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Deep Forest  作者: きよこ
3/9

第3話 当たった棒、足の小指に激突

「あんにゃろー……数字、全然違うじゃんかよ」


 伝票を睨みつけながら、電卓を叩く。私の前の席に座る営業の川田は、またもや伝票の数字をミスった。

 計算をし直しながら、川田のいない机に文句を吐く。川田は営業先に行ってしまった。だから、今なら川田の文句を言いたい放題だ。


「凛ちゃん、落ち着いて」


 隣に座る私の頼れる先輩、岸川智子は苦笑しながら、私の肩をなでてくれた。

 岸川さんはつぶらな目をした穏やかな顔立ちで、ふんわり優しい雰囲気を身にまとっている。

 隣にいるだけで癒されるのに、仕事はバリバリにこなすのだから、さらに憧れてしまう。私が男だったら、確実に惚れてた。


「川田さん、口ばっかで腹立つんですもん。いつか絶対、隅田川に落としてやります」

「なんで隅田川」

「似合いそうだから」

「どんなイメージよ」


 川田がぬれねずみになっている姿を想像してぷっと吹き出す。やっぱりいつか絶対、隅田川に落としてやろう。


「あの、佐村さん?」


 黒いことを考えながらほくそ笑んでいたら、書類を抱えた男が机の横に立っていた。今日の会議にいた……なんとかかんとか株式会社のなんとかだ。……名前、なんだっけ。


「これ、目を通しておいて下さい。あと、少しお時間をいただきたいんですけど」


 私に書類を手渡したその手で、眉毛辺りにまで伸びたこげ茶の髪の毛をうざそうに掻いた。

 髪質は男の人にしては柔らかそうで、チンチラの毛みたいだ。

 すっきりとした切れ長の二重の目をしていて、瞳の色が茶色っぽいせいか色気がある。吸引力があるというか……引き込まれそうな目だ。ダイソンばり。

 身長は私より少し高いくらい――私が一六五センチだから、一八〇センチいかないくらいだろう。無駄な贅肉はついていないのにやせ細ってみえるわけでもないスレンダーな体型だ。

 薄めの唇の口角は常に上がっているから、営業に向いていそう。あ、でもシステム変更でうちの会社に来ているのだから、システムエンジニアなのか。

 ぱっと見は『イケメン』なんだろう。


「時間って、今からですか?」

「すぐに終わりますから。システムの件で、お伺いしたいことがいくつかあって」

「じゃあ、大丈夫です」


 机の上に広げていた伝票を書類の山に置いて、ナントカ(名前が思い出せない)さんに笑いかける。

 こういう時なら、私だって営業スマイルくらい出来る。


「ちょっと会議室まで来てもらっていいですか? 五分くらいで終わります」

「はい」


 私の所属する課があるフロアには、四人位で使うのにちょうどいいサイズの小会議室がふたつある。

 そこに案内され、席に着くと、早速システムについての質問をいくつかされた。

 現行のシステムの使いづらい点だとか、使いやすい点だとか。

 質問に答えるたび、ナントカ(やっぱり名前が出てこない)さんは高そうなボールペンを動かしてメモを取っている。


「やはりデータ分析をしづらいんですね、今のシステム」

「そうですね。あとは入力時に商品コードが出てこないのが確認の際に不便で」

「わかりました。それじゃあ、僕からも質問が」

「はい?」


 ボールペンの動きが止まった。コンコン、とメモ用紙を叩いた後、彼はにやりと笑った。


「僕のこと、覚えてますか?」

「は?」

「覚えてます?」


 さりげなく名前を呼ばないようにしていたの、気付かれたか。名刺を確認しておくべきだった。

 名前、名前……確か色がついていたような。崖っぽいかんじだった気がするけど、山っぽいかんじだった気もする。


「僕はあなたのこと、しっかり覚えてるのに。ひどいなあ」


 わざとらしいくらい眉毛を下げて残念がる。大げさにため息をついて、私を見つめてきた。


「す、すいません。お、覚えてますよ。ええと、あの、ええっと」

「もしかして、照れてるんですか?」


 なんで照れなきゃいけないんだ。この男、うぬぼれてんの?


「僕だって、恥ずかしいんですよ。まさか、ねえ」


 恥ずかしいといってる割には、恥ずかしがってる様子は無い。堂々とした態度で、挑戦的な眼差しを向けてくる。

 ていうか、恥ずかしがる意味がわからないんですけど!


「覚えてますから。青森さん!」

「どうして県名が出てくるんですか」

「あ、あれ。じゃあ、山森さん?」

「牛丼山盛りですか」

「うそ。ええと、青山さん?」

「青山三丁目かい」

「……すいません、覚えてません」


 降参です。負けました。社会人失格です。がっくりと肩を落として、しょんぼりしてみせる。どうかこのイタイケな態度で許してください。


「本当に覚えてないの? 確かに飲んだくれてたけど」


 そう言って、彼はしかめ面をつくったあと、親指で眉間をぐっと押した。

 おや? あの親指、見たことあるぞ。


「ちょ、ちょっと、待って。その親指!」


 つめの形がお父さんの額の形に似てるなーって思ったのよ!


「あの時の、ラブホのっ!」

「え、あの、親指で思い出したの?」

「ジャイアン!」

「しかもほんとにジャイアンで覚えてるのかよ!」




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きよこの小説ブログ(『Deep Forest』も連載中)
empty upper lab
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