第35話 頂点
王都デスザガートへ帰還したアベルは、救国の英雄と持て囃されていた。
魔王サタナキアを敵の真っ只中から救出し、王都帰還を果たした上、アンテノーラ会戦では敵の大軍を撃退したのだ。この上ない功績だろう。
魔王軍も、アベルの功績を大々的に宣伝していた。
それは、敗戦続きの魔王軍に於いて、数々の失策を隠蔽し、国民の目を逸らす目的もあるのは言うまでもない。
敵の大軍に大打撃を与えるも、アンテノーラの街を破壊し放棄せざるを得ない状態にした負の側面は、こうして無視されることになったのだ。
アベルも正式に魔王軍大将となり、士官学校卒業して間もない若者でありながら異例の大出世を果たしてしまう。ただ、階級は上がったものの、指揮する軍も決まっておらず、授与式にサタナキアの姿もなかったのだが。
自室に戻ったアベルは、すこぶる不機嫌だった。
「なんてことだ! このまま座して死を待てと言うのかっ!」
アベルがそう言い放ち床を蹴る。床にあたっても仕方がないが、そうしなければやりきれないのだ。
アンテノーラ駐留軍である第二軍も十分な戦力を残したまま撤退させ、アンテノーラ市民の命も救ったのだ。しかし、王都に帰還を果たした後、サタナキアは部屋に引きこもり、大元帥としての職務を全うしようとしなかった。
世間知らずの彼女にとって、余程アンテノーラ会戦での殺戮シーンが堪えたのだろうか。その後一切の戦闘命令を出さす、一方的に攻め込まれるばかりである。
「くそっ! くそっ! こうしている間にも、街は次々と陥落し犠牲者はどんどん増えているというのに! 選りにも選って、戦時に魔王があの小娘とは!」
魔王を小娘呼ばわりするアベル。誰かに聞かれたら不敬罪にでもなりそうだが、部屋には専属メイドのローラしかいない。
「アベル様……」
ローラが何か言おうとするが言葉に詰まる。
アベルは椅子に座り、天井を仰ぎながら考えていた。いつの世も、最高のチャンスは最悪のタイミングで到来し、最悪の事態の時には最悪の指導者が指揮しているものなのかと。
ドレスガルド帝国軍は、アンテノーラでの大敗北を切っ掛けに、工業都市ゲヘナ方面に進軍していた大軍を転進させ、王都へ向けて移動させていた。
手薄となった王都方面に向けるのもあるが、先に王都をを陥落させるのを急いだのかもしれない。
ただし、敵も奥深くまで進軍しており、補給も伸び切って疲弊しているだろうが。
まだゲヘナの空軍施設や爆撃機が無事な可能性が高い。今すぐゲヘナへと向かい、爆撃機でドレスガルド帝国軍を一網打尽にする。それしか逆転のチャンスはないだろう。
あのサタナキアも、平時であれば優しく国民想いの王になれたのかもしれない。
しかし、今は戦時なのだ。敵が攻めてきているのに、戦いたくないなどと言っていても、敵は撤退してはくれないだろう。
アベルは深く溜め息をつく。
(元の世界でもそうだった。理想論では愛で世界を救い、対話で戦争を回避し、全ての国と友になれば良いだろう。しかし、現実はそう甘くないのだ)
やれ武器を無くせ軍を無くせと言っても、敵が攻めてきたら国民の生命と財産は破壊され踏みにじられる。戦いたくなくても戦いに巻き込まれてしまうのだ。
警察を無くしても犯罪は無くならないのと同じである。
(考えろ! 考えろ俺! 怒っていても事態は好転しない。何とかサタナキアを部屋から連れ出し、俺に統帥権を渡すよう仕向けなければ。多少強引でもやるしかないか)
アベルは考えをまとめ立ち上った。考えと言っても、策略ではなく情に訴えるような強引なものだが。
「ローラ、少し待っていてくれ。宮殿へ行ってくる」
「はい、アベル様……お気をつけて」
心配そうなローラを部屋に残し、アベルはサタナキアの引きこもる宮殿の私室へと向かった。
◆ ◇ ◆
宮殿の廊下を歩くアベルのもとに、当然のようにサタナキアの護衛やメイドが止めに入った。
「お待ちください。この先は魔王陛下の私室であらせられます。いくら閣下といえど、陛下の許可もなく通すわけにはいきません。陛下は誰にも会いたくないとおっしゃっておりまして……」
止めに入った護衛の兵士に、アベルが訴える。
「今がどのような時かご存じでしょう! 我が国の都市は尽く陥落し、市民は人族によって惨たらしく殺戮されている。このような時に何もせず黙って滅ぼされるのを待つおつもりか!」
「し、しかし、命令が……」
アベルの訴えに、護衛は言葉に詰まった。
「忠誠心で命令に服従。平時ならば大いに結構! しかし、今は非常時ですぞ! 命令を守って国を亡ぼすおつもりか! もう、そこまで帝国軍が迫っているのです! この宮殿が人族によって破壊され踏みにじられ、魔王陛下も敵の手に落ち凌辱されても、命令だからと同じことを言うのか!」
「そ、それは……」
これには護衛の兵士もメイドも、下を向き黙るしかない。誰もが思っていることなのだ。
だが、たとえ間違った命令だと理解していても従うしかない。それが封建制のような独裁国家というものだ。
「いいか、もう一度言う。そこを通すのだ。俺が陛下を説得する。もうこれが最後のチャンスなんだ。失敗したら、この王都デスザガートは陥落し、魔王も貴族も平民も、尽く虐殺されるか奴隷にされるだけだ! お前たちは何も見なかったことにすれば良い。俺が勝手にやったことだ」
「はっ! わ、分かりました、お通りください」
遂に護衛たちが折れた。横に退き道を開ける。
アベルはサタナキアの部屋にと向かった。
◆ ◇ ◆
つい先日のはずなのに、サタナキアの部屋が懐かしい。アベルが勲章授与式で出席した後、サタナキアに呼ばれ彼女の私室に入ったのだ。
あれからそれほど経ってはいないはずなのに、もう何年も経ったかのような懐かしさを感じる。
コンコンコン!
「陛下、私です。アベルです」
返事が返ってこなかったが、しばらくしてから弱々しい声が聞こえた。
「アベルか……ワシを一人にしてくれ。誰にも会いたくないのじゃ」
「陛下! 今がどのような時か分かっておられますか?」
「わ、ワシは……」
ガチャガチャガチャ!
鍵が掛かっているが問題無い。アベルは魔法を発動した。
「極小破壊断!」
カシャ!
人族の街でやったように、鍵の内部を局所的に破壊してドアを開ける。
バタンッ!
アベルがサタナキアの部屋に入ると、彼女は部屋の隅で膝を抱えてうずくまっていた。
「陛下」
サタナキアは、チラッとアベルを見て、再び下を向いてしまう。
「アベルよ……ワシはダメな魔王じゃ……。人族に騙され、国を滅ぼし、多くの民の命を……。そ、そして現実の戦争を目の当たりにして、怖気づいて何もできなくなってしまった。ワシには魔王の資格も無い……」
「陛下は魔王です。魔族一億の命を預かる支配者なのです」
「じゃが……ワシには才能も覚悟も無かった。臆病で弱虫で愚かで……ダメな女なのじゃ。ワシなど最初から魔王になるべきではなかった。もう消えてしまいたい」
ガタンッ!
アベルはサタナキアに掴みかかった。護衛がいたらパニックになっていたところだが、生憎今は二人だけだ。
「才能も覚悟も無いだと! なるべきではなかっただと! 消えたいだと! 陛下はそれで良いかもしれません。しかし、残された我ら魔族はどうなるのです! 魔王陛下を慕う国民は!? 女子供や老人は? その全てに対し、陛下には玉座に座り、軍を指揮する義務がある!」
襟元を掴まれ体を揺らされて、サタナキアは泣きそうな顔でアベルを見上げる。
「アベル……そなた、ワシを慰めに来たのではないのか……」
「慰めて済むなら、いくらでも慰めましょう。しかし、今はそれどころではないのです。こうしている間にも、多くの民が殺され踏みにじられていく。トップに立つ者には責任が伴うのです。どんなに辛くても、最悪な選択を迫られても、皆に独裁者と嫌われようとも、それでも心を殺してでも政を進める義務がある!」
「ワシは魔王になどなりたくなかった……。そなたが魔王なら良かったのに……」
サタナキアは、力なくうなだれた。
「陛下、良い方法があります。陛下の持つ統帥権を一時的に私に与えるのです。そう、私を大元帥に昇進させ、魔王にだけ有する統帥権を渡す。それで私が、我が国から敵を追い払って差し上げます」
それまで強く言っていたアベルの表情が、少しだけ柔らかくなった。
「あ、アベルよ……」
「もちろん戦争終結の暁には、全て陛下にお返しします。何も陛下が一人で抱え込む必要はないのです。手を汚すのは部下に任せ、陛下は玉座に座っていれば良いのですから」
サタナキアは静かに頭を立てに振った。
◆ ◇ ◆
玉座に座るサタナキアは、アベルの手はず通り辞令を口にする。
「そなたを最高司令官である、魔王軍総司令官に任ずる。魔王の有する全ての統帥権をそなたに与える。それにより階級を大元帥とする。全軍を率いて王都を守ってくれ」
玉座の間にサタナキアの声が響く。魔王の統帥権をアベルに譲り渡したのだ。アベルが頂点に上り詰めた瞬間でもある。
「謹んで最高司令官の任、お受けいたします」
アベルは、仰々しくサタナキアに平伏した。
(遂にここまで来た。俺がトップに立ったのだ。残虐非道なる人族に報いをくれてやる。俺は必ず戦争に勝利し、人類を滅亡させるのだ!)
最終防衛ライン死守とゲヘナへの移動。大元帥アベルの、最後の戦いが始まろうとしていた。




