第30話 ローラのメイド日記3
私の名前はローラ・ウアル、年齢は秘密。親愛なるアベル様の専属メイドでございます。
アベル様の盾となり、アベル様に命を捧げる女。
えっ、重い女ですって?
私にも色々あるのです。
ただの美少年好きなイケナイお姉さんじゃないのですよ。
実は、私には誰にも言っていない秘密があるのです。
それはこの世界の摂理を越えた、誰もが信じられないであろう不思議な秘密が。
でも、その前にアベル様がピンチなのです。
アベル様の新兵器開発も順調に進んでいたかに見えた時、その知らせは突然訪れたのです。
魔王崩御と新魔王即位。
そしてアベル様は、ある知らせを聞いた時に酷く狼狽されました。
「はあ!? 軍務大臣と総司令官と総参謀長が謹慎処分だと!」
アベル様の明晰な頭脳が高速で動いているようです。
このような時のアベル様は、とても聡明で先の先を考えておられるのです。
「アベル様……」
「ローラ、何でもない。ちょっと技術研究所に行ってくるよ」
「はい、ご用意いたします」
アベル様は、急いで技術研究所のメフィストフェレス少将に会いに行きました。
あの少し変わった技術将校は、アベル様と気が合うようです。階級の差も感じさせない、まるで友人のような関係なのです。
それからのアベル様は、とても忙しくしておられました。
きっと重要な、魔族の未来に関わることを考えておられるのでしょう。
そして、ドレスガルド帝国との間に停戦の条約が結ばれ、魔王命令により武装解除が宣言されたのです。
有り得ない……。
この世界では、人族は魔族を家畜以下の存在だと思っているようなのです。
もちろん魔族の中にも貴族と平民、階級などにより差別はありますが、人族が魔族に対する感情とは比べ物になりません。
人族は、本気で魔族を根絶やしにする気かもしれないのです。
それなのに、あの小娘……新魔王ときたら。
停戦までは分かるとしても、まんまと敵の口車に乗せられて武装解除までしてしまうとは……。世間知らずにもほどがあります。
百年兵を養うは何と心得ているのでしょう。
ただ、一日これを用いんがためなのです!
あっ、これはこの国の言葉ではないのですが。
私……昔はオタク系女子でして、ちょっと歴史にも詳しいのです。
◆ ◇ ◆
恐れていたことが起きました。
ドレスガルド帝国との条約調印式に、アベル様も魔王の側近として参加させられるのです。
王都で魔王と謁見してからのアベル様は、何かを思い詰めた表情をしておられます。
きっと、アベル様も理解しておられるはずです。
この調印式が罠なのだと。
アベル様は、調印式に向かう前に、私にこう命じました。
「ローラ、俺が調印式に主席している間は、ここゲヘナで待機しているんだ。絶対に国境に近付いてはいけない」
「アベル様、私はアベル様の専属メイドです。調印式には出席できなくとも、国境沿いの街までお供します」
「ダメだ! ここで待機しているんだ。これは命令だ!」
アベル様は、強く強く、そう命じました。
「はい……畏まりました」
アベル様は本気です。ここでゴネても、いつものように折れてはくださらないでしょう。
でも、私も行きます。
アベル様に内緒で。
恐らく、この国は戦乱に巻き込まれ、大混乱に陥るでしょう。
多くの魔族が亡くなるような大戦争に。
ですが、アベル様はきっと国民を救ってくださるはずです。
まるで生き急ぐように疾走し続けるアベル様。
何か大きなものを一人で抱え込んで。
他の者とはまるで違う時間を生きるように、栄達も新兵器開発も、凄いスピードで成し遂げてしまわれる。
アベル様はこの国にとって、なくてはならない存在なのです。
必ず私がお守りしなくては――――
条約調印式が帝国のグレストで行われるということは、そこから最も近い国境沿いの街といえばジュデッカです。
これは賭けのようなものですが、もしアベル様がグレストで敵に襲われ、逃走したとするならば、ジュデッカに向かう可能性が高いはずです。
アベル様の聡明な頭脳で別の場所に向かう可能性もありますが、そこまで読んで行動するのは、私には不可能です。
私は汽車と馬車を乗り継ぎジュデッカへと向かいました。
◆ ◇ ◆
そこは地獄のような光景でした。
人族の新型砲弾による攻撃を受け、街は一気に燃え上がり、全てを燃やしてしまったのです。
私は、人族の侵攻が始まった瞬間に逃げ出し、難を逃れました。しかし、まともな交戦もできない魔王軍は、脆くも崩れ去りました。
街も魔族も、大人も子供も老人も、男も女も、皆燃えて炭になって……。
アベル様の為に確保した水も食料も全て失い、必死に逃げ続け、後方にある軍のキャンプに辿り着きました。
「ローラ!」
「あっ、アベル様! 良かった。やっと再会できました」
やはり運命なのでしょうか。アベル様に会えました。
「何故こんな危険な場所に来たんだ! ゲヘナで待機しているよう命じたはずだぞ。ここは戦場だ……一歩間違えば……」
アベル様は心配そうな顔をしました。
「アベル様……申し訳ございません。平和条約など絶対罠だと思い、アベル様を助けようと追いかけて来たのです。調印式の行われるグレストからだと、ジュデッカに寄ると予想しまして」
「ローラ……お前は何を言っているんだ」
アベル様だって分かっておられますよね。罠だって。
「だって、人族が魔族と条約なんかを結ぶ訳がないじゃないですか。人族同士でも条約なんて守らない国が多いのに」
「なっ」
「戦争には条約破棄が付き物ですわ」
「ローラ……」
あれっ? アベル様が不審な目を向けておられます。
拙いですわ。喋り過ぎてしまいました。
余計な知識を喋ってしまうと、この世界の住民に疑惑を持たれてしまいます。
気をつけないと。話を変えましょう。
「それで、こちらの方が……」
「こちらがサタナキア様だ。今はお忍び故、周囲にバレないようにせよ」
「はい」
私はメイドの儀礼をしながら、心の中で悪態をつきました。
まったく、この小娘のせいでアベル様が!
あら、ちょっと口が悪いけど仕方がないですわ。
◆ ◇ ◆
ダァァァァーン!
「ぐっ、何だ! 敵か! 皆、伏せろ!」
「アベル様、我が軍が敵と交戦中です」
橋を守るように布陣したボロボロの魔王軍と、次々と数を増す敵兵とか戦っています。
どうやらディーテかリンボを守っていた魔王軍が敗走して、ここまで押し込まれてしまったのしょう。
反対側の道から来た我々に、防戦一方の魔王軍は気づいていないようです。でも、敵からの銃弾がこの車にも掠めるように通過していきます。
アベル様が危ない!
私たちは伏せて隠れることができても、運転しているアベル様は避けられない。
このままではアベル様が!
「アベル様、危ない!」
その時、私の体が勝手に動き、アベル様を守るように覆いかぶさりました。
ダァァァァーン! ズチャ!
熱い……。体が燃えるように熱い……。
やがてそれは痛みだと気づく頃には、意識が遠のいてゆきます。
「お、おい……ローラ……嘘だろ……冗談はやめろ……」
アベル様は無事なようです。
良かった…………。
私は……守れたのですね……。
これは私の贖罪――――
遠い過去に犯してしまった過ちの――――
傷つけてしまったあの人への――――
どうしてもそれが心残りだったの。
できればもう一度会って謝りたかった。
もう二度と会うことができない人。
この世界でアベル様に出会い、何故か分からないけど彼の面影を重ねてしまいました。
ずっと前から知っているような、姿形は全く違うのに、どこか似ているような。
運命と呼べる何かを感じたのです。
その時、私は決めたのです。
アベル様の盾になって守ろうと。
この御方に忠誠を誓い、そして殉じようと。
それが、前世で果たせなかった罪滅ぼしだと。
勝手に昔好きだった人に面影を重ねられるアベル様には迷惑かもしれませんね。
でも、これで果たせたのです。
もう……思い残すことは…………。
違う、本当は生きていたかった!
アベル様を愛してしまったから!
もっと一緒にいたかった。
もっと色々話したかった。
もっと夜伽だってしたかったのに。
元の世界で好きだった、あの人に申し訳ないと思うのに、私はアベル様を愛してしまったのだから。
アベル様と過ごした時間は、とてもかけがえのないもので、とても輝いていて、とても幸せでした。
でも、最後に伝えなくては。
私が別の世界から来た転生者だと。
アベル様が私のことで悩まないように。
ただ、元の世界で好きだった人の代わりだったと。
私の勝手な我儘で、前世で好きだった男の面影をアベル様に押し付けて、私が勝手に死ぬだけなのだと。
「アベル……さま……」
「ローラ、もう喋るな」
「い……え……大事な、話……なのです。聞いて……ください」
「大事な話?」
「とても……大事……な……二人……だけで」
全てを伝えた私の心は、深く暗い闇の底に落ちて行きました。
もう二度と逢えないであろう深淵の中へ。




