第37話 約束
敵の大軍に包囲されつつある王都デスザガートだが、こんな非常事態でも市民の営みは繰り返されていた。
誰もが自暴自棄になって、酒を飲んだり暴れたい気分なのかもしれない。それでも何かを信じ、ほんの僅かな希望を願っているのだろう。
通り沿いの店は開いていた。
アベルは、その中に貴金属を扱う店を見つけた。
「宝石か……明日死ぬ運命かもしれない時でも、宝石を買う者がいるのだろうか?」
不思議に思うアベルだが、すぐにその考えを振り払う。
「いや、いつ死ぬのか分からないからこそ、誰かに想いを伝えるのかもしれないな。俺がこんなことを考えるだなんて。それもこれもローラのせいかもしれない……」
カランッ!
アベルが貴金属店へと入った。不愛想な顔をした店主だったが、急に笑顔になりアベルのところに近寄る。
「いらっしゃいませ。どのような品をお探しで……はっ!」
軍服を着た若い男だと思った店主が、襟の階級章を確認して腰を抜かしそうになった。
アベルは、魔王しか許されない大元帥の階級章を付けているのだ。それほど階級に詳しくない店主でも、最高位の階級章くらいは知っているのだろう。
「し、失礼しました。閣下」
店主が平伏する。誰なのか分からないが、最高位の階級章を付けた軍人に失礼な態度はとれないはずだ。
店主の変わりように苦笑するアベルだが、すぐに指輪の並ぶショーケースを指差した。
「指輪を探しているのだが」
「はい、指輪でしたらこちらに」
ショーケースの中には金細工でできた指輪が並んでいる。どれも美しいが、その中に一つだけ目に留まった指輪があった。
「青い宝石か……」
(高坂直……この青い宝石を見ていると、何故だかキミを思い出してしまう。それに、ローラになったキミにも似合いそうだ)
清廉なイメージの青い宝石が直の姿と重なり、アベルの気持ちは固まった。
「店主、この指輪を。あっ、ペアで頼む」
「へへぇ、畏まりました。サイズは如何ほどで?」
(サイズ……そ、そうだ! サイズが重要だ。ここで失敗したら最悪だぞ。考えろ! 考えるんだ俺! 確か、ローラの指は何度も見ているはず。何かと俺に構ってくるからな)
前世でも今世でも指輪など買ったことがないアベルだが、人生最大の決断を迫られる事態になってしまう。
しばらく悩んでいたアベルだが、何とかサイズを決めた。
「閣下、リングに刻印を入れることができますが、どう致しましょう?」
「刻印か、そうだな。こう入れてくれ」
アベルが頼んだ刻印の文字は、魔族の共通語ではなかった。元の世界の文字で『T&N』と注文した。
不思議な顔をしている店主に、故郷の古いまじないのようなものだと伝えて。
◆ ◇ ◆
王都を脱出しゲヘナへ向かう前日、アベルはローラを寝室に呼び出していた。
コンコン!
「アベル様」
ドアをノックする音が響き、アベルは椅子から立ち上った。先ほどからそわそわと落ち着かない様子だ。
「入れ」
「はい」
ドアを開け入室したローラに、アベルは驚き二度見した。ローラがセクシーなランジェリーを身に着けていたからだ。
「なっ! 何で下着姿なんだ!」
「だって、作戦前に激しく濃厚なセッ○スをご所望なおかと思いまして」
「激しく濃厚なセッ○スはしない。服を着てから出直してくれ」
「そんなぁ」
あからさまに残念そうか顔になったローラだが、主の命令とならば仕方がない。一旦部屋を出て、メイド服に着替え直した。
「アベル様、普段のメイド服にございます。アベル様の趣味に合われるのが、この私の務めですっ♡」
服装こそ清楚になったローラだが、語尾が妙に色っぽい。
「もうっ♡ 普段のメイド姿の方が燃えるだなんて、アベル様はマニアックですね♡」
「いや、今日は真面目な話なんだ。ローラも無理しないでくれ」
アベルから『無理するな』という言葉が出て、ローラは背筋を伸ばした。
「アベル様には勝てませんね」
「ローラの演技がバレバレなんだよ。その、あれだ、前世の話は一旦置いておこう」
「はい、アベル様」
アベルの言葉で、ローラから緊張が消えた。
奇想天外な過去を話したのを気にしていたのだろう。
「その、ローラの話を信じていない訳じゃないんだ。その件に関しては、俺にも話がある。ゲヘナから戻ったら話すよ」
「はい、アベル様」
「でも激しく濃厚なのも、あながち冗談だけには思えなかったけどな」
「まあ♡ まあまあまあ♡」
再びローラの表情が妖しくなる。もう出征の前に本気セッ○スしたいとばかりに。
「その、今日呼んだのは別の話なんだ。関係がないこともないのだが」
「どうしたんですか、アベル様? 今日は様子がおかしいですよ」
「ろ、ろろ、ローラ!」
「はいっ」
いつも冷静沈着なアベルが、緊張で嚙みまくりだ。こんなのは軍議でも前線でもありえない。
「ローラ、手、手を出してくれ」
「えっ?」
ぱちくりと瞬きをするローラだが、アベルが左腕を掴んだことで、一気に赤面する。
「えっ、あのっ、アベル様?」
「ローラ、目をつむってくれ」
「ひゃい」
アベルがローラの左腕を取ると、彼女は限界を迎えたかのように真っ赤になった。
ぎゅっと目をつむって待つローラに、アベルは彼女の左薬指にそっと指輪をはめた。
「その、ローラ、そういうことだ」
「ど、どどど、どういうことですか!」
「察してくれ」
「ハッキリ言ってくださいまし」
事ここに至って、やっとアベルは決心した。
「ローラ! 好きだ、結婚してくれ!」
「よよよよよ、喜んで! 私も大好きです♡」
こうして、不器用な二人は相思相愛となった。
「良かった。一時はどうなるかと思ったのだが」
アベルはホッと胸を撫でおろしながら本音を漏らす。
「本当は言うつもりじゃなかったんだ。この戦いに勝利してから告白するつもりだったのに。でも、街で指輪を見たら、どうしてもキミにプレゼントしたくなったんだ」
アベルとしては勝算はある。だがしかし、無事に戻れる保証もないのだ。
このまま思いを伝えられないまま出征するのに、迷いがあったのも事実だろう。
「あの、でもよろしいのですか? 私は前世の……」
ローラが俯く。自分は前世に想いを残した人が居るのだと。
がだ、アベルは静かにローラを抱き寄せた。
「構わない。キミが誰であろうと。過去が何であろうと」
「アベル様♡」
「だから約束してくれ。俺が帰ってくるのを待っていると」
「はい、アベル様。私はずっと待っています」
アベルはローラの細い腰に手を回し、ギュッと抱きしめた。
(ローラ……高坂直、前世の男も俺なんだ。佐々木透矢も俺なんだ。言いたい。俺が透矢だと言いたい。だが、今言ってしまったら決心が鈍るかもしれない。戦いに勝利してから……)
伝えきれない想いの代わりに、アベルはローラを抱きしめていた。
「んっ♡ アベル様♡ 今夜は、激しく濃厚な……」
「わ、分かった。程々にしてくれ」
物欲しそうなローラの笑顔に、アベルも根負けだ。
明日に影響が出ない程度に、少しだけ激しく濃厚なアレをするしかない。
二人は抱き合ったまま、ベッドに倒れ込んだ。




