第14話 策謀
魔王軍は、これまでの攻撃で設置したアケロン城前方の塹壕を拡充し、大規模な野戦陣地を構築した。
それは坑道戦でも仕掛けるのではと思わせるほど、城壁近くまで掘り進める大規模なものだ。
敵に作戦を見破られない為には、本気で長期戦を戦う覚悟だと思い込ませねばならない。
構築した野戦陣地に、魔王軍兵士が続々と投入されている。
今まさに、戦いの火蓋が切られようとしていた。
「突撃!」
魔王軍の掛け声と共に一斉攻撃が始まる。
後方の塹壕から支援用の魔装式迫撃砲が発射され、同時に魔法支援兵からの支援魔法が放たれた。
元来魔族は魔力を持っており、特殊な触媒を使い魔法の行使が可能になる。
しかし、魔法術式発動に時間が掛かる為、前線での使用は役に立たない。もっばら後方からの支援のみだ。
「「「うぉおおおおおおおおおお!」」」
支援攻撃の後に、魔装式歩兵銃を持った兵士が一斉に突撃する。
ズダダダダ! ズダダダダ! ズダダダダ!
すぐに城壁上から敵の銃撃が始まり、血で血を洗うような殺戮の現場と化す。
後方で戦場を見つめるアベルは、感情を抑えようとしていた。
前世では銃を撃つどころか触ったこともなかった。
目の前で次々と撃ち殺されて行く兵士に、衝撃を受けながらも動揺を顔に出さないように必死だ。
(どうやら魔族に転生して肉体が強靭になり魔力も得たが、精神まではゲームのようにはいかないか)
ゲームでいくら敵を撃っても心は痛まないが、目の前で起きている惨劇は現実だ。
(まるで日露戦争に於ける旅順要塞攻略戦だな……。堅牢な要塞に向かって突撃するなど、無駄に兵を失うだけに思える……。それだけ要塞への攻撃は難しいのだ)
何度か攻撃を仕掛けるが、決定的なダメージを与えられず膠着状態になった。
こうしている間にも、アベルは次の策を考えていた。後方で砲床の構築工事をしているのだ。
これは作戦の決め手となる効果抜群な策である。
実際に稼働させるのは難しいだろうが、見た目のインパクトは絶大だ。
◆ ◇ ◆
翌朝――――
アケロン城を占拠している人族、ドレスガルド帝国軍司令官ロング少将のもとに、緊急報告が入ることとなった。
朝食の時間を邪魔され、ロングは不機嫌な顔で部下を睨みつける。
「いったい何だ、朝から騒々しい!」
ロングの視線に部下はたじろぎながらも、報告を始めた。
「大変です、魔族軍陣地の後方に砲床構築が確認されました。後方からは砲架などの大量の部品や食料が運び込まれているとのことです」
「なんだと!」
「砲床の大きさから、敵は榴弾砲を組み立てる算段だと思われます」
ドレスガルド帝国軍の予想通りである。
アベルは後方から遠路遥々と、魔装式榴弾砲を運び込み設置しようとしているのだ。
榴弾砲が設置完了した暁には、大破壊力の攻城兵器により、長距離射撃で城壁や城門の破壊も可能となる。
しかし、榴弾砲は重く運び込むのに時間を要する上に、砲塔を設置する為に砲床の構築工事や組み立ても必要だ。設置にも時間が掛かり、前線で使うとなると問題が多い。
「おのれ、魔族め! あんな物を設置させてたまるか! すぐに出撃して叩き潰してやる!」
ドレスガルド帝国アケロン城駐留軍は、城を出て魔王軍を攻撃する決定をした。
◆ ◇ ◆
魔王軍アケロン城攻略軍司令官のキマリス少将とセーレ少将は、アベルに対して全く違う感情を抱いていた。
キマリス少将としては、士官学校を卒業したばかりの青二才が、前線でアレコレと指示してくるのが腹立たしい。
アロケル大将の命令であるから従っているものの、そうでなければ新任少尉などが少将に意見するなどあってはならないと思っていた。
もう一方のセーレ少将は、面白い男が出てきたものだと多少ながら感心していた。
魔王軍は古い慣習や家柄ばかりを重んじて、新しい風を入れず組織が硬直化していると感じているからだ。
あの男が魔王軍に新しい風を引き入れて、この停滞した軍を動かす切っ掛けになれば良しと思っていた。
思惑は違えど、同じ魔王軍として戦っている者たちにとって、遂に作戦の転機となるその瞬間が訪れた。
何度目かの突撃が失敗し、魔王軍部隊が後退した瞬間を見計らって、ドレスガルド帝国軍が城門を開け追撃に出たのだ。
城壁上から掩護射撃を受けながら怒涛の進撃をする人族に対し、魔族は一斉に後退し陣地を捨て撤退を余儀なくされた。
長期戦に備えた食料も設置途中の榴弾砲も、そのまま放置し見す見す敵に譲り渡す失態を犯してしまう。
しかし、それこそがアベルの策であった。
如何にもそれらしく、混乱しながら撤退しているように見せかけているが、なるべく兵の損害を減らす為に計算されているのだ。
アベルは、敵が城から出てこないことも想定していた。その為、囮として、敢えて遠く離れた後方から貴重な榴弾砲まで運んで来たのだ。
魔王軍の最新兵器が登場したとなれば、人族も躍起になって城を出て、榴弾砲の設置を阻止したり鹵獲しようとするものだろう。
大量の食糧や物資を積んだ荷台も放置したままだ。しかし、その荷台は二重底になっていた。荷台の底には兵を忍ばせており、それが『木馬作戦』の核心である。
全ての準備が完了したのを見届けたアベルは、悠々と撤退していった。
◆ ◇ ◆
「ガッハッハハハハハハッ! 愚かな魔族め、あの慌てぶりには大爆笑だ! 大量の物資まで残していきおったわ!」
魔王軍を退け大喜びのロング少将が、勝利の美酒に酔いながら大笑いをした。
元から魔族を見下している彼としては、魔族の敗走が楽しくて仕方がないのだ。
魔族の残した物資も兵器も全て鹵獲して、城内に運び込んでいた。勿論、設置中だった榴弾砲もだ。
「次に攻めてきた時は、奴らの残していった榴弾砲を自らの身に食らわせてやるわ! ガッハッハッハ!」
城内に歓声が響く。
誰もが魔王軍に勝利した喜びでバカ騒ぎだ。
堅牢な城壁を備えた城塞都市であるアケロン城に、もはや魔族は為す術も無いと誰もが思っていた。
◆ ◇ ◆
その夜――――
荷台に忍び込んでいた魔王軍兵士が、深夜になって動き始めた。兵士たちは城内の各所に爆薬を設置する。
そして、撤退したと見せかけた魔王軍は、途中で反転し再びアケロン城付近まで戻っていた。
今や今やと逸る気持ちを抑え、突撃の号令を待っている状態だ。
「そろそろ時間だな」
アベルが時計を見て呟く。
ズドォォォォォォォン!
ドドォォォォォォォン!
ドォォォォォォォォン!
その時、アケロン城で幾つもの爆発音がして煙が上がる。
遂に反撃の時間だ!
魔王軍兵士に緊張が走る。
◆ ◇ ◆
その頃、城内のドレスガルド帝国軍はパニックに陥っていた。
久々の酒を飲んで寝ていた兵士たちは、誰もが何が起きたのか理解できず右往左往するばかり。
「うわああ! 攻撃を受けているぞ!」
「ぎゃああああ!」
突然城内に爆発が起こったのだ。パニックになるのは必然だろう。
ロング少将のもとにも緊急連絡が入った。
寝起きのガウン姿のまま、報告にきた部下を怒鳴りつける。
「何事だ!」
「それが、敵が現れました」
「何だと!」
良い気分で寝ているのを爆音で叩き起こされたのだ。ロング少将は、すこぶる不機嫌だった。
「敵だと! 一体何処からだ!」
「敵は城内に居ります! 何か所も同時に攻撃され、城内あちこちで火の手が上がっております!」
「なっ、そんなバカな! トンネルでも掘って地下から現れたとでもいうのか!?」
「ただいま調査中でして……」
城内各所を爆破した魔王軍兵士たちは、騒ぎに乗じて城門を見張っていた人族兵士を殺害し、内側から大きな門を開け放つ。
「よし、時間通りだな」
アベルが時計を確認すると同時に城門が開いた。
「突撃!」
定刻通りに門が開いた所に、魔王軍が怒涛の進撃を開始する。
遂に、これまで受けた屈辱を、何倍にもして返す時が来たのだ。
魔王軍による情け容赦のない反撃の時間が迫っていた。




