第10話 ローラのメイド日記
私の名前はローラ=ウアル、22歳。
親愛なるアベル様の専属メイドでございます。
アベル様の命令には絶対服従せよとの命を受けておりまして、それはもう朝から晩までお目覚めから夜伽まで。
アベル様との出会いは五年前に遡ります。
あの時の私は運命を呪っておりました。
アスモデウス伯爵家の領地で貧乏暮らしをしておりました我がウアル家は、父が酒ばかり飲んで働かず家計は厳しくなるばかり。
そんな時、伯爵子息の専属メイドを探していた閣下の御眼鏡に適い、急遽お屋敷で働く事になったのです。
私、自分で言うのもなんですが、容姿だけは自信が有りますので。
父は、僅かばかりの金欲しさに私を売りつけてしまったようなものでした。
屋敷へと向かう馬車の中、私は嘆き悲しんでおりました。
どこぞの誰とも知らぬ貴族のドラ息子に、絶対服従の専属メイドとしてその身を捧げ慰み者になってしまうのですから。
せめて最初の相手くらいは自分で決めたかった……
お屋敷の旦那様は厳しそうでありながらも穏やかな方でした。
世間では使用人を奴隷のように扱う悪逆非道な貴族も多いと聞き及んでおりましたから、そのような境遇の人と比べたら自分はまだ良い方なのだと思います。
初めてアベル様と顔を合わせた時の衝撃は忘れられません。
想像していた貴族のドラ息子とは正反対の、可愛らしい少年がそこに居たのです。
幼いながらも知性を感じさせる瞳、年齢の割に落ち着いた物静かな性格、たまに見せる物憂げな表情。
私は一目で気に入ってしまいました。
何て美味しそう……コホン、何て利発そうな少年かと。
アベル様の御側で仕えてから暫く経ちますが、いまだに指一本触れられていません。
今日もこのような顛末です。
「アベル様、何か御用がありましたら、お申し付けください」
「いや、特に無い。自分の部屋で休んでいてくれて構わないぞ」
「昼間から自室で休んでいたら、私が旦那様に叱られてしまいます」
「そうだな……では、その辺で休んでいてくれ。暇だったら本棚にある本を好きに読んで良いから」
「はい……」
一見アベル様は女性に興味が無いのではと思うかもしれません。
しかし、私は知っています。
こっそり私の腰や胸や首筋を見ている事を……
アベル様は気付かれていないと思っているようですが、私には全てお見通しです。
女性は男性の視線に敏感なのです。
だから、私は彼の前で態と腰を突き出したり、胸元が開いて谷間が見える位置にしゃがんだりして、彼から手を出して来るように仕向けているのです。
冷静を装っていても、凝視していたり動揺しているのがバレバレです。
必ず欲情させて、彼の方から関係を迫らせて既成事実を作って見せます。
自分で言うのも何ですが、私ってスタイルは抜群ですから。
そして更に時は流れ、アベル様が士官学校に入学する年齢になりました。
私も一緒に王都へ向かう事になります。
信じられない事に、私はいまだ指一本触れられていません。
あの手この手で欲情させようとした私の努力は何だったのでしょうか?
ある晩、アベル様が私を部屋に呼びつけました。
これは遂にその時が来たのですね。
「アベル様、御呼びでしょうか?」
彼はベッドに腰かけ、私を凝視しています。
ふふふっ……全て分かっていますよ……もう我慢出来ないのですよね……
「ローラ、裸になってコッチに来るんだ」
き、き、き、きたぁぁぁぁぁぁぁ!
遂に我慢の限界になったアベル様が、その欲望と煩悩に塗れ熱く猛った一物で私の中を掻き混ぜる時が!
うふっ、ふふふっ、いや、顔がニヤケてしまいそうになる。
ここは冷静に澄ました顔で――――
「は、はい……」
じゅるり……
いけないわ……つい涎が出そうに……
あくまで淑女としての清楚を心がけておかないと。
「いや、待て、冗談だ。悪かった……」
は?
冗談?
何の悪い冗談よ!
これだけ期待させておいて御預けだなんて酷すぎる!
もう、最悪!
「えっ……は、はい……」
私は脱ぎかけた服を整える。
はぁ……
見られてる……
凄い見られてる……
御預けの後はシカンプレイですか?
そんなに凝視されると……変な気持ちになってしまいます……
「アベル様……」
「ああ、そうだった。明日の用意で……」
明日の用意で、この前振りですか!
何のプレイですか!
「ローラ、もし俺が悪逆非道な伯爵子息だったらどうするつもりだったんだ?」
「アベル様は、とてもお優しい方です」
違う意味で悪逆非道ですけどね!
もう、今夜はカラダが疼いて眠れません!
翌日――――
「アベル、おはようっす!」
「ああ、おはよう。アリサは今日も元気だな」
「もちろんっす! 今日の校外教練は一緒に頑張るっすよ!」
は?
何なのこの貴族の小娘!
私のアベル様に馴れ馴れしく触って……
もう、悪い虫が……
ピキッ!
これは由々しき事態です!
こんな小娘に負けるわけにはいかないのよ!
後日――――
「アベル様、お迎えにあがりました」
「もう、アベル君、行こうよ」
むにゅ!
は? また違う女が!
しかも、今度は大人っぽい色気ムンムンな女が!
この女、わざと胸を押し当てて、完全にアベル様狙いじゃないの!
ピキッ!
アベル様も満更でもないご様子……
このままでは、あの女の色香に惑わされてしまう……
「アベル様、おモテになるのですね」
「ん? 別にモテてはいないさ」
もう、一刻の猶予も無いわね。
今夜にでも多少強引に決めてしまわないと。
「アベル様、お背中をお流し致します」
「はあ? いや、ちょっと待て……」
「失礼致します」
裸で無防備な湯浴み中なら、あのアベル様でも我慢出来なくなって間違いを起こしてしまうはず。
うふふふふっ……
見てる見てる……
バレていないおつもりでしょうが、私は全てお見通しですよ……
内心は私のカラダを触りたくて仕方がない事も、アベル様の男性自身がはち切れんばかりに猛り狂っている事も……
「んっ、んんっ……」
いけないいけない、変な声が漏れてしまった。
私の方が我慢出来なくなってきてしまいそうだわ。
「後は一人でゆっくりしたいから、もう戻ってくれないか」
えっ、どうして……
何がそこまで頑なに心を閉じてしまわれるの?
何が貴方をそこまで思い詰めてしまっているの?
時々、遠い目をして悲しそうな表情をするのは何故?
貴方は何か途轍もなく大きな物を一人で抱え込んでいるように見える……
私は……
そんな貴方を全ての苦しみから解放して差し上げたい。
全て忘れて、私の胸で安らかに眠って欲しい……
あの日、あの時、まるで大人のように物憂げに耽る貴方に初めて会った時から、私の中に不思議な感情が芽生えて、永遠に解き明かせない恋という名の迷路に入り込んでしまったのですから。
「アベル様、ご明示いただければ、私は何でも致しますから」
私はローラ=ウアル……
アベル様の忠実なる専属メイド……
もし、アベル様の身に危険が迫ったのなら、私が盾となってでもお守りする……
それが私なのです――――




