤツは多い。

 平民というだけで不当な扱いを受けてしまう……

 何も起こらず無事に卒業出来れば良いのだが……




 本日の教練が終了し、帰り支度をして校門へと向かう。

 たまたま一緒になったエレナが、駆け足でアベルの隣に並んできた。


「アベル君、この後って暇?」

「まあ、特に用は無いが」

「じゃあじゃあ、何処か遊びに行かない?」


 エレナ……

 エレアノーラ=パイモン伯爵令嬢

 パイモンという名前からして、おっぱいが大きく俺の苦手とするタイプだ。

 大きな目に長いまつ毛、少しのんびりとした感じの美人で、クラスでも男子から人気が高い。

 ふわふわの茶髪と柔らかそうなカラダで、会う男子を次から次へと虜にしてしまうようだ。


 エレナは茶髪をクルクルとさせながら、じゃれつくような仕草をする。

 動く度に胸が揺れて、気になって仕方がない。



「アベル様、お迎えにあがりました」

 いつものように、専属メイドのローラが迎えに来た。


 どうする俺!?

 前門の巨乳、後門の淫乱メイド!

 ダメだ! どちらも危険すぎる!


「もう、アベル君、行こうよ」

 むにゅ!


 胸が、エレナの胸が……

 何故、俺の腕に抱きつくのだ……


 ピキッ!


 何だ! 凄い殺気が後ろから!

 後ろを見ると、いつもの淫らなメイドが控えているだけだ。

 おかしいな? 最近やけに殺気を感じる気がするのだが……

 誰かに狙われているのか?

 少し注意した方が良いかもしれないな。


「エレナ、悪いが今日は家でやる事を思い出した。遊びに行くのは、また今度にしよう」

「ええーっ! もうっ、今度絶対だからね」

「ああ」




 屋敷までローラと一緒に歩く。

 相変わらず見た目も所作も淫らすぎて、俺の心が乱されてしまう。


「ローラ、わざわざ迎えに来るのも大変だろう。明日からは送り迎えはしなくても大丈夫だぞ」

「いえ、これは私の大事な仕事です。アベル様に何かあったら、旦那様に叱られてしまいます」

「いや、でも……」


 俺は子供じゃないぞ――――

 てか、俺の命令に絶対服従じゃなかったのか?

 聞いてくれないじゃないか……


「アベル様、おモテになるのですね」

「ん? 別にモテてはいないさ」

「御学友の方にデートに誘われていらしたので」

「そうか? あれは普通だろ」


 普通とか言っているが、実際俺にだけ馴れ馴れしい気がする。

 校外教練の後から急に絡むようになったのだ。

 あんな美人と付き合えるのなら最高なのかもしれないが、前世から童貞で女慣れしていない俺は必死に冷静さを装っているのが精一杯で、付き合ったりしたらボロが出てキョドリまくって恥をかいてしまうのが怖いのだ。


 俺は隣で歩くローラを見る。

 ローラなら俺の命令を聞いて練習させてくれるかもしれない。

 だが、こんな淫らなメイドが初めてだと、俺の童貞ハートが持たないかもしれないのだ。

 一体、俺はどうしたら良いんだ――――




 エレナには用があると言ったが、特に用も無いので早めに湯浴みをしている。

 家に帰っても、淫らなメイドが俺にピッタリと付いて来て落ち着かないのだ。


「ふう~っ、風呂は落ち着くな」

 ここなら一人になれる聖域だからな……



「アベル様、お背中をお流し致します」

「はあ? いや、ちょっと待て……」

「失礼致します」


 もう入って来てるじゃねーか!


「おい、何で下着姿なんだ?」

「裸の方がよろしいでしょうか?」

「そうじゃない! メイド服で良いんじゃないか?」

「申し訳ございません。服が濡れてしまいます故、お見苦しい体をお見せしてしまいますが、このまま御奉仕致します」

「い、いや、ローラの体は全然見苦しくないぞ」

「ありがとうございます」


 待て待て待て! 服を着ていても淫らすぎて困っているのに、下着姿なんぞになったら直視出来ないではないか!


「待て、一人で洗うから戻ってくれないか」

「いえ、これは私の大事な仕事ですので」


 だから、全然命令に従ってくれないじゃないか!

 どうなってるんだ!


「では」

 ローラはタオルに石鹸を付けて、俺の背中をヌルヌルと洗い始める。


 既に手つきがイヤラシイぞ!


「んっ、んんっ……」


 だから、何で色っぽい喘ぎ声のようなのを漏らすんだ!

 俺の言う事を『気のせい』とか『気にしすぎ』とか思う人も居るかもしれないが、本当に俺の専属メイドは淫らなのだから気にしすぎではないはずだ。


「アベル様、前も洗いますので向きを……」

「いや、前はやらなくていい! もう大丈夫だ!」

「ですが」

「後は一人でゆっくりしたから、もう戻ってくれないか」

「分かりました……」


 ローラは残念そうな表情をして片付け始める。

 浴室を去り際に一言だけ残して――――

「アベル様、ご明示いただければ、私は何でも致しますから」


 どういう意味だ……

 聖域だった風呂まで侵食されて、もう俺の安息の地は何処にも無いというのか。

 ローラが何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない……


 将来、国家存亡の危機に対し勇猛果敢に戦うアベルだが、女性関係では簡単に侵略を受けてしまうのだった――――



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