国境の街リセッシュ Ⅳ
それぞれの仕事をするため、アデルとアセリアは部屋を後にした。
俺はカインと砦の兵士、侍従と共に部屋へ取り残される。
決して何か当てがある訳ではない。
見た目は子供、頭脳は大人という言葉がある。
確かに俺は前世を含めて48年生きているのだから、それに当てはまらないこともないだろう。
ディストランデでは14才で成人とする国が多いらしいので、その価値観で言うと見た目は成人、中身はおっさんといったところか。
そんなことを言ってる場合でもなく、アセリアのためにもなんとしても犯人を探さなければいけない。
自由に動けないのであれば、安楽椅子探偵よろしく情報から推理するしかない。
しかし、推理だけで犯人像を探し出すためには一つ、大きな障害があった。
それは魔法の存在だ。
魔法といえど、決して万能ではない。
しかし、遥かな高みに到達した魔法使いは、ほぼ万能と言ってもいい程の伝説が残している。
前世の言葉で、「極めて発展した科学は、見る者によっては魔法と変わりない」という言葉があるくらい、極めて発展した科学に準えるようなものなのだ。
それに加え、俺は魔法を見ることができない。
見るだけでなく、魔法で発せられた現象であれば、それが光だろうと衝撃だろうと、音だろうと匂いだろうと、そして癒しの力であろうと、関与することができないのだ。
しかし、犯行に魔法が使われていたら俺にはどうすることもできないか?と、言われれば、決してそうではない。
実はある意味、俺はこの世界で、魔法を誰よりも深く理解しているとも言えるのだ。
そう、ここでやっと、俺が唯一異世界転生者として手に入れることができた、超絶チートスキルが発動する。
間違いなくこのディストランデで、俺だけがただ1人だけ持つ、チートスキル。
それは、
「21世紀の日本で、大学を卒業出来るくらいの基礎学力」......だ。
いやいや、これが結構馬鹿にできないのだ。
そのチートスキルは、魔法という現象を理解するのに非常に役に立った。
かつて俺は魔法を理解しようと、あわよくば魔法の力や魔法の目をを手に入れようと、現代の基礎知識を活用して可能な限り解析したのである。
例えば魔法で火を起こすことは可能だ。
実際、昨日の夜に小休止を取った際、たまたま前の旅人が残した炭跡へ、魔法で火を付けていたはずだ。
ディストランデの常識で考えれば、魔力が炎を産み出したと言われているが、チートスキル「21世紀の日本で、大学を卒業出来るくらいの基礎知識」でそれを解析すると、別の側面が見えてくる。
炎を産み出すためには、まず、燃える物体が必要であり、それを発火させる「熱量」が必要だ。よく燃える紙に、熱量をどんどんと足していけば、いずれ炎になる。
熱を吸収しやすい黒い紙に、虫眼鏡で太陽光という熱量を集めていけば、炎という現象が産まれるということだ。
つまり、例えば昨夜の炭跡に火を付けるような場合、魔力で産み出しているのは、炎ではなく熱量であるということがわかる。
それを踏まえて状況を整理すれば、今回の件でもいくつか浮かび上がって来ることがあるはずであり、障害になると思われる魔法の存在が、解決の糸口になる可能性もある。
「ホシを挙げる為にまず必要なのは、正確な情報だ。現場へ行って確認して欲しいことがある」
「ホシとは何のことですか?」
「いや、今その話しはいいんだ。俺がこれからいうことを確認してきて欲しい」
アルナーグから連れてきた守護騎士と、砦の兵士達に、細かく調査の指示を出していった。
先ずは、小火を起こした荷車の状態を確認してもらう。
「時間がないから、本当はカインも情報を集めに行って欲しいんだが......」
「言わなくても解ってもらえると思いますが、それはもちろんできません」
「だよな......」
アゼルと違い、年が近いこともあって若干砕けた口調になる。
アセリアがいても、こんな言葉は使えないだろう。
カインは俺の護衛について4年ほどになる。
俺が14才の成人を迎えた時、背格好が近い守護騎士は必要になると言われ付けられた者だ。
前世風の言葉で言えば、影武者というやつである。
俺は黒髪、カインも黒髪と言えなくもないが、やや赤みががっている。身長は同じくらいでも、カインの方が騎士として鍛えてる分かなりガッシリとしている。
近くで見れば、2人を見間違えることはまずないだろう。
しかし、影武者とはそんな程度で十分役割を果たすのだ。
前世と違い、ディストランデには写真がない。
口頭で俺とカインの特徴を伝えようとすれば、両方とも黒髪の青年になるのだ。
そっくりな外見を揃えることにはあまり意味はなく、それよりも忠誠心があり、腕が立つ者を用意する方がよっぽど重要なのだ。
「ユケイ様、言わなくてもお分かりかと思いますが、もしや賊は思ったよりも近くにいるかも知れません」
「わかってる......」
そう、全体の旅程を把握して妨害している可能性もある。
その場合、犯人は当然アルナーグからの同行者9名の中の誰かの可能性も高い。
アゼルもアセリアもそのことを口にしなかったが、今この状況の護衛をカインと砦の兵に任せているということは、信頼できる同行者以外を俺から離す為の配慮だろう。
しかし、同行者である場合、俺に何か重大事態が起きた時、連座で処罰される可能性がある。
それを考慮すれば可能性は低いのかも知れないが、どちらにせよ油断することはできない。